リップシンク





最近日が落ちるのが早くなってきた。もう暗くなってしばらく経つ時、君のことを考えて、それから何となく君を待っている。秋が近づいてくるけど、少しもそんな感じはしなくて。だけど、まだ夏だと思ってるうちに足早に秋が来るのだろうか。鳴と付き合ったのは、何年も前の夏だった。そう思い出す。

「最近、成宮とどうなの?」

こういう時、どう返すのが正解なのかわからない。私達は、あの頃に比べてかなり落ち着いた関係になっていた。恋愛というより、家族のような。連絡だってそんなに頻繁にはとらないし、会うのだって。だけどそれでも繋がっていられるのは分かってた。出会った頃は高校生で、一応その頃からの付き合いだから。だから、順調なのかな。このまま卒業したら、結婚するのかなとか。そういう話とかしちゃって、友達と別れた後に浮かれた気分のままトークを開くのだ。

お疲れ様。

いつも通り、何の連絡もない。やっぱり忙しいよね。日の落ちるスピードはどんどん早くなっていくのに、私の歩く速さは変わらない。高校の時は、鳴が隣にいたなあ。ぽつんとある自分の影を、繰り返し踏みながら家まで一人で歩いていく。そうだね。しばらく会ってないし、私から連絡するのやめたら、向こうからはたまにしか連絡来ないし。だけど、大丈夫。気にしないようにしてるから。たまに会うから大切にできるんだし。ずっと付き合いたてみたいな感じとか、無理だし。それに、私たちはもう大人になったのだ。だから、子供みたいな恋愛はしないのだ。そういう時期は終わったのだと思う。

夜になると、君から連絡があった。待っていたけれど、ずっと待っていたけれど。飛びつかないように「これから会える?」の通知をそのままにして。急いで部屋を片付けて、シャワーを浴び、化粧をして、近くのコンビニに行く途中に返信した。やっと会えるのが嬉しくて、街灯が照らす道を急ぎ足で行く。靴の音。逸る鼓動。片手にコンビニの袋を下げながら、彼をもう既に心の中に浮かべていた。そうしばらくしないうちに、彼は来た。

「久しぶりー名前!」
「いらっしゃい。」

待ってた?とニヤニヤしながら私の顔を覗き込んだ。彼と会うのは、かなり久しぶりだった。毎日ずっと、飽きるほど待ってた彼は相変わらず私のことをドキッとさせる。何を話せばいいのか分からず、ただ鳴の隣に座った。一人暮らしの狭い部屋の机の上には、パソコンが開きっぱなしだった。あなたからの返信を待つ間に、課題を進めようとして、開いていたまま。ゆっくり手に触れると、鳴は優しく口づけた。それだけでいい。外の音がきこえる。それから程なくして。鳴は、私を抱いた後すぐにシャワーに行った。

「…。」

ザアザアという音がきこえる。彼は、私が泣いているのに気付いているのか、そうじゃないのか、そのまま行った。どうして悲しいのか分からない。それは、会えない間の言い訳。知らない口癖。知らない人からの連絡。だけど、今まで全部見ないフリをしてきた。これが大人の恋愛なんだって思ってた。連絡がこなくても、忙しいだけだって。会えなくても、声がきけなくても、それでも自立してれば平気だって。その空白の時間、何かしなきゃと思いつつ、ずっと君からの返信を待ってた。何も手につかなくて、今何してるんだろうと考える程苦しくて、それでも一人でずっと我慢していた。鳴のことを、恋人と呼ぶのをやめればすぐ消える悩みだって、そんなシンプルな答えは求めてなかった。昔は、ずっと二人で色んなところに行ったりして、ずっと笑い合ってた。私と鳴は二人で一つであるとさえ思っていた。鳴は私にずっとを約束した。本当にこのまま、こういう幸せな感じで居たいねって話だってした。その大きな目と、確かに見つめ合ってた。卒業して、いつの間にか大人になって、私と鳴は共通点を失っていき、それでも一緒にいた。彼の周りにある新しい環境は、私には遠すぎて分からなかった。次第に連絡が減って、電話もできないと、会えないと言われ続けた。私は、ずっと。ただずっと彼のことを理解して支えようと思った。だから待ったのだ。涙は、ぽつぽつと落ちていく。私はただ、ずっと待っていた。彼を。

ただ、彼が私の傍にずっと居てくれるのを。

鳴はすぐ寝るだろう。そして、朝になる前に帰るだろう。それはいつもの流れだ。たまに私に会いに来るのは、そのたった少しの間の夜だった。私は。もうそれ以外にどうやって鳴と繋がっていればいいのか分からなくなっていた。どうやったら私の傍に戻ってきてくれるのか分からなかった。だけど、分かってた。鳴はもうここには戻らないって。

「鳴、好きだよ。」
「うん、おやすみ。」

クセのある金髪。長いまつ毛。私は彼のことが好きだ。そして私は馬鹿だ。そこまで分かっていても、私は彼に何も言えないのだから。だから、朝いなくなってるはずの君に、また遊びに来て。とメッセージを入れた。それから、やはり苦しくなってしまったから、背を向けた鳴に寄り添うようにして声を殺して泣いた。大きな手のひらが私を探して、優しく撫でた。

秋の肌寒い朝に、君のいないベッドで目が覚めると、私はまた再び泣いた。


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