雛咲 姫ちゃん。
この名前を聞いたのはとても久しぶりだった。
姫ちゃんは私のはとこで、初めて会った時姫ちゃんは泣いていた。私はそんな姫ちゃんを見て、真っ赤になっている目を擦っている手を取ってこう言ったんだ。


『 どうして泣いてるの?大丈夫だよ、私が素敵なものを見せてあげる!』


幼い頃から私は父が作り上げた劇場の影響で舞台が大好きで、自分以外の人にも舞台の素晴らしさを知ってもらいたかったんだ。泣いている姫ちゃんを見て、私の大好きな舞台を一緒に見てもらえればこの子も笑顔になってくれる。そんな確信があったから、一緒に舞台の客席まで走り出した。そこではいつ見ても素敵なお話が繰り広げられていて、キラキラした舞台がある。お話が終わっても興奮は冷めなくて、姫ちゃんはどう思ったんだろう、そう気になって問いかけてみればさっきまで泣いていたことは嘘のように満開の笑顔で私が感じたことと同じ感想を言ってくれたんだ。
それが本当に嬉しくて、この子と友達になりたい。そう思ったんだ。



それから姫ちゃんは何度もこの劇場に遊びに来てくれた。その時はいつも優しそうなお母さんとお父さん、そして姫ちゃんの大切なお友達のモカちゃんもつれて。私達はいつも一緒に舞台を見ていた。大きくなってもずっと変わらずにこうしていられるんだと思っていたけど、姫ちゃんは突然あんなにここに来ていたことが嘘だったかのように1度も来なくなってしまった。
私は姫ちゃんが舞台を好きじゃなくなってしまったのかと思ってお父さんに来なくなった理由を聞いてみたけど、はっきりとした理由はその時は教えて貰えなかった。



それから私が成長した頃に、お父さんが姫ちゃんが来なくなった理由を教えてくれた。
…最初は信じられなかった。あんなに優しくて、いつでも仲の良さそうな雰囲気だった2人が事故で亡くなってしまったなんて。姫ちゃんが車に轢かれそうになってしまった所を2人が助けに入って、そこから事故は起きてしまったらしい。きっと姫ちゃんは、自分のことをとても責めているんだろうな。あの子は人一倍純粋で、汚れのない心の持ち主だったから。姫ちゃんのせいじゃなくても、きっと自分のせいにしてしまうんだろうということはしばらく会えていなくても分かる事だった。



ご両親が亡くなってからはおばあ様と一緒に暮らすことになったらしい。…そのおばあ様も、今はもう亡くなってしまった。私は親戚からその話を聞いて、おばあ様のお葬式に参列することにした。直接おばあ様と関わることはあまり無かったけれど、お世話になっていたことは変わらなかったから。



その場には、当然姫ちゃんもいた。
腰まである長くてふわふわした桜色の綺麗な髪。それを見ただけで、あの子は姫ちゃんだとすぐに分かった。その髪に見蕩れていたら姫ちゃんは歩き出してしまって、私は我に返って急いで姫ちゃんのもとへ行き手を取った。驚いて振り返った姫ちゃんを見て、あの時から止まっていた時間が少し動き出す音がした。綺麗な桃色と空色の瞳。まるで天使のような姿は昔と変わらなかった。



「雛咲 姫ちゃん…だよね?私は立花いづみ。小さい時に一緒に遊んでたんだけど、覚えてないかな?」



初めは私の顔を見てもピンと来ていないようだったけど、笑顔でこういった私をみてその大きな目を少し見開いて、


「…いづみちゃん?」


あの頃から少し大人びた声で、私の名前を呼んでくれた。最後に会ったのは多分姫ちゃんが5歳6歳くらいの頃。もう覚えてもらえていないかと思ったけど、思い出してくれたみたいで私はほっとした。



「思い出してくれた!?良かった。本当に久しぶりだね。…ねぇ、姫ちゃん。ご両親も、前に亡くなってしまったんだよね。」



こんなわかり切っていることを聞いたら、姫ちゃんだって悲しむに決まっている。でも姫ちゃん自身から聞くことに意味があるんだって、そう思って聞いてみると、予想通り悲しそうな顔をして姫ちゃんは頷いた。



「…うん、そうだね。両親も私が小さい頃に亡くなってしまったから…。」

「…そっか。姫ちゃん、これからのことはもう決まっているの?」

「私ももう高校生だし、経験はないけれど、バイトでもして生活していこうかなって考えていたところなんだ。こんな浅い考えじゃなどうにもならないかもしれないけれど…」



もう姫ちゃんも高校生なのだ。アルバイトもできる歳だし、姫ちゃんの言う通りそれで何とかやって行けるのかもしれない。両親もおばあ様もいない、となれば色々と支援もしてもらえるだろう。…それでも私は、とても悲しそうで儚い。今にでも壊れてしまいそうな姫ちゃんを見て、





「姫ちゃん。今でも舞台は好き?」





気づけばそう言っていた。
今このことを聞くのはおかしいかもしれないけど、姫ちゃんの返事次第でこの時私はもう、どうするか決まっていたんだ。



「もちろん、大好きだよ。」




嘘偽りのないこの言葉と眼差しに、私は確信した。
その気持ちがあれば、あの場所でまた、止まっていた時間を動かすことが出来る。
きっと姫ちゃんと私なら。…みんなとなら、絶対に上手くやっていける。



「…うん、それだけで充分…!姫ちゃん、今日から私と…ううん、みんなと一緒に成長していこう!」



私が12年ほど前のあの時のように再び差し出した手を、姫ちゃんは少し迷ってから取ってくれた。
あとのことはまだ何も考えていない。みんなにだってこのことは話していないし、迷惑をかけてしまうかもしれない。それでも私は、みんなとなら物語の幕を、再び上げられることを信じて…




スノーフレークな君に、新たな幕開けを