『 …うん、それだけで充分…!姫ちゃん、今日から私と…ううん、みんなと一緒に成長していこう! 』


あの言葉に手を取っていづみちゃんと共に生活していくことになった。あの時はどうすることも出来なくて、思わずいづみちゃんの言葉に頷いてしまったけど本当によかったのだろうか。
まだ詳しい話は何も聞いていない。連絡先を交換してからいづみちゃんとは一旦別れて、家の片付けや荷物の整理が終わってからまた迎えに来てくれることになった。


(この家とももうお別れか…)


10年ほど生活してきたこの家とも今日でもうお別れ。この家にはおばあちゃんとの思い出が沢山詰まっていて、私にとって1番安心できる場所だった。少し寂しい気持ちもあるけれど、不思議と離れたくないとはあまり思わなかった。それはきっと、これからの未来への憧れを胸に抱いているから。不安なことも沢山あるけど、いづみちゃんとならきっと大丈夫。



荷物の整理も終わり、思い出に浸っていたところいづみちゃんから連絡があった。


「もしもし、姫ちゃん?もうすぐ姫ちゃんの家に着きそうなんだけど、準備はもう終わったかな。」


「うん、さっき終わったところだよ。家の前で待ってるね。」



いづみちゃんはもうすぐ到着するみたい。私は最後にもう一度だけ振り返って、長い間お世話になったこの家を見渡す。
毎日食事を作っていたキッチン、おばあちゃんと二人ですごしたリビング。何もかもがとても大切な思い出に溢れている。



「…今までありがとう。行ってきます。」


その光景を目に焼き付けて、私は扉を開けた。
少し待っていると車がこっちにやってくるのが見えた。私の家の前で止まり窓が開くと、


「姫ちゃん!お待たせ。さぁ、行こっか。隣に乗って。」


「…うん!お迎えに来てくれてありがとう。運転、お願いします。」


「全然大丈夫だよ!あれ、姫ちゃん思ってたより荷物少ないね?車だしもっとたくさん持ってきてもいいんだよ?」


「ううん、ありがとう。でも大丈夫だよ。これだけで充分だから。」


「そっか!じゃあ出発しようか。」



私が助手席に座り、シートベルトをつけてから車は動き出す。荷物は確かにいづみちゃんの言う通り少ないかもしれない。ぬいぐるみがいくつか入っているからちょっと大きくはなっているけど、他は必要最低限のものしか持ってきていないから。


「姫ちゃん、あのね。先に詳しく話していなくて悪いんだけど、これから生活していくところは劇団の寮なの。小さい頃、私たちがいつも見ていたあの劇場の。」


「MANKAIカンパニーってことだよね。懐かしいなぁ。しばらく行けてなかったから、本当に久しぶり…お父さんは、幸夫さんは元気にしてる?」


「…あのね姫ちゃん、その事なんだけど。実はお父さん、行方不明なの。」


「…え!?行方不明…?どうして…」


「…私にもわからない。私も行方を探してMANKAIカンパニーを訪れてみたんだけど、そこで色々あって、お父さんの代わりに私が劇団を再建することになったの。最初は全然団員もいないし、借金も沢山あってどうにもならない状況だったんだけど、今は団員も24人に増えて何とかやっていけてるんだ。私は今そこで総監督をしているの。」


「いづみちゃんが、MANKAIカンパニーの監督…いづみちゃん、ずっとお芝居が大好きだったもんね。そう言われると納得出来るなぁ。」


「ふふっそうかな。ありがとう!それでね、姫ちゃん。さっきも話したとおり、今は寮に24人、団員が住んでるの。姫ちゃんとはみんなとも一緒に生活してもらうことになるんだ。不安なこともあるかもしれないけど、みんなとってもいい人ばかりだから。きっと姫ちゃんとも仲良くやって行けると思う。大事な話なのに、急に話すことになっちゃってごめんね。でもみんなにはもう承諾してもらえてるから、あとは姫ちゃんの気持ち次第だよ。」


