唯一の…
あ
あ
あ
「すいませんすいません!すいませんッ!」
「うるせェ!少しは黙ッ…」
ガツッ!
それは一瞬の出来事。風が周りを靡かせたと思えば、巨漢の男の身体が吹き飛ばされた。地面に叩き付けられた男は悲痛な声を上げて呻く
涙でぐしゃぐしゃの女は何が起こったのか分からず、吹き飛ばされた男の方をただ呆然と見た。その直後、女の目の前に風が集まりだした
『随分とやかましい豚だな』
風が消え、そこにはクロムが剣片手に姿を現した。如何にも不機嫌そうな表情。騒ぎを聞き付けて周りの風俗店の店内からも野次馬やらが駆け付けた
「え、ちょッ、隊長どうしたんですか?」
「クロムに何かあったのか?」
集まってきたクルー達が小声で尋ねるとクラウスは苦笑しながらクロムを見つめて口を開いた
「キレた」
「あ゙ぁッ…!いてェッ…!」
『何だ、まだ死んでねェのか』
ため息を吐きながらクロムは男の傍まで歩み寄り、そのまま呻き悶えている姿を見下ろした
『小汚ねぇ奴ほどしぶといよな、ホント』
クロムは軽蔑した瞳で男の片足に剣を突き刺した。周りに血が飛び散る。周りの女達からは小さな悲鳴が上がり、未だに男は悲痛に顔を歪ませている
「お、俺は悪くねェッ…!あの女がッ…あの女がぁッ…!」
『うるせェな。泣き喚いてる女相手に手ぇ出す野郎の命乞いなんか聞きたくねェんだよ』
「俺は金を払ったッ…!払ったのにクソぉッ!」
『払ったからなんだ。金を払ったからって顔が命の仕事してる女を殴って良いってのか?』
「貴様には関係ないッ…!何なんだ!お前は!」
『理由なんかねェよ。ただ…あたしは人1倍、嫌いなだけだ。てめェみたいな奴が』
より一層のさっき立たせたクロムは引き抜いた剣を再度逆手に持ち直し、男の局部へ向けた
『そんなに欲求不満なら、あたしが犯してやるよ』
「Σまま待て待てッ…!許してッ…!」
クロムが剣を振り下ろした次の瞬間、男の断末魔が辺りに響いた。が、クロムが振り下ろした剣は男の局部ギリギリの地面に突き刺さっていた
男は局部を斬られるという恐ろしさでのショックからか、泡を吹きながらそのまま気を失った
『なぁ』
「Σひッ…ごごめんなさいごめんなさい!命だけはッッ…!」
『別にあんたの命なんていらねェよ』
クロムは周りを見渡し、全身覆えそうな布をみつけると、未だに怯えている女に被せた
『ねェよりはマシだろ?』
「ぁッ…ありがとう…ございますッ…」
未だに怯えた表情の女に思わず浅くため息を吐いて、目の前にしゃがみ込んだ
『んで、何であんな事になったんだ?あんたは初めて…なのか?もしかして』
「はい…経験はありません…」
『正直に言ってくれ。あんたはあのデブを騙してたか?』
首を傾げながら尋ねると、女は顔色を蒼白とさせて首を左右に振った
「本当はあの方に抱かれる筈でした。でも…やっぱり怖くなってしまって…キャンセルして頂けないかお願いしたらこんな事に…」
『怖ェなら何でこんな仕事してんだよ』
女は言いずらそうに口を噤んだかと思えば、毛布を掴む手を微かに震わせながらか細く訳を言い始めた
「私の家は貧しくて…働いてもすぐに辞めさせられてしまって…困っていたら、此処のオーナーから手っ取り早く何万ベリーも稼げるってお誘いを貰って…そのまま…」
『そうか。あたしは風俗に興味ねェからわかんねェけど…あんたみたいな子は簡単に抱かれちゃダメだと思うぜ?』
仕方ねェと思うけど、と付け足してクロムは立ち上がり、女に背を向けた。後からクラウスや他の隊員達が後を追う
その姿を呆然と見つめて、残された女は静かに声を布で押し殺しながら泣いた
