「咲也、一旦休憩にしようか。」


「大丈夫です!もう1回お願いします!」


「1回落ち着いてからの方がいい。焦らなくてもまだ時間はあるんだ。」


「…すみません。オレのせいで、」


「大丈夫。俺もそろそろ体力回復する時間だしちょうど良かった。」


「…至さんは休憩必要ないんじゃないすか?」


「理不尽すぎワロ。」




…どうしても、上手くいかない。千景さんの言う通り焦りすぎていることは分かってるけど、またオレのせいでみんなの足を引っ張りたくないんだ。頭の中では出来ているはずなのに、いざ演じてみようと思うと納得のいく演技ができない。



(頭冷やしてこよう…)




このままの気持ちで稽古に戻ってもまた同じことの繰り返しだ。

1度頭を冷やすために中庭に向かう。

寮の中庭は紬さんがいつも丁寧に手入れしてくれてるからすごく綺麗で、ここに来ると自然と気分が落ち着く。
季節は春に入って、だんだん暖かくなってきたこともあって中庭で座っているととても心地がいい。



「…あれ?咲也くん?」



しばらく1人で微睡んでいるとオレを呼ぶ声が聞こえた。



「姫ちゃん、」



「お稽古の休憩中ですか?お疲れ様です!」



隣、いいですか?と姫ちゃんは丁寧に断りを入れてオレの隣に腰かけた。最近姫ちゃんはオレのことを咲也くんと呼んでくれるようになった。年もひとつしか変わらないし、敬語もいらないって言ったけどそれだけは譲れないみたい。



「…休憩中、というか、ちょっと上手くいかないことがあって。」


「…そうだったんですね。最近ずっとお稽古ばっかりでしたし、息抜きも大事ですよね!」


「…姫ちゃん、何も聞かないの?」



自分で言うのもなんだけど、幸くんにも言われるとおりオレは元気が取り柄だから。そんなオレがきっと誰から見てもわかるくらい元気がなかったから、姫ちゃんも気になって声をかけてくれたのかと思った。



「…1人になりたかったからここにいるのかなって思ったので。誰かに聞いてもらうことで気持ちが楽になったり、悩みが解決したりすることもありますけど、自分ひとりで落ち着いて悩みと向き合うことで納得のいく答えにたどり着く人もいます。今の咲也くんはきっと後者、ですよね。な、なんて分かったようなこと言っちゃってすみません…!ひとりになりたいんだろうなって思ったくせに結局声掛けちゃってますし…」


「…姫ちゃんは凄いね。そんなこともわかっちゃうんだ。」


きっとオレなら、落ち込んでいる人がいたら迷わずに声をかけてしまうと思う。自分がその落ち込んでいる立場になって、それを望んでいない人もいるということがわかった今、姫ちゃんみたいにその人に合った対応をできるのって心からすごいなと思った。


「ありがとう。姫ちゃんとお話してたらなんだか元気出てきちゃった!」


「本当ですか?咲也くん、まだ無理してるんじゃ…」


「そんなことないよ。それに、きっと焦りすぎてただけなんだ。上手くやらなきゃ、みんなに迷惑をかけないように頑張らなきゃって考えすぎちゃって、逆効果になってたんだと思う。稽古って、みんなと一緒に練習をしてお互いに高めあっていくものなのにオレ1人だけ空回りしてたんだ。…でももう平気だよ。今のオレならさっきより上手くやれる気がする。」



「…咲也くん」


「…私、さっき咲也くんに会う前まで今日の夕飯は何にしようって考えてたんです。」


「え?今日の夕飯?」



急に姫ちゃんがそんなことを言い出すから少しびっくりした。



「でも今決めちゃいました!私、今日はナポリタンが食べたい気分なので夕飯はナポリタンにします!」



「…姫ちゃん、玉ねぎとピーマン苦手じゃなかった?」



「うっ…!そ、そんなことないですよ!大好きです!毎食食べたいくらい!」


「あはは!姫ちゃん面白いね、…ありがとう。オレが好きだから、ナポリタンにしようって決めてくれたんだよね。」


「…やっぱりバレちゃいましたか?」


「うん。だって昨日臣さんが作った料理に玉ねぎが入ってるのを頑張って食べてるの見たし!」


「咲也くんも、すごく周りのこと見てますよね…」


「そんなことないよ。なんだか姫ちゃんのことは気づいたら目で追っちゃうんだ。」



「…え?」



「…え、あ、ごめん!今のは忘れて!そうじゃなくって、ええっと…」


「私も、咲也くんのこといつも見ちゃうんです。」


「…え!?」



「咲也くんは、初めて会った時からすごく優しくて、私が落ち込んでる時もいつも笑顔で声をかけてくれますよね。暗闇の中にいても、いつも明るく照らして正しい答えに導いてくれる。そんなお日様みたいな咲也くんが大好きなんです。だからさっきも落ち込んでる咲也くんを見て、今度は私がなにかしてあげられないかなって思ったんです。」