「…24人、って沢山いるんだね。でも私、団員でもないのにそこにいてもいいのかな。みなさん承諾してくださってても、私がいたら迷惑をかけちゃうかも…」


「…そんなことない!姫ちゃんはMANKAIカンパニーに必要なんだよ。迷惑なんて、誰もそんなこと思ってない。だからそんな心配はしないで。いきなりみんなと仲良くなるっていうのは難しいかもしれないけど、これからどんどん信頼しあっていけばいいんだよ。みんなは絶対、姫ちゃんの過去のことも今の姫ちゃんも受け入れてくれるはずだから。」


「…みなさんは、私の過去のこと知ってるの?」


「うん、ごめんね。私から姫ちゃんのことは説明してあるんだ。でもそれはご両親のこととおばあ様のことだけ。…姫ちゃんが気にしてる、瞳のこともぬいぐるみのこともまだ言ってない。それはきっと姫ちゃん自身から話すことが大事だと思うから。」


「そっか、ありがとういづみちゃん。私まだ不安だけど、頑張っていづみちゃんやみなさんのことサポートしていくね…!」


「…うん!こちらこそありがとう。ふふっやっぱり姫ちゃんは昔から変わらないね。小さい頃から天使のように可愛かったし、優しい姫ちゃんはずっと変わらない。私の妹みたいだなぁ。」


「て、天使なんて、そんなことないよ。でも褒めてもらえるのは嬉しい。えへへ、ありがとう!私もいづみちゃんのことお姉ちゃんみたいにずっと思ってたんだ!…あ、でもごめんなさい。小さい頃いづみちゃんって呼んでたから今も呼んじゃってるけど、私の方が年下だし、敬語も使わなきゃいけないよね…!」


「そんなの気にしなくていいんだよ!むしろ私は気軽に話して貰える方が嬉しいな!改めていづみさんとか、敬語で話されるのも困っちゃうよ。」


「…本当?じゃあ、いづみちゃんのままで…」


「うんうん!それでOK!あ、もうすぐ着くよ。きっとみんな揃ってると思うから、みんなのこと紹介するね。」


「う、うん!よろしくお願いします…」



少しするととても懐かしい、あのMANKAIカンパニーにたどり着いた。外観はあんまり変わらないな。寮の方には入ったことは無いからどんな場所なのかよく分からない。車を降りて、荷物を持ちいづみちゃんの後について行く。
寮の扉を開けて、いづみちゃんが談話室へと案内してくれる。そこにはたくさんの団員さんがいて、いづみちゃんと私が入った途端こちらを見てきた。…怖い。男の人ばかりで、みんな私のことを見ている。この目を見たらまた何か言われてしまうのだろうか。モカちゃんのことも、変な目で見られてしまうかもしれない。
私が緊張で押しつぶされそうになっていると、いづみちゃんが私のことを紹介してくれた。



「みんな、ただいま!早速紹介するね。この子が雛咲 姫ちゃん。春から高校3年生になるから…真澄くんと天馬くん、太一くんと同い年かな?今日からここで、学業に支障が出ない程度に私のお手伝いと劇団のサポートをしてもらうことになるからみんなよろしくね。はい、姫ちゃんからも自己紹介!」


「…えっ、えっと。雛咲 姫です…。今日からここでいづみちゃん、か、監督さんのお手伝いと劇団のサポートをさせてもらいながらここでお世話になることになりました。迷惑をかけてしまうこともあると思いますが、よろしくお願いします…。」


「姫ちゃん!よろしくね。オレは佐久間咲也。年齢は姫ちゃんのひとつ上で、春組のリーダーをやってるんだ。悩み事があったらなんでも相談してね!」


「オー!ワタシはシトロンダヨ!ヒメ、スーパーキュートなレディネ!分からないことはワタシにきけば、ノープロテインダヨ!」


「いやノープロテインじゃなくてノープロブレムだろ!…はぁ、姫ちゃんシトロンさんに聞いたら間違った知識が身につくから、俺でも大丈夫だし他の人に聞いてね。俺は皆木綴。この劇団では役者でもあるんだけど、脚本も担当してるんだ。これからよろしくな。」