◇◇◇ ◇◇◇
「た、隊長…大丈夫ですか?」
『何が』
後ろから着いてきた隊員が遠慮気味に尋ねてきた。別に事が終わった後という事もあり、気持ち的にはすっきりしているのだが、視線の先の隊員の顔は何処か引き攣っていた
「いや、何かかなり怒ってるみたいな感じが…」
『そんな事ねェよ。ただ気に食わなかっただけだ』
「如何にクロムが嫌いそうなタイプだったな。あのデブは」
クラウスに苦笑しながら言われ、そっぽを向いた
そりゃあ、こんな所で自ら身体を売る女達の気持ちは分からない。でも、少なくともあの子は好きであんな所にいるわけではない。好きでいるなら、未だに寄り付いてくる女達と同じで簡単に胸を曝け出すだろう…
『なぁ、さっきの子…船に乗せられねェかな?』
「は?何言い出してんだよ」
『いや、勿論戦闘員じゃなく、オヤジに付いてるナースの見習いとしてとかッ…』
「無理だ」
クラウスに即答されたのが気に食わなかったのか、口を尖らせながらクロムは何故か聞き返した
「ナースっつっても、それなりに自分の身は自分で護れるのが条件だ。忘れたのか?今船にいるナースも、少なからず雑魚ぐらいとは戦えるヤツらだって」
『そう…だけど…』
「気持ちは分からなくもねェけど、俺達は海賊だ。ただの丸腰の一般人を簡単に受け入れる程甘くねェ」
分かってる…そんな事…
今誘いだして、仮にあの子がクルーに入団出来ても、いつ海軍だの他の海賊共が襲ってくるか分からない海の上であの子に何が出来る?
何も出来ないだろう…
クラウスが言っているのが正当だ…
クロムは考えを諦め、黙った。一方、ギャーギャーと文句を言うだろうと思っていたクラウスは大人しくクロムが事実を受け入れてくれた事に少しばかり安堵した
◇◇◇ ◇◇◇
「結局島を粗方見ても、風俗店が並んでるだけだったなぁ」
「正に風俗で成り立ってるみてェな島だな」
「船に戻ろうぜー。隊長」
『そうだな。いても仕方ねェし』
呆れるほど風俗店一色のこの島にさすがに隊員達やクラウスも疲れた様子だった。当然といえば当然だ。回っている間もずっと引っ切りなしに呼び掛けられては店に引きずり込まれそうになっていたのだから
『しっかし…ホントに濃い島だなぁ』
強烈な香水の匂いは鼻がバカにでもなったのか、今は平気なまでにはなったものの…道端で普通に裸になっている女達や店内から聞こえる喘ぎ声はどうにかならないのか。見てるだけで気分が悪い…
まぁ、この喘ぎ声を出させている男共の中に少なからず白ひげ海賊団のクルーもいるだろうが…
「此処まで性的な所で無法地帯だと、海軍でもいそうなモンだがな?」
『相当理性が崩れねェ堅物ならいそうだなって……あれ?』
クラウスが疲れ果てた様に頭を掻いて辺りを見渡している中、クロムは前方の遠くに身に覚えのあるシルエットの人物を見つけ、立ち止まった
「やぁ〜ん!海軍様ぁ!私と遊びましょうよぉ?」
「うるせェ、仕事の邪魔だ」
「すんごい筋肉だわぁ!ほらほら、私の胸、おいしそうでしょ?」
「ちょっと貴方達!はしたないでしょう!服を着なさい!」
やたら黄色い声で騒いでいる女達の団体。しかも、団体の中心から聞いた事のある2人の男女の声が。その声にクロムだけでなく、クラウスも気付き、立ち止まった
「なぁ、クロム。あいつらって…」
『あぁ、多分そうだな』
団体から掻き分けて、漸く声の主である2人の姿が現れた
ひたすら迷惑そうに眉間に皺を寄せ、葉巻を咥えている“正義”の文字を背負った白髪の男と眼鏡を掛け、露出度の高い女達にひたすら服を着るよう忠告している腰に刀を刺した女
『スモーカーとたしぎちゃんだ』