君について





鳴の名前を呼ぶと、こっちも見ずに手を伸ばしてくるのがいつもの事だ。
だからその大きな掌に引き寄せられるのに、今日はどうしてもそうする気にならなかった。代わりにずっとむこうを向いたままの彼を見つめていたのだけれど。ただ手を引っ込めずに待っているから、いつになったら痺れをきらしてこっちを見てくれるのかな、と悶々としていた。

「名前。名前…。」

予想は的中。不機嫌そうな顔が見えた。休日はゆっくりしたい派の私とどこかに出かけたい派の鳴は合わない、噛み付かれた夜をこえれば、また野球だけの日々に戻っていく。それはいつも通りのことだ、だけど今日は珍しいどこにも行かない日。だから喧嘩なんてしたくないんだけれどな。
君も私も意地悪に何も言わないものだから部屋は静まりかえって、鳴の心の声まできこえてしまうんじゃないかと心配になってきた。消したテレビが無性に恋しい。

「何さ。」
「何でも。」
「ねえ。なんで手を取ってくれないの。」

そう言われても、タイミングを逃してしまった私は今更手を握るわけにも行かず。曖昧に濁したまんま、そっぽを向いて逃げようとしたが上手くはいかないみたいだ。鳴は何度も名前を呼んでは、相変わらず手を出したままで、見なくても分かるくらい強い眼差しを向けてきて苦しい。苦しくなるから、目を閉じて後悔するけれど。でもその胸の痛みに正直になって目をそらしてそっと指を触れさせた。そうすると強い力で引っ張られ、鳴の膝の上に乗せられ抱きしめられ。痛いくらいに密着するものだから何が起こったのかも分からず、声も出さずに驚くだけだった。

「寂しかったんでしょ。」

バタバタしてさ、全然落ち着けなくて。ここ最近はさ、ずっとそうだったし。
背中を圧迫して離してくれない指が微かに震えるのを期待しながら、服の皺を辿って寄せればため息が髪を撫ぜる。焦らすみたいにゆっくり頷けば、視界が反転して、口付けを拒めなかった私はまた静かに目を伏せ。

窓の外の見えない桜の花を探した静かな祝日の平日を、あなたにあげよう。と反芻させた。


back