「相変わらずシトロンは俺的にツボだわ。俺は茅ヶ崎至。会社員兼役者ってとこかな。…ところで姫ちゃん。ラノベのヒロインみたいな雰囲気してるね。妹属性の甘えたキャラとみた。」


「えっ、至さんそっちの顔でいくんですか?」


「…まぁ、姫ちゃんの過去のことは聞いちゃったんだし。俺だけ偽ったまま接するのは良くないでしょ。それにもう今更だし、これからここで生活していくんだから。」


「オー、イタルかわったネ。」


「まぁ、確かに変わったよな。でもこっちの至さんの方がいいっすよね。…そうだ。千景さんは出張で今日はいないんだった。」


「春組には卯木千景さんっていう至さんの会社の先輩もいるんだよ!今日はお仕事で居ないみたいなんだけど、明後日頃には帰ってくると思うからまたその時に紹介するね!最後は真澄くん。ほら、自己紹介!」


「…碓氷真澄。監督がアンタをここに連れてきたいって言ったから俺はそれに賛成しただけ。監督以外の女に興味ないし仲良くする気もないから。」


「…おい真澄!そんな言い方することないだろ!」


「本当のことを言っただけ。…アンタ監督の手伝いって言ってたけど、そんなの俺で充分だから。それにそんなぬいぐるみなんか持ってて手伝いなんかできるの?高校生にもなってそれはどうかと思うけど。」


「真澄くん!」


「ご、ごめんなさい。そうですよね…お手伝いなんて迷惑ですよね…本当に、ごめんなさい…」


「真澄くん!私姫ちゃんと仲良くしてあげってって言ったよね?どうしてそんな酷いことを言うの?」


「俺は監督のことが好きなんだから、アンタ以外の女と仲良くする必要は無い。」


「わ、私ちょっと忘れ物してきちゃいました…!紹介してくださってる途中ですみません。取りに行ってきます!」


「待って!姫ちゃん!」



あの時とは少し違う、いづみちゃんが私を止める声が聞こえた。それでも私は今の出来事に耐えられなくて、さっきは車で通ってきた道を走り出した。…やっぱり、私はみんなといると迷惑をかけちゃうんだ。碓氷さんは何も間違ったことは言ってない。何も出来ない高校生が急に一緒に生活していくことになって、受け入れてくれる皆さんの方が少し変わってるんだ。私は甘えすぎていたんだ、いづみちゃんにもみんなにも。


走り出してから疲れてきて、誰もいない公園のベンチに腰掛ける。いきなり飛び出してきて、みんな驚いてるよね…。でもあんなことがあって、このまま戻れるほど私は強くなかった。携帯を見ると、いづみちゃんから何回か電話がかかってきていることに気がつく。心配、かけちゃってるかな。私は飛び出してきたことを少し後悔して、モカちゃんを抱いていた腕に少し力を入れて抱きしめた。
こうしていると、ママとパパが大丈夫って言ってくれてるみたいで安心する。しばらくそうしていると、今の私とは正反対の明るい声が聞こえてきた。



「…あ!いたいた〜!ひなりん発見!」


「ちょっとコミュ力高男。いきなり走り出さないでよね。」


「ひめみつけた〜!ね〜ね〜みんなでさんかくさがししよ〜!」


「み、三角さん!今回はさんかく探しをしにきたんじゃないですよ!」


「すみーさん走るのはえ〜!オレもオレも!」


「お、おい!オレだけ置いてくな!!」



私の方に向かって6人の男の子が走ってくる。さっき談話室で見かけた人もいるから、きっと団員の皆さんなんだろうか。ここに来てくれたということは私を探しに来てくれたのかな…。そうだとしたら、益々皆さんに迷惑をかけてしまった。私、何してるんだろう。



「…ほら、そんな所でいつまでも座ってないで早く行くよ。」


「あ、あのすみません。私いきなり飛び出してきちゃって…でもまだ、一人でいたくて、」


「ひめいくよ〜!」


「えっ?あ、あの…!」


「ねねっ!ひなりんは甘いもの好き?」


「甘いもの、ですか…?はい、好きです。」


「本当ですか?良かったです!それじゃあ今からみんなでクレープを食べに行きましょう!」


「オレクレープ食べるの久しぶりだなぁ…!天馬さんはクレープだと何味が好き?」


「お、オレはあんまり食べたことないからよく分からない…」



このまま寮に連れていかれるのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。クレープって言ってたしどこかに甘いものでも食べに行くのだろうか。…もしかしたら、私が今は帰りたくないことを知っていて気分転換に連れて行ってくれようとしているのかもしれない。本当に、どこまで気を使わせちゃってるんだろう。でも心配をしてもらえることなんてあんまりなかったから、嬉しくって。



