『…ほら、あの子だよ。両親が亡くなって、おばあさんに育てられてたらしい。』

『そうなの?じゃあこれからどうするのかしら。うちには子供が3人もいるし、引き取るなんて無理よね…誰か他にいないのかしら』


(…みんな、私の押し付け合い。)


私と親しい人なんてこの中にはいないんだから、それが当然だってことは分かってる。でも今はその事実がとても苦しい。本当にひとりなんだってことを自覚させられるから。これからのことは結局何も解決してない。どうやって生きていけばいいんだろう。高校生なんだから、バイトもできるしそれで生活はして行けるかな。
頭の中では受け入れたつもりではいるけれど、心が追いつかない。だって、なんとかなるって思わないと今にでも挫けてしまいそうだから。


(…ここからが本当のひとりぼっちなんだ。)


…もうこの場にいるのは辛い。みんな私のことをみて、コソコソと話して、可哀想なものを見るような視線を送ってくる。もうここから出よう、そう思って踵を返した途端。


「…まって!」

急に腕を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには大人っぽくて綺麗な20代前半くらいの女の人。ここにいるってことは、私の親戚なのかな。そうだとしても、私には誰だか分からない。
その女の人は、私が見つめていると綺麗に笑って見せた。


「雛咲 姫ちゃん…だよね?私は立花いづみ。小さい時に一緒に遊んでたんだけど、覚えてないかな?」


立花いづみさん…。名前では、ピンと来なかったけれど、花が咲くような綺麗な笑顔は記憶に残っていて、


「…いづみちゃん?」


思い出した。この人は私が小さい頃、ママとパパの好きだった舞台を見に行く時に、その劇場にいつもいた女の子だ。これはあとから聞いたことだけど、女の子は親戚で、私のはとこらしい。ママとパパとはぐれてしまって、モカちゃんを抱えて、泣きながら劇場の中をさまよっていた私を今みたいに手を掴んで振り向かせて。

「どうして泣いてるの?大丈夫だよ、私が素敵なものを見せてあげる!」

そう言って走り出したのだ。その時の私は何が起きてるのか全くわからなくて、無我夢中について行くしかなかった。その子が連れてきてくれた場所は、上演中の舞台の客席。

あまりにもキラキラした目でその子が舞台を見てるから、私も泣いていたことなんて忘れてその舞台を見たんだ。その舞台にいた人は、どんな人もみんなキラキラと輝いていて、とても楽しそうで。だんだん私も女の子と同じように舞台に夢中になった。終わってしまうのはあっという間で、余韻に浸る間もなくその子は私に話しかけてきて。


『ねぇねぇどうだった!?みんなすっごくキラキラしてたよね!わたし、お芝居が大好きなんだ!見るのも、自分で演じるのも好き。あなたはお芝居は好き?』


今までお芝居はママとパパの好きなもので。私は特に興味は持たなかった。でも、今自分の目で確かに見たこのお芝居はとても感動して、私を魅入らせるのに時間はかからなかった。


『今までお芝居は見たこと無かったの。でも、今のお芝居とってもきらきらしてて、素敵なお話だった…!』

『…本当!?えへへ、私の好きな物を好きだって言ってくれるのはとっても嬉しい!私は立花いづみ。ねぇ、あなたのお名前は?』

『…雛咲 姫。』

『ひなさき ひめちゃん。とっても素敵なお名前だね!ねぇねぇ、またここに来てくれる?私はいつもここにいるから、また一緒にお芝居を見よう?その時ももちろん、そのくまさんも一緒に来てね!』


私だけじゃなくて、私の大切なお友達、モカちゃんのことも誘ってくれて、私は本当に嬉しかったんだ。その時からママとパパと一緒に何回も何回もたくさんお芝居を見に来て、その度にいつもわくわくしていて。とっても充実した日々を送っていたんだ。ママとパパが亡くなって、おばあちゃんに育ててもらうことになってからは1度も遊びに行くことはなくなってしまったけれど。でも間違いなく、あの時の女の子なんだ。







「思い出してくれた!?良かった。本当に久しぶりだね。…ねぇ、姫ちゃん。ご両親も、前に亡くなってしまったんだよね。」

懐かしい思いに馳せていた。でも、いづみちゃんの言葉で現実を思い出す。

「…うん、そうだね。両親は、私が小さい頃に亡くなってしまったから…。」

「…そっか。姫ちゃん、これからのことはもう決まっているの?」

「私ももう高校生だし、経験はないけれど、バイトでもして生活していこうかなって考えていたところなんだ。こんな浅い考えじゃなどうにもならないかもしれないけれど…」


「…姫ちゃん。今でも舞台は好き?」

あの時から舞台を見ることはなくなった。
それでも私は、あのキラキラと輝いている舞台が大好きだ。それはいつまでも変わらない。

「もちろん、大好きだよ。」

「…うん、それだけで充分…!姫ちゃん、今日から私と…ううん、みんなと一緒に成長していこう!」

どうしていづみちゃんは急にそんなことを言ったのか、よくわからなかった。
でもいづみちゃんのずっと変わらないこの花が咲くような綺麗な笑顔を見るだけで、心が軽くなったんだ。この人について行ったら、私の人生が変わる気がする。それはいい意味なのか、悪い意味なのかはまだわからない。…もしかしたら、また私のせいで誰かが傷ついてしまうかもしれない。それが本当に怖いんだ。でもきっと、いづみちゃんの手を取ることが、今の1番の私の幸福なのだ。これだけは何故か確信があった。

…この手を取れば、物語の幕開け。

悲劇のヒロインでも、運命の糸に操られたマリオネットでもない。私の、私とみんなの、物語の幕が上がる。