修練








「あれは……ハーツ・クロムだ!」
「零番隊隊長が来たぞぉお!副隊長のクラウスも一緒だ!」
「死に損ないがぁッ!返り討ちにしてやるまでだ!全員配置に着けぇえッ!」

海軍船の甲板では、向かってくるクロムとクラウスに対抗すべく、船員達が配置に着くのに大騒ぎだった。ストライカーを止めて見上げながらクロムは呆れ顔で笑った




『おーおー、海軍どもが吠えてやがんなぁ。懲りねー野郎共だ』

やれやれ、とクロムはストライカーから身を乗り出した。が、クラウスに肩を掴まれて静止された




「俺から行かせてくれ、クロム」
『は?何でだよ』

「俺は今までお前が…クロムが海軍に侮辱されてても何も出来なかった」

それが?、と怪訝そうにするクロムをクラウスは真っ直ぐ見上げて続ける



「ずっと悔しかったんだ!何も出来ねェ俺にも、海軍共にもッ…!でも今はお前と一緒に戦える。お前を侮辱した事を海軍どもに後悔させられる力が手に入ったんだ!だから先に俺に行かせてくれッ!」

クラウスの真剣な言い様に目を丸くしたが、クロムは小さく吹き出すと歯を見せて笑った




『お前がそうやって思ってくれてたのは知らなかった。ありがとな。そんじゃあたしの事やオヤジ達を侮辱したあいつらにお前の力を見せつけてこい!』
「おぉッ!」

互いの握り拳を力強く交わらせて、今度はクラウスがストライカーから身を乗り出させて海軍に言い放った



「海軍どもぉッ!てめェらがウチの隊長を侮辱した事を後悔させてやるよッ!」

クラウスの叫びに海兵達は響めきつつも、武器を片手に船縁に集まった。そんな事お構いなしにクラウスはストライカーから飛び上がり、宙へ舞った

飛び乗った船の甲板は案の定、クラウスを中心にして銃や剣を向ける




「副隊長ならばハーツ・クロムに比べて力は劣っている筈だッ!怯まず向かぇえッ!」

「威勢がいいなぁ、少将。そんなに言うんだったら…あんたが戦ってみるか?」

クラウスは指示を出している少将に向かって挑発的な笑みで笑った。一方の少将は歯を食い縛りながらも立ち止まったまま…

すると、背後から海兵が2人掛りで襲いかかってくるが、クラウスは振り向き間際に両手に電気を纏わせ、襲ってきた海兵の2人の頭を掴み、電流を浴びせた

浴びせられた身体を痙攣させながら倒れた海兵を見て、まだまだ強さのコントロールは難しいな…と思いつつも構わずクラウスは少将へ向き直った




「こいつらは2人がかりだが、俺に向かって来たぜ?てめェよりは根性あるって事だよな?」

クラウスは呆れ顔で言い捨てる。一方の少将は泡を吹いている2人の部下を見下ろしながら冷や汗を尋常ではなく流している

上に立つ奴でも、結局は自分が1番なのかよ…




『何だよ、前のローを襲った時の海軍どもの時と同じで、やっぱり外見だけの少将か』

背後の船縁からクロムも既に一部始終を聞きながら船に乗り込んでいた




「見るに耐えねェな。少将モドキが」
「だ…黙れッ!海賊ふぜいがぁあッ!」

さっきまで立ち竦んでいた少将が剣を振りかざした。すると周りにいた海兵達も一瞬の戸惑いを見せるがすぐ様怒声を上げながらクロムとクラウスへ向かっていく




『随分と可哀想な隊員共だ。こんな少将モドキの顔を立たせる為に自分達を犠牲にさせられるなんてな』

「さっさと片付けようぜ。俺はあのメッキ野郎が気に食わなくてしょうがねェ」
『はいよ』

口角を上げたクロムは両手を勢いよく床に叩き付けた




風炎軌進ふうえんきしん!』

クロムを中心に抉る様に床から風と炎が入り混じったモノが海軍に向かっていった。風に煽られ、炎は倍増していく

風で吹き飛ばされる者もいれば、炎が引火し、自ら海へ飛び込む者が次々と現れた。それを未だに唖然と立ち尽くしながら見ている少将

一方のクラウスは床を蹴り、大量の海兵達の元へ駆けていく。得意な肉弾戦で次々に戦闘員をなぎ倒す。殴り倒していき、弾丸を撃ち込んでくる者には持ち前の身軽さで背後に回り込み、頭を押さえ付けながら電流を浴びせていった