「…みなさん、ありがとうございます。」



私がお礼を言うと、みなさんが微笑んでくれて、心が暖かくなった。それからみなさんは私のことをいろんな場所に連れていってくれた。その途中で自己紹介をしてくれて、そこで分かったのがみんな私と年齢が近い人が多いということだった。歳の近い友達なんていなかったから、みんなと甘いものを食べたり雑貨屋さんを回ったり。初めてのことだらけで戸惑ってしまったけれど、とても楽しい時間を過ごせた。



「あ〜楽しかった!そろそろ夕食の時間だし、寮に帰ろっか!」


「さんかくくれーぷ、すっごく美味しかった〜!」


「本当ですね!期間限定で変わった味もあって、何味にしようか迷っちゃいましたよね…!」


「あの雑貨屋、なかなかセンス良かったんじゃない?あそこならまた行ってもいいかも。」


「舞台で使えそうな小物も色々あったな。今度は他のやつも誘って行ってみるか。」


「姫さん!今日はどうだった!?オレはすっごく楽しかった!」


「わ、私も、とっても楽しかったです…!お友達とこうやって遊んだのなんて初めてだったから、本当にいい思い出になりました。」


「ひなりん初だったの!?じゃあもっとたくさん色んなこと出来たら良かったのにね〜!あ、てかひなりん。オレら仲良くなったし、年齢なんか関係なくタメでいいよん!もちろん名前呼びも大歓迎!」


「オレもずっと気になってた。アンタの方が歳上なんだし、敬語なんて使わなくていいんだけど。」


「で、でもいきなりタメ口なんて、馴れ馴れしいかなって思って…」


「そんなことないですよ!今日一緒に遊んで仲良くなったんですから、遠慮なく接してください!」


「…う、うん。分かった。でもさすがに歳上の三好さんと、斑鳩さんは、敬語は外せなさそうです…」


「え〜?オレとすみーだけ敬語使われるの悲し〜!うーんでもひなりんがそう言うなら、これからもっと仲良くなったらタメで話してねん!」


「は、はい!ありがとうございます。」


みんなとそんな話をしながら歩いているとMANKAIカンパニーが見えてくる。さっき飛び出してきてしまったこともあってやっぱり戻りづらい。でも夏組のみんながこうやって迎えに来てくれたんだし、いつまでも落ち込んでいる訳には行かないよね…!


「ただいま〜!!あーお腹空いたー、カントク!今日の夕食は何?」


「おい九門。さっきあんなに色々食ってただろ…まだ腹減ってるのか…」


「あ、みんな!おかえり!姫ちゃんもおかえりなさい!…ほら、真澄くん。」


「…さっきは、ごめん。」


「…え?」



私たちが談話室に入ると、みんなが出迎えてくれた。いづみちゃんが碓氷さんの背中を押すと碓氷さんはバツが悪そうな表情で私の元までやってきて、恐らくさっきのことを謝ってくれたのだ。


「…何も知らないのに、勝手にアンタのことを悪く言ってごめん。人の趣味を否定する権利なんて俺にはなかったのに。」


「そ、そんな!謝らないでください。私も悪いんです。さっきは急に飛び出して行ってしまってごめんなさい…。」


「別に、そんなこと気にしてない。…ねぇ、アンタはなんでそのぬいぐるみ、ずっと抱えてるの。」


「え、えっとこれは。いづみちゃんから聞いたと思うんですけど、私は小さい頃に両親を事故で亡くしてしまっているんです。このぬいぐるみは亡くなる前にママとパパが私が寂しくないようにって作ってくれたお友達で、2人が亡くなってからもずっと一緒に居るんです…そうすればママとパパがずっと一緒にいてくれているように思えるから。」