大好きなんて、そんなこと女の子に言われたのは初めてですごく胸がぎゅっとなった。
…なんだろう、こんなこと今まで無かったのに、姫ちゃんを見るとすごく胸が苦しくなる。


「…あ、そうだ!咲也くん。手を貸してくれますか?」


「手?こうかな、はい。」


「ありがとうございます!わ、咲也くん手大きいですね!」


「そうかな?普通くらいだと思うけど…」


言われた通り手を差し出すと、姫ちゃんはオレの手のひらに合わせるように自分の手を当てた。オレの手が大きいわけじゃなくて、姫ちゃんの手が小さいのかも。そんなことを考えていたら、手のひらどうしを合わせていた手を今度は姫ちゃんが優しくぎゅっと握ってくれた。



「えへへ、握手です!昔お母さんに教えて貰った記憶があって、こうやって落ち込んでる時は手を握っておまじないをするんです。そうすれば自然と元気が出てくるみたいですよ!おまじないなので気持ち次第かもしれないですけど、今の私は元気いっぱいなので、咲也くんにおすそわけです!」



姫ちゃんにぎゅっと手を握られて、さっきよりももっと胸が苦しくなった。手に触れられるだけでもこんなに苦しいのに、姫ちゃんの笑顔を見たら余計に苦しくなって…



「…姫ちゃん、反則だよ、」


「え?だめ、でしたか?」


「…だめ。そのおまじない、オレ以外の人にかけちゃだめだからね。」


「あんまり効き目、なかったでしょうか?」


「そうじゃないけど、でもやっぱりだめ。オレだけにしてほしい…。」


な、何言ってるんだろうオレ…!こんなこと言ったら姫ちゃんだって戸惑うだろうし、迷惑だよね…。やっぱりオレ、姫ちゃんに会ってからおかしいよ。頭を冷やすためにここに来たのに、来る前よりも熱くなってる…。



「咲也くんがそういうなら、このおまじないは咲也くん専用のおまじないにしますね!また落ち込んでる時は私が元気のおすそ分けをします!」



「…うん、ありがとう。」



「咲也〜!そろそろ稽古再開するぞ!」



姫ちゃんと手を握りあってたら寮の中から綴くんがオレを呼ぶ声が聞こえた。その声にはっとして咄嗟に姫ちゃんの手を離した。


「皆木さんが呼んでますね、咲也くん。お稽古頑張ってくださいね!咲也くんが舞台で輝く姿、楽しみに待ってます!」


「本当にありがとう、稽古頑張るね。頑張って練習して、誰よりも舞台で輝いてみせるから。その時は絶対にちゃんと見てて!」


「はい!もちろんです、いってらっしゃい!」



姫ちゃんもオレの手を離して、今度はその手を振りながらオレを送り出してくれた。姫ちゃんにたくさん元気ももらったし、絶対上手くやれるはず。たくさん練習して舞台で輝くオレを見て欲しい。稽古、上手くいったら姫ちゃんは褒めてくれるかな。さっき別れたばかりなのにもう姫ちゃんの姿が見たい。稽古は大好きだし、もちろん手を抜くことなんて絶対にしないけど、今は稽古を成功させて君に早く会いたい。


こんな気持ち初めてで、舞台同じくらい姫ちゃんに夢中になってる気がする。舞台と同じくらい、ドキドキするんだ。…舞台と同じくらい、


「…大好きだ。」


今のオレにはこの気持ちが何なのか分からないけど、きっとこの先も変わらない。
オレが舞台で輝く姿を見て君が笑顔を見せてくれるなら、オレはどこまでも演じ続けるから。
もう絶対に、輝くことに迷わないから。

一番近くで、オレだけを観ていて。