「失神で済むぐらいにはしてやった。もっとマシな少将の所にでも行くんだな」

まぁ生き延びれたらだが、と倒れていく海兵達にそう言い捨てたクラウスの様子に傍で戦っていたクロムは微笑を浮かべた




『お前はオヤジの息子で良かったな』

「オヤジとこいつらを比べんなよ。比べらんねェくらい親父は人間としての器がデカイんだからな」

『はは、そうだったな。1発コイツらにオヤジの元には1人前の息子や娘がいるって事を見せ付けてやろうぜ』

向かって来る隊員を薙ぎ倒していきながらお互い目を合わせて笑い合った




『お前らぁッ!1日特訓したクラウスとあたしの成果を試させてもらうぜ!』

クロムは瞳の色を青に変色させ、右腕を海軍へ翳した。その直後、掌から大量の水しぶきが広範囲にわたって吹き出した



「Σ水ッ!?」
「水だけで我々を倒せると思ッ…」

突然の電流の音と同時に海兵達が振り返ると、手に電流を纏ったクラウスが口角を上げた



「感電しろ。鋼雷陣こうらいじんッ!」

雷を大量に纏った掌をクロムによって水たまりが出来た足元に打ち付けた。その水を伝ってびしょ濡れの海兵達が次々に感電し、激しく痙攣してそのまま声もなく倒れていった







◇◇◇ ◇◇◇







あっという間に威勢を放っていた海兵達はクロムとクラウスの手によってほとんどが海に落とされては吹き飛ばされ、船の上に誰の姿もなくなっていた



『よーし、片付いたな…って、どうした?クラウス』

片付けを終えた時の様に両手を払い叩きながら目を向けた先のクラウスは辺りを見渡して何やら不機嫌そう



「あの野郎は何処行きやがったんだ?」
『は?あぁ、そういえば…』

言われてみれば唖然と立ち尽くしていた筈の少将の姿がない

見境なくぶっ潰したからなぁ、と甲板周りを見渡してもいない。イラついたままのクラウスが不意に海の方へ目を向けると…



「あッ!」

クラウスが声を上げ、その声に釣られてクロムも海に目を向けると、数メートル離れた所に必死に緊急用の小型船を走らせている少将の姿があった

その情けない姿にさすがに引き気味に眉を寄せて盛大なため息を吐いた




『うわぁ、超情けねー格好。あんなんで良く少将が務まったもんだよ。なぁ、クラウ……ス?』

今まで隣にいた筈のクラウスの姿ない。慌てた辺りを見渡すと、全身に電気を纏いながら船縁に飛び乗るクラウスの姿を見付けた




『ちょッ、待てって!お前泳げッ…』

駆け寄るクロムの呼び掛けも頭に入らない程、クラウスは仲間を見捨ててその場から逃れようとしている少将にキレていた。掴もうとした直前にクラウスは少将が乗っている船に向かって飛び上がった




『あんのバカッ!完全にコントロール出来てねーのに頭に血が上り過ぎたら力の制御なんて無理だっての!』

完全に頭に来てぜってーに能力者が泳げないって事忘れてやがんな…
あー!ホントバカッ!

クロムは即座に船から海へと飛び降りると水面を駆けてクラウスを追った






「待ちやがれぇッ!」

クラウスは雷を纏ったまま、少将の船に飛び乗った。少将は突然のクラウスの姿に信じられんとばかりに目を見開き、焦り始めた



「Σ貴様ッ…!なッ何故此処に!?」
「テメェは少将としてもだが人間としても失格だ!この腐れ外道がぁあッ!」

クラウスは顔面を殴り付けた。その反動で少将は倒れたが、クラウスは構わず胸ぐらを掴んだ



「てめェは今まで着いてきてくれた奴らを見捨てて、自分だけ逃げやがった。俺はそれが許せねェし、海兵達にばかり危ねェ橋渡らせて自分だけ高見の見物か?そういうメッキ野郎が許せねェんだよッ!」

少将は気絶寸前まで殴られ続けた。だが、そんな姿でキレた今のクラウスに歯止めを掛けられる筈なく、殴る拳は止まらない



「てめェだけじゃねぇ。他の奴らはオヤジを侮辱した。クロムを侮辱した。俺の仲間を散々侮辱してきた。だがな、俺はてめェらよりオヤジ達の方が自分の背負ってるモノの重みを分かってるって思ってる。それが例え背負いきれないモノでも、自分を信じてくれる仲間を犠牲にしてまでそれを捨てて楽になろうなんて思わねェし、考えてもねェんだ」

「がッ……あ゙ぁ…」

少将はもう反論する声や気力すら失われていた。クラウスは歯を食い縛り、ありったけの電流を右手に纏わせ、拳を握り締めた



「自分を信じてくれる仲間の命を預かる重みを知りやがれぇえッ!」

振り上げた拳を力一杯に少将に叩き付けた。船は脆くも爆発し、無残に粉々に成り果てた。そこから立ち上っている黒煙を海の上を走っていたクロムはそこで何が起こったのか察して苦笑した


『あ〜ぁ。派手にやったな、あいつ』

海に沈んでないと良いんだがな、とそう願い、クロムは走らせていた足を速めた






◇◇◇ ◇◇◇







『大丈夫か?』
「ぁ、あぁ…何とかな…」

あの爆発で完全に船は転覆し、足場を失ったクラウスは案の定海に引きずり込まれそうになっていた。慌ててクロムはクラウスを助け、肩を貸しながら今は海上を歩いていた



『海じゃ能力者の方が不利なのは教えたろ?まだお前は能力で長距離飛行出来ないんだから。船の上じゃ逃げ場なんてねーし、あんま頭に血が上り過ぎると命取りになんぞ?』

「そういえば…クロムは悪魔の実を食べずに力を手に入れたんだよな。通りで海の上でも引きずり込まれない訳だ」

『…まぁな』

表情が険しくなったクロムの顔を横からクラウスは覗き込んだ



「どうした?」

『…何でもねーよ。お前はまだまだ鍛えなきゃなんねーからな。明日も覚悟しとけよ?』

クロムは自然な笑顔を向けるが、何故かその笑顔が引っ掛かるクラウスだった。だが、クラウスは敢えてそこには触れず、同じ様に歯を見せ笑った







「隊長!副隊長ー!」
「大丈夫ですか!ホントお疲れ様でーす!」
「クロムー!クラウスー!お前ら無茶し過ぎだー!早く上がって休めー!」

船に目を向ければ、甲板から身を乗り出しながら笑顔で手を振るクルー達がクロムとクラウスの帰りを待っていた



『皆に心配掛けちまったなぁ。 急ぐけど落ちねーようにしっかり掴まれよ』
「あッ…あぁ」

クロムは気を静めながら水を纏ってクラウスと共にモビー・ディック号へ急いだ

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