「…さっきは本当にごめん。そんなに大切なものなのに、本当に酷いことを言った。」


「い、いいんです!私だって最初に説明していなかったですし、そう思われてもおかしくないですから…」


「ほらふたりとも。今回はふたりとも謝ったんだし、もうこれで仲直りでいいだろ?」


私と碓氷さんがお互いに謝りあっていると、とても背の高くて、…少し怖そうな見た目の男の人が声をかけてくれた。


「ほら、もうこれで今回の喧嘩は終わりだ。そろそろ夕食の時間だし、準備を手伝ってくれるか?」


「…あっ!ご、ごめんなさい!私お手伝いをするって決まっていたのに、夕食の支度をお手伝い出来なくて…!」


何をしてるんだろう私…!お手伝い係としてここで生活させてもらう身なのに、いきなり他の人におまかせしてしまっていた。これじゃあさっき碓氷さんに言われた通りだ…
私が落ち込んでいると、長身の男の人は私の頭に手を乗せて、優しく撫でてくれた。


「そう落ち込むなよ。それに今日は姫がここに来て最初の日なんだからいきなり仕事をしてもらおうとは誰も思わないぞ。まぁでも、出来上がったおかずからテーブルに運ぶのは手伝ってくれるか?」


「は、はい…!もちろんです!」


少し怖そうな人だと思っていたけれどそんなことは無いみたいだ。むしろとっても優しそうなお母さんみたいな人、そんな印象を持った。男の人にお母さん見たいというのは少し違うのかもしれないけれど。


「はい、これもっていってくれるか?あ、そういえばまだ自己紹介してなかったな。俺は秋組に所属している伏見臣だ。カントクが忙しいときは俺が料理を作ったりしてる。これからは姫と一緒に作ることも多くなると思うからよろしくな。」


「はい。こちらこそよろしくお願いします。」


伏見さんからお皿を受け取ってテーブルへと運ぶ。全て運び終わってから、私はどこに座ったらいいんだろうと迷っていると、赤い髪の人懐っこい笑顔を浮かべた男の子が手招きをしてくれた。


「姫チャン!俺っちの隣、空いてるッスよ!」


「あ、ありがとうございます…隣失礼します。」


「そんなにかしこまらないでくださいくださいッスよー!俺は七尾太一!姫チャンとは同い年だから気軽に絡んで欲しいッス!」


そう言ってさっきと変わらない笑顔を私に向けてくれた。夏組のみんなと同じような雰囲気で、私も仲良くなれるかな。そんな期待を少ししてしまう。


「そう言えば秋組の紹介もまだッスよね!俺と臣クンはもう自己紹介したから…次は万チャン!」


「へーへー、摂津万里。秋組のリーダーやってる。好きなものはゲーム、至さんと同じだな。よろしくな姫ちゃん。そんでコイツは兵頭。ちなみに甘党。」


「…おい摂津。余計なことを言うな。兵頭十座、夏組の九門は俺の弟だ。よろしく。」


「…泉田莇。この劇団のメイクの担当もしてる。姫さん、白くていい肌してんな。何使ってんの?」


「えっと、お化粧はした事なくて、いつも洗顔で洗ってるだけなんです…」


「…はぁ?それでそんな肌綺麗なのかよ。どうなってんだ。」


「…おい坊。姫が困ってるだろ、その辺にしとけ。俺は古市左京だ。ここでは経理も担当してる。よろしく頼む。」


秋組のみなさんは少し怖い雰囲気の人が多いけど、古市さんは特に怖そうな印象を持ってしまう。…でもなんでだろう、あったことは無いはずなのに不思議と初めて会う訳ではない気がする。私には古市さんに似ている知り合いもいないはずなのだけど、もしかしたらどこかですれ違ったことでもあるのだろうか。綺麗なサラサラの金髪の髪と整った顔はすれ違っただけでも印象に残っていたのかもしれない。でも少し気になってしまって、古市さんに私は尋ねた。


「あ、あの古市さん。もしかしたらなんですけど、どこかで私とあったことはありますか…?」


私がそういうと古市さんは目を見開いた。どうしてだろう。やっぱりあったことなんてなかったのかな…!


