言いたいこと





ジンベエザメの背中に乗り込んだ後、特に何もせずにぼーっと海を眺めているとジンベエが釣り竿片手に話し掛けてきた



「どうしたんじゃ、クロム。さっきからずっと上の空じゃが…」

クロムは修行と言って意気揚々と船から降りたには降りたが、船が見えなくなった途端に気が抜けた様に座り込んで今に至る。ジンベエの問い掛けにため息を吐いて、ジンベエザメ達に餌を与え始めながら口を開いた





『なぁ、ジンベエ』
「何じゃ?」

『もしすげぇ親しい…家族くらい親しいヤツと何つーか…気まずい事になったらどうする?』
「ワシか?……ワシだったら暫く様子を見るがな」

『そうだよな…』

「どうしたんじゃ?」
『あ、いや…聞いただけだ。忘れてくれ』

暫く様子を見る…それしかねぇよな…








◇◇◇ ◇◇◇








クロムとジンベエが船から降りた後、夜の宴の準備でまた騒ぎ始めた甲板。そんな甲板を眺めながら、エースは昨夜のクロムに言いかけた事を思い返していた


「俺はお前がッ…」
「だあぁああッ!」

エースは思い出した瞬間に顔を真っ赤にして髪をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。幸い他のクルーのどんちゃん騒ぎに紛れて叫び声は気付かれていない

でも聞こえても聞こえてなくても、今のエースの頭にはクロムの事で一杯だった




「自分ながら呆れるな。あぁいう事ははっきり言わねェといけねェのに…」

さすがのあいつでも…あの雰囲気じゃ分かるだろ
俺が何を言おうとしたのかなんて…








◇◇◇ ◇◇◇








結局修行する気は起きぬまま、何もせずにただジンベイザメの背中に乗っているだけで時間が過ぎていく。ジンベイザメ達もそんなクロムを気遣ってか、ゆっくりペースを落とさずに泳いでいた

あの問い掛けに以降、特に話す事もなくジンベエものんびり釣りをしていたが竿を引いてクロムに再び声を掛けた



「クロム、本当にどうしたんじゃ?今日1日中物思いに耽ているだけじゃったが…」

『今回は修行なんかやる気しねぇし、ただあの場にいたくなかった…ってだけなんだよ』

「何故じゃ?ワシなんかより、オヤジさん達といた方がいいんじゃろ」

黙ってしまったクロムを心配気に海面から顔を覗かしているジンベエザメ達にジンベエは苦笑して再度話し掛けた




「クルーの誰かとケンカでもしたのか?」

ビクッと分かりやすく身体が動いたクロムにジンベエは浅くため息を吐いて頭を掻いた

相手は…恐らくエースさんか…
これ以上首を突っ込まない方が良さそうじゃなぁ…



「そろそろ時間的にもオヤジさん達が心配する頃じゃ。帰るかの」

そう言い、ジンベエザメに超音波で呼び掛けると、ジンベエザメ達は進んでいた方向とは逆の方へ船に引き返す様に泳ぎ始めた



『心配…か。最近どれだけみんなを心配させてきたんだかな』

「迷惑に思ってないじゃろ」

『最近何かと心配かけてんだよ。色々と…』

今だってきっと…急に船降りた事心配してるだろうな…











「クロムはどうしたんだ?一向に帰って来ねェし」
「ジンベエの事だからな。そろそろ帰って来るだろうよぃ」
「おーいおいおい、せっかくジンベエの為に宴の準備してたってのに」

モビー・ディック号の甲板にはジンベエが久々に訪れた事もあり、昼間から準備していた宴を始めようとしていた。先にクルー達は早々酒を飲みたくっていたが、隊長である3人とクラウスは少し離れた所で眺めながらジンベエとクロムを待っていた



