…今夜は満月だ。

予想していたよりも早く帰れることになって、街が寝静まった深夜2時頃。この街を歩きながらふと空を見上げた。そこには綺麗な月が浮かんでいて、思わず魅入ってしまう。
しばらく歩いていると、もうすっかり見慣れたボクの居場所が見えてくる。
扉を開けて、談話室には誰もいないことは分かっていたけどいつもの癖でただいまの挨拶をしてしまう。


(…こんな時間だしもうみんな寝てるよね。)


ここに来る前までは、1人でいることには慣れたつもりでいた。この暖かい場所を知ってしまった今はもうそんな日々は考えられないくらいにとても居心地がいい。それでもやっぱりここに帰ってきて、昼間は誰かは必ずと言っていいほど談話室にいて、おかえりの挨拶をしてくれる。それがないだけで前の自分に戻ってしまったような気がして、この感覚には未だになれない。…シャワーでも浴びて、もう寝てしまおう。今日は泊まってくる予定だったため、自室に戻らなくても着替えは用意してあった。そのままシャワーを浴びて、髪を乾かしてから自室へと向かう。この部屋で眠っているであろうガイを起こさないように気を使って、静かに扉を開く。見慣れた自分の部屋を見渡すと、部屋の半分のガイのスペース、いつもはそこにあるベッドで寝ている彼の姿はなかった。誰かの部屋に泊まりに行っているのだろうか。彼はあまりそういったことをするイメージはないけれど、こんな夜中に出かけているということも想像できなかった。少し気がかりだったがガイとは反対の自分のスペースに向かう。そのままベッドの方に目を向けると、掛け布団が少し膨らんでいることに気づいた。


「…誰か寝てるの?ガイかな。」

1番最初に思い浮かんだのは同室であるガイだった。先程見た彼のベッドに姿がなかったため、お酒でも飲んで酔っ払って間違えてボクの方のベッドで寝てしまったのだろうか。
そう思って確かめるためにベッドの方に近づくと、ガイにしては小柄な気がした。…それに何故か、白いクマのような耳。ぬいぐるみ、だろうか。それが見えていた。
幸の忘れ物だろうか。いや、その場合こんなにも丁寧に忘れ物なんてするわけないし、ちょっとしたイタズラだろうか。結局このままでは判断できなかったため、掛け布団を少し捲ってみる。


…するとそこには先程見えたクマのぬいぐるみを大事そうに抱えている、綺麗なふわふわとした桜色の髪の女の子が眠っていた。


「…驚いた。この子はなんでここで寝てるのかな…」


この少女は誰かの知り合いだろうか。もちろんボクはこの子を知らない。この部屋にいるということはガイの知り合い…?恋人、では無いだろうけど。随分と歳は離れていそうだし。
そんなことを考えていると、ボクは昨日カントクが言っていたことを思い出した。


「あのね、今日早めに集まってもらったのはみんなに話したいことがあるからなの。…明日から、私のはとこの、雛咲 姫ちゃんっていう子とここで一緒に生活をしてもらいたいんです。」



きっとあの時カントクが言っていた雛咲姫ちゃん、という子はこの子なのだろう。今日からここで生活していくことになったこの少女は、何故ボクのベッドで寝ているかは分からないけれど。…きっと、ボクは今日帰る予定ではなかったし、千景も出張でいないと言っていたから。なにかトラブルでもあって、ガイが至の部屋へ移動して誰もいないであろうこの部屋で眠ることにでもなったのだろう。そんな予想をしながら再び少女の姿を見る。
その寝顔はとっても綺麗だけど、少し曇った表情をしていて。


…ここに来る前のボクと同じ表情かお



その表情をみたら、なんだか放っておけなくなってボクは少女が眠る場所の隣に入った。
改めて近くで見ると、その寝顔はやっぱり少し悲しくて、今にでも消えてしまいそうな儚い寝顔だった。その表情を変えたくて、綺麗な髪に触れる。しばらく優しく撫でていると先程よりは少し表情が柔らかくなったように見えた。そしてボクがその少女の抱えているぬいぐるみごと、優しく包み込むように抱きしめると少女は幸せそうな表情で眠り続ける。


こうやって誰かの温もりを感じながら眠ることが出来るのはとっても幸せだということをボクは知っていた。この子にもその幸せを感じて欲しくて、しばらくそのまま抱きしめ続けていると、ボクも眠くなってきてしまった。


(…そろそろ寝ようかな。)


瞼を閉じる前に少女の額に顔を寄せて、くちづける。
…おやすみ。その言葉を心の中で眠り姫に囁いて瞳を閉じた。