「…眠い。」


今何時だろ。恐らく日が変わってることは間違いないだろうな。脚本を書く時は中途半端なところでキリがつけられないしいつも徹夜になってしまう。好きでやっていることだし仕方の無いことだけどやっぱり眠気には勝てない。


(水でも飲んでこよ…)


あのまま座ってても絶対寝落ちするだろうし。物音を立てて真澄が起きないように部屋から出た。




台所へ向かうため談話室の扉を開けようとすると明かりがついていることに気づいた。こんな時間に誰だろう。至さんあたりが夜食でも取りに来たのか?

扉を開けて目的の場所に目を向けるとそこには姫ちゃんがいた。



「…え!?姫ちゃん?まだ起きてたのか?結構遅い時間だけど…」


「皆木さん!はい。差し入れを作ってました!」


「差し入れ?あぁ、至さんのゲームの?頼まれたんだったら無理しなくてもいいよ。姫ちゃん朝早いんだし早く寝ないと…」


「いえ、今作ってるのは皆木さんの分ですよ。」


「…え、俺の?」


「はい!皆木さんはあんかけかた焼きそばが好きって聞いたので作ろうと思ったんですけど、脚本書きながらだと食べづらいと思ったので焼きそばパンにしてみました!お腹すいてなかったら明日の朝ごはんにでも食べてくださいね。」


「遅い時間まで起きてわざわざ作ってくれなくても良かったのに…!でもありがとう。ちょうど何か飲みたいって思ってたから、一緒に食べるよ。」


「それなら良かったです。冷たいお茶と暖かいお茶も用意しておいたので、好きな方持っていってください!」


「…飲み物まで用意してくれたのか。しかも冷たいのと暖かいのって…。至れり尽くせりだな。」



ちょっと眠気覚ましに飲み物を取りに来ただけなのに色々貰ってしまった。姫ちゃんは本当に気遣いができて周りのことをいつも見てくれてる。そこが姫ちゃんの長所だし悪いことじゃないけど、自分のことを後回しにしてしまう所が良くないよな…。

朝早く起きて朝食の準備もしてくれてるし、自分だって学校の準備もあるだろうけどそれも踏まえてみんなのサポートをしてくれてる。
俺も寝不足だけど姫ちゃんだってこんな時間まで起きて今から寝たら全然寝れないんじゃ…。


「姫ちゃん、明日も早いんだよな?そろそろ寝た方がいいんじゃ…。」


「大丈夫ですよ。それにまだちょっとやらなきゃいけないことがあるので。それが終わったらちゃんと部屋に戻りますね。」



そういって姫ちゃんはソファに腰かけた。テーブルの上を見ると何かの書類が乗っている。監督の手伝いかな…。監督だって姫ちゃんにこんなに遅くまで起きてやって欲しいとは思ってないだろうけど。任された仕事はきちんとこなす姫ちゃんらしい。

なんとなくこのまま姫ちゃんを置いて先に部屋に戻るなんて申し訳ない気がして俺も姫ちゃんの隣に腰かけた。


「まだやることあるのか?それなら俺の夜食よりそっちを優先してよかったのに。」


「皆木さん、最近ずっと寝不足みたいだったので。少しでも力になりたいなと思ったんです。脚本の作成も、舞台の稽古も学校も色々あって大変ですよね…いつもお疲れ様です!皆木さんも、徹夜は程々に脚本の作成頑張ってくださいね。」


「…はぁ。それは姫ちゃんも一緒だろ?むしろ俺よりやること沢山あって大変そうだし…。」


「そんなことないですよ!私が全部好きでやってることなので。ふふっ、皆木さんもきっと私と一緒ですよね。好きなことは少しでも手を抜きたくないですから。」


「まぁ、そうだな。似たもの同士かも、俺たち。…俺は徹夜してでも咲いてやる。咲かせてやるって決めたから。でもやっぱりお互い無理しない程度にって言うのを大事にしないとな。」