「…覚えてるのか?姫。」


そう言って私の名前を呼んだ古市さんの顔をもう一度じっと見て、考えてみるとやはりどこかで会ったことがある気がする。それも別の場所じゃなくて、MANKAIカンパニーであったことがあるような…


「なんとなく、このMANKAIカンパニーであった事がある気がするんです。私は小さい頃何回かここに来たことがあったので、古市さんももしその時にMANKAIカンパニーにいたとしたら、その時に見かけたことがあるのかもしれません…。」


「…監督さんは忘れてたがな。姫は少しでも覚えていたのか。俺は姫が小さい頃、監督さんと姫をお守りに付き合っていたことがある。その時の記憶なんだろう。」


「いづみちゃんと私をお守り…、も、もしかして…!あの時の左京お兄ちゃん…!?」


「…その呼び方はよせ。」


「や、やっぱりそうなんですか…?ここでまた会えるなんて嘘みたいです…!」


「…あぁ、久しぶりだ。随分と大きくなったんだな、姫。」



そう言って左京お兄ちゃん…古市さんも、私の頭を撫でてくれる。そうだ思い出した。私は小さい頃いづみちゃんと一緒に遊んでいたけど、その時に少しだけ古市さんとも遊んでいたことがあったんだ。さっきの気がかりはこのことだったんだ。もやもやしていた気持ちが晴れてすっきりする。懐かしい思い出に浸っていると、穏やかな雰囲気の優しそうな男性が私に話しかけてくれた。


「左京さんと姫ちゃんが小さい頃知り合いだったなんてびっくりですね…!姫ちゃん、俺は月岡紬。冬組のリーダーをやっているんだ。これからよろしくね。」


最後の冬組のリーダーは月岡さん…。優しそうな見た目の通り、中身も優しい人だな。その隣に座っている人に目を向けると、すこし呆れた表情で自己紹介をしてくれた。


「…高遠丞だ。紬とは幼馴染で冬組の同じメンバーだ。よろしく。」


月岡さんの幼馴染なんだ…ガタイが良くて男らしい高遠さんと、穏やかな月岡さんはあまり幼馴染だと言われてもピンとは来なかったけれど、ふたりの雰囲気を見ていると信頼し合っている関係なんだと何となくわかる。


「ふむ。次はワタシの紹介だね。有栖川誉、職業は詩人だ。芸術のことならワタシに聞くといい。…ふむ、詩興が沸いた!…あぁ、溢れるパッション…」


「…アリスうるさい。」


「む。密くん起きたのかね。ほら、姫くんに自己紹介をしたまえ。」


「…御影密。すぅ…」


「…密くん!まったく、紹介をするならきちんと相手の目を見て話したまえ。」


「…目を見て。姫、目の色が左右で違う…なんで…?」


「御影。そういったことはあまり詮索しない方がいいと聞いた。」


「あ、大丈夫ですよ。気にしてないので…えっと、」


「申し遅れた。俺はガイ、同じく冬組のメンバーだ。」


「ガイさん、ですね。よろしくお願いします。」


「…ねぇ、なんで色が違うの?ピンクと水色…」


「オッドアイって言うみたいなんですけど、私はお母さんが桃色の目で、お父さんが空色の目だったんです。なので2人の遺伝を引き継いで私は左右で瞳の色が違うんだと思います。」


「…そうなんだ。姫の目、キラキラしてて綺麗…もっと近くで見せて。」


御影さんがそういうと私に近寄ってきて、暖かい手で私の頬に触れる。至近距離で目が合ってしまって、私は恥ずかしくなって俯こうとしたところ、



「御影。いい加減にしろ。…はぁ。悪かったな。こいつも悪気はないんだと思うが、驚かせたな。」


「い、いえ!大丈夫です!」


「ふむ。ということは姫くんの持っているそのクマの瞳の色と、首元のリボンの色が違うのも、姫くんをイメージして作られたからということか。」


「…きっと、そうだと思います。2人は私の目をとても気に入ってくれていたので。」




「…うん。そう考えると姫ちゃんにとってやっぱりその子はとっても大切なお友達なんだね。…そうだ、冬組には今日は千景さんと一緒で出かけてて今はいないんだけど、ガイさんと同室の雪白東さんっていう人も同じ冬組なんだ。東さんのことも帰ってきたら紹介するね。」