「あいつら…まだ主役のジンベエが来てねェのにもう飲んでやがるぜ?」

サッチが指さす方にはじゃんじゃん休む事なく酒を流し込んむ零番隊のクルー達が。その様子にクラウスは肩を竦めて苦笑した



「ま、酒に関してがめついんだ。ウチのクルーは元々な」
「そうだったな…っておい、エース。何さっきっから黙り込んでんだよぃ」

マルコは先程から一言も口にしないエースを怪訝に思い、肘でこついた。が、エースはただ一言いや、と言って船縁にふんぞり返っていた



「クロムと何かあったんじゃねェか?エース」
「Σそんなんじゃッ…ねェ…けどよ」

一瞬サッチに訴えかけたエースだが、痛い所を突かれた為か語尾に力が入っていなかった


「悩むのもいいけどよぉ、そんな顔をクロムが見たらそれこそ会いにくいじゃねェか。怒らしたりしたのか?」
「…してねェよ」

「してねェんなら、いつも通り振る舞えばいいじゃねェか。アイツも鈍感だからな。こっちが自然にしてれば、あっちだって自然にいつも通りに接するだろうさ」

そう軽く背中を叩いてきたサッチに、表情を変えずにエースはまた船縁に仰け反った




「自然に…か」

クロムがあれをどう思ってるのかによるよな
鈍感っつっても、時々スゲー鋭い時があるし…

エースがまたふんぞり返りながら真っ暗に染まろうとしている空をボーッと見上げた




「あ、ジンベエと隊長が戻ってきたぞー!」

「お、やっと帰ってきたかよぃ」
「何してたんだよー!」
「おっせェぞぉ!お前らー!」

『わりぃわりぃ!すぐそっち行くからよぉ!』

クルーの声に釣られてマルコとサッチ、クラウスが船の下を見下ろした。そこにはジンベエザメの背中に乗り、こちらに笑顔を向けて手を振るクロムがいた

エースはその場から誰にも気付かれない様に静かに船尾へと移動した







◇◇◇ ◇◇◇







「帰ったか」
『遅くなってすまねぇな、オヤジ』

クロムはジンベエザメ達に別れを告げ、船に上がると帰った事を伝える為にひとまずオヤジの部屋に訪れた



「無事ならそれでいい。で?ジンベエはどうしたんだ?」

『何か用事があるとかで急に戻って来れなくなったんだ。オヤジさんにすいませんって伝えといてくれだとさ』

「息子達は残念がるぞ?ジンベエの為の宴だったんだからな」
『まぁな。でもまた近い内に顔を出させてもらいますって言ってたから、あいつらもそんな残念がらねーだろ』

「宴は始まったばかりだ。ジンベエの分まで楽しめ」
『あぁ、そうする』

そう言って、クロムはオヤジの部屋から出て行こうとドアノブに手を掛けた。すると、何故かオヤジが呼び止められた。クロムが不思議そうに首だけ振り向かせると、オヤジは歯を見せて笑った