「はい、そうですね…皆木さんも…」


「…姫ちゃん?」



話し方がなんか変わってきたなと思って横を見ると姫ちゃんがうとうとしていた。やっぱり眠かったんだな。姫ちゃんが寝ないうちに部屋に戻ってもらわないと…


「こんな所で寝たら風邪ひくぞ。仕事は明日にして、やっぱり部屋に戻りな。」


「…すぅ。…」


「…って、手遅れか。春とはいえまだ夜は肌寒いし、上着だけでも着せとこ…。」



自分の着ていた上着を脱いで姫ちゃんの肩にかける。…肩細いな。俺の上着じゃサイズが違いすぎた。まぁでも大きい方が暖かいしちょうどいいか。


ソファで寝たら体痛めるし、部屋まで連れていきたいけどこの時間に俺が姫ちゃんの部屋に勝手に入ったら間違いなく誤解されるよな…。みんな寝てるだろうし見つからないとは思うけど。

俺がどうするべきか迷っていると肩に少し重みを感じた。


「…皆木さん、」


「あ、起きた?起きたならもう部屋に…」


「…いかないで、ください」


「…寝てるのか?いかないでって…」



…そっか。姫ちゃんはずっと独りだったから、過去の夢を見て思い出して、不安になってるのかも。寝てる時に温もりが離れようとすると余計に寂しくなるのかもしれない。


「いかないよ。俺はずっと、姫ちゃんのそばにいるから。」


そう言うと姫ちゃんは安心したような表情で再び眠りについた。…そばにいるよなんて、らしくないこと言ったな。普段の俺ならこんな恥ずかしいセリフ、絶対言わないけど。なんとなく今は、自然に言葉が出てきた。


「俺も寝ようかな…。脚本は明日にしよう。」


このまま俺も寝落ちするのはまずい。やっぱ姫ちゃんを部屋まで運ぼう。
膝裏と背中に手を回して姫ちゃんをそっと抱き上げる。
…軽いな。小さくて柔らかくて、女の子ってこんなだっけ。…ってこれ、俺変態じゃ…。

姫ちゃんを抱えて歩きながらそんなことを考えてしまった。
部屋の前まで来たけど、本人がいるとはいえ寝てるし勝手に入っていいのか…?まぁ、姫ちゃん運んだらすぐ出ていくし、問題ないか。

扉を開けて明かりをつける。姫ちゃんの部屋には初めて入ったけど、イメージ通りパステルピンクと白で統一された部屋にぬいぐるみがたくさんあって、姫ちゃんらしい部屋だなと思った。ベッドサイドにはうさぎや猫のいろんなぬいぐるみが飾られている。…あ、そういえばモカも連れてくるのを忘れてた。ソファに置いたままかも。起きてモカが隣にいなかったら寂しいだろうし、もう1回戻ろ。

ベッドに姫ちゃんをそっと寝かせて離れようとした。…けど姫ちゃんが手を離してくれない。参ったな。俺もそろそろ眠気が限界なんだけど…。

俺もうとうとしてきて、もう落ちるかも。回らない頭で必死に抵抗するけど眠気には勝てない。

「…おやすみ、姫ちゃん…」







☆*。

「ん…ふわぁ。今何時…って、」


…待て。落ち着け俺。なんで目の前で姫ちゃんが寝て…、

…思い出した。何してんだ俺…!何がお休みだよ!女の子の部屋でそのまま寝るとか最低でしかない…!

急いで離れようとしたけど、昨日の体制のまま姫ちゃんが俺の手を握っていて離れられなかった。いやでも今は離れられないとか言ってる場合じゃない。姫ちゃんが目覚めたら誤解される絶対…


「…ん、」


そのまま腕を話そうとすると姫ちゃんは俺の手をさっきより強めの力で握って頬に手を持っていった。…うわ、やばい。これじゃまるでキスする時みたいな…!
ほんとに落ち着け俺…。でも、姫ちゃんの安心した寝顔を見ると落ち着いてきた。よからぬ事を考えてるの俺だけだし…。いや考えてないけど。

「まだ起きるのには結構早い時間だったし、このまま姫ちゃんは寝かせたままでいいか。」


姫ちゃんを見ていると愛おしさが溢れだしてくる。…妹みたいな感じなのかな。俺は兄弟は多いけど女の子は一人もいないし。姫ちゃんみたいな子が妹だったら苦労しないだろうな。
でも妹っていう立場じゃやっぱりしっくり来ない。…なんとなくわかってしまったこの感情に気付かないふりをして、大人な子どもを選んだ。

いつかはきっと溢れ出す愛おしさが伝わるようにって、願いながら朝日を迎える。

もう少しだけ、このままで。姫ちゃんの寝顔を見て、もう1度笑顔であくびをした。