卯月さんと雪白さん。お二人には今日は会うことは無かったけれど、22人の皆さんとは顔合わせができた。
…今日1日、みなさんとお話して改めて、いづみちゃんが言っていた通りみんないい人で、ここでならみんなと成長していける、そんな気がしていた。やっぱりまだ不安なこともあるしわからないことも沢山ある。けど自分にできる精一杯のことをして、みなさんをサポートしていきたい。それが今の私の唯一の幸せだと思うから。


「これでみんな自己紹介は終わったね!…ところで姫ちゃん。部屋のことなんだけど…ごめんね!姫ちゃんのお部屋、今は物置状態になってて、今日までには片付く予定だったんだけど、まだ実は終わってないの…私の部屋で今日は一緒に寝ようかとも思ったんだけど、お客さん用の布団は今洗濯中でまだ乾いてなくて…」


「…何やってるんだ監督さん。今日までに終わるって話だっただろう。」


「そ、そうなんですけど思ってたより荷物が多くて…すみません!今日は私がソファで寝るから、姫ちゃんは私のベッド使って!」


「え、ええ!?そんなのダメだよ!いづみちゃんのお部屋なんだから私がソファ貸してもらえればそっちで寝るから!」


「それなら俺が茅ヶ崎の部屋に邪魔することにしよう。卯月のベッドを借りて俺は眠るから、雛咲は俺と雪白の部屋で眠るといい。」


「…げ、まじっすか。俺今日徹夜でゲームする予定なんですけど…」


「?問題ない。存分にするといい。」


「…はぁ。まあいいか」


「おい。雪白がいないといっても男の部屋だろう。姫をそこで寝かせるわけにはいかねぇ。」


「でも左京さん!このままだと姫ちゃん寝る場所なくなっちゃいます!私が悪いので何も言えないですけど…それに東さんは明日帰ってくる予定みたいですし心配はないと思いますよ。」


「…本当にまだ帰ってこないんだな。仕方ない。今回は許可する。…だが監督さん次はないことを頭に入れておくんだな。」


「…はい。申し訳ございません。」


どうやら私は雪白さんとガイさんのお部屋を借りることになったみたいだ。雪白さんは今日は帰ってこないみたいだけど、勝手に部屋をお借りしてしまってもいいのかな…でもガイさんも茅ヶ崎さんのお部屋に移動し始めているし、お言葉に甘えて今日だけお借りしてしまおう…


お風呂もお借りして、私はガイさんたちのお部屋にお邪魔する。扉を開けるとベッドがふたつ置いてあって、部屋の半分で雰囲気がなんだか違うように見えるからきっとどちらかのスペースが雪白さんで、もう一方がガイさんのスペースなのだろう。…どっちをお借りにしたらいいんだろう。私が部屋の真ん中でうろうろしていると、ふわっととても心地のいい安心する香りがした。…お花の匂い、ツバキかな。
私はその匂いにつられてベッドに腰かける。


(…本当にいい香り。)


花の香りはきついものも沢山あるけれど、この香りは嫌味もなく本当に落ち着く香りがした。私はベッドに入って布団にくるまると、誰かに包まれているような気持ちになって、穏やかな気持ちで目を閉じた。

本当に今日は色んなことがあった。MANKAIカンパニーのみんなと出会って、少しだけど仲良くなれて、喧嘩のようなこともしてしまったけれど何もかもが私にとって初めての体験だった。初日でこんなにも新しい経験をしてしまったら、これからはどうなるんだろう。でもここでなら、新しいこともどんなことも新鮮に見えて、新しいスタートがきれる気がする。


(…眠たい。)


さすがに今日は疲れてしまった。モカちゃんを抱いて再び目を閉じると眠気が襲ってくる。



…眠ってしまう前にもう一度、未来への憧れを胸に抱いて…





アルストロメリア