「エースと仲良くしろよ?」

エースとの今の状況を知っている様な言い方に、クロムは目を見開かせてそそくさと部屋から出て行った。オヤジは愉快そうにお酒を飲み始めた





『オヤジの勘の良さってこういう時に役立ってほしくねぇよなぁ』

思わずため息を吐いた。すると、部屋の前で待っていたのかマルコとサッチが話し掛けてきた



「おかえり、クロム。待ちくたびれたぞぉ」
『先に飲んでてよかったんだぜ?』
「主役がいなきゃ満足に飲めねェよぃ」

『ジンベエは来ねぇよ。用事が出来たらしいからな』

それにサッチはまるで雷が落ちた様な衝撃を受けたとばかりにあからさまな反応を見せた


「Σ何ぃい!?あの野郎ぉ…俺が作った料理を食べずに帰りやがって…」
「今日はジンベエが久しぶりに来たって事で、宴を楽しむしかねェよぃ」

マルコがサッチの肩を元気付けに叩き、慰めた。一方のクロムは、キョロキョロと周りを見渡し、何やら落ち着きがない



『クラウスはどうしたんだ?』

「あぁ、無理矢理連れていかれて、今じゃ多分あそこら辺でつぶれてんじゃねェか?」
「だろうよぃ」

『…エースは?』
「エースはいつの間にか何処かに行っちまったよぃ」

「気になんの?」
『Σべッ、別に気にしてねぇよ!ただ…何処にいんのかなって…思っただけだ…』

視線を下にし、顔を逸らしたクロムの様子に2人は苦笑しながら思った。似た者同士だと



『まッ…まぁ、いないのなら仕方ねぇな。今日は飲むぞぉ!』

「お前、酒飲めねェだろうよぃ」
『細けぇ事気にすんなって!サッチも行くぞ!』
「お、行くか!」

「おッ、おい!サッチ!」
「いいじゃねェか。クロムからの酒の誘いなんて、滅多にねェしよ」

サッチとクロムは肩組みして、盛り上がっている甲板へと向かった。それをマルコはため息を1つ吐いてどうなっても知らねェよぃ、と呟きながら着いて行った








◇◇◇ ◇◇◇







「あ゙ぁ…ダメだな。こんなんじゃ」

甲板とは打って変わって静かな船尾へと移動したエースは大の字になって、真っ暗に染り、星が点々としている夜空を眺めていた。ふと、ある違和感にエースは気付いた



「…やけに静かだな」

夕暮れ時のあの騒ぎが嘘の様に、甲板付近は静まっていた。怪訝に思い、起き上がったエースは甲板へ向かった







「おいおい…みーんなつぶれてやがる」

甲板には大勢のクルー達が酔い潰れて完全に爆睡していた。エースはそんなクルー達を呆れ顔で見下ろしながら避けて歩いていくと…



「あれは…」

奥の方で寝入っているクルー達に目を向けると、そのクルー達の中にある人物の姿があった。それは、空っぽになったグラスを持ったまま無防備に爆睡しているクロムだった


「おいおい…これってまさか…」

クロムの傍まで来たエースは持っているグラスを手に取った。そこからはアルコールの匂いが…




「酒…ってこいつ飲んだのか!?」

クロムは以前の酔った件以来、酒は不味いと言って一度も酒を口にしなかった。だがグラスが空っぽという事は、最低でもグラス1杯の酒は飲んだって事…だよな?

顔を赤くして寝入っている所を見ると、1杯ではなくかなりの量を飲んだのだろう



「おい、クロム。起きろって」

クロムの肩を揺さぶり起こそうとするが、なかなか起きようとしない。頬を軽く叩いてみると、クロムがうっすらと重たそうに瞼を開けた




『エー…スか?』

少し涙目な目に頬を赤くしているクロムに名を呼ばれ、以前煽ってきた時の事件が頭を過ぎった。だが、慌てて首を左右に振って記憶を揉み消した



「大丈夫か?顔真っ赤だぞ?」
『結構勢いで…飲んでたからな…』

「お前酒飲めねェんじゃなかったのか?何でこんなになるまで飲んでんだよ…」
『は…?あたし…酒飲んだのか…?』

酒を飲んだ事すら忘れてるのならよっぽどだな、と苦笑して、エースはクロムを横抱きした




『何ッ…』
「お前女なんだからこんな所で寝てたら風邪ひくぞ?男と体質ちげェんだからよ。部屋連れてってやるから」

エースはクロムを部屋に連れてく為、通ってきたクルー達の間を避けながら歩いた。爆睡しているクルー達がいない通路を歩いていると、クロムがエースの服を力無く掴んだ



『降ろしてくれ…』
「あ?何でこんな所で…まだ部屋じゃねェぞ?」

『いいから…降ろしてくれ』

怪訝に思いながら、エースはその場でクロムを降ろした



「どうしたんだ?気分でもわりぃか?」

キョトンとしながら顔を覗き込むエースの目を見ず、クロムは床を見つめたまま口を開いた



『なぁ、あの時さ……お前何言おうとしてたんだ?』

クロムの問いに、ビクッとエースの身体は無意識に動いた。1番聞かれたくなかった問いに、エースは言葉が詰まった



『あたし…何を言おうとしたのか…気になって。あんな事されたのも初めてだったからその…勝手に気まずくしちまった。わりぃ…』
「え?」

『あの時からエースを見ると…ここら辺が妙に息苦しく…なるんだ…』

クロムは左胸を押さえながら言った。エースは目を見開いて、同じく左胸を押さえた。俺も同じだと…



『あたしは…それが何なのか分からなかった。だからお前に会うのに何か躊躇しちまって…勝手にお前を…避けてた』

固まっていたエースだが、優しく微笑み、俯くクロムの頭をぐしゃぐしゃと雑にだが撫でた




「…謝んなよ。俺だって同じだし」
『教えてくんねぇか?あの時…何を言おうとしたんだ?お前』

漸く顔を上げたクロムと目が合った瞬間、エースは顔を真っ赤にさせて咄嗟に目を逸らした。そして、浅くため息を吐いて腕を握って揺らしてくるクロムの手を握った




「…また今度言うわ。今言っても、明日には忘れちまってるかもしれねェからな」

そう微笑みながらクロムをまた横抱きにし、歩き出したエース。クロムは何も返さず、ただ頷いた



「大分冷えてきたな。早く部屋行くぞ」

クロムはまた静かに頷いた。それにエースはまた歯を見せ笑った


【言いたいこと END】

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