マドレーヌ





ねえ、好きって言ってよ、その声で。一回でもいいから。愛があるって当たり前だと勘違いしてたのは私だけだったみたいで、ここ最近はずっとつらい思いをしている。ひょんなことから知り合ってしまった相手に恋に落ちてしまったのだ。少女漫画では付き合うまでがゴールだけど、実際はそんなことない。確かに付き合うまでも色々あったけど。私の場合は、言葉足らずってとこだろうか。

「名前、成宮くんとはどうなのよ。」
「どうって。」

普通だよ、と返すくせにモヤモヤは言う。嘘。本当は普通じゃない。でも、一つの問題点さえ除けば確かに普通以上に良い彼氏なことは間違いないんだけれど。移動教室の準備中、机の中をまさぐりながら何となく不満そうな友達の顔をみると、口が勝手に喋っていた。

「でも。好きって言ってくれないかな。」
「最後に言われたのはいつなの。」
「まだ言われたことない。」

机上の筆箱を持って歩きだす私に友達は少し遅れて、そして驚いて嘘でしょと笑いながら言ってみせた。残念ながら本当のことなのです。付き合って早数か月、もう手を繋げばハグもするしキスもする。でも何故か好きの一言はどうしてか彼の口から出てきたことはない。もちろん愛してるなんて尚更言われる気配はない。でも好きと言われてないだけで他は自分には勿体ないくらいなのだ。

「バレンタインも?」
「うん。」

鳴って本当に私のこと好きなのかな、好きなのは私だけなのかなって思うだけで苦しくて泣けてきて、涙をそのままに作ったチョコ。泣き腫らした赤い目。擦ったからか翌朝まで腫れっぱなしの目で鳴に会えば、その綺麗な目を大きくさせて何その目、と焦ったようにきいてきた。夜中遅くまで作ってて、あんまり眠れなくてと嘘つけば納得したように鳴は頷いた。かと思えば急に引き寄せられて、

「嬉しいけど、もうそんな無理しないでよ。」

そう頭を軽くぽんぽんしながら、すごく悲しそうな声でそう言った。そしてすぐに腕を離したかと思えば、サンキュー!とチョコを片手に向日葵みたいに笑う姿にドキっとして、やっぱり好きだなと思った。そしてそれから一か月経った今日も、相変わらず好きの二文字はきけてなくて、だからかなんだかちょっぴり悲しくて、授業中不意に泣きそうになったけど。だから決めたのだ、今日こそ言わせる。ホワイトデーだし言ってくれるかもしれない。そう思って昼休みの騒がしい教室でお返しを受け取った後、対照的な静まり切った階段の踊り場で鳴と目が合うと、足を止めて少し笑いながらどうしたのときいてきた。

「なんか俺に隠し事?」
「えっと、違う…。わない。」

どっちだよとちょっとおかしそうに言う鳴は、やっぱり眩しくてちょっと緊張しながら切り出してみた。

「好きって、言ってくれないよね。」

付き合ってから一度も。自分でもわかる位、私は随分と歯切れの悪そうに言っていた。鳴はただ意味がわからないというような表情で少しの間止まっていた。

「え。俺、言ってなかったっけ」
「、うん。」
「まじで?」

確かに恥ずかしくてあんまり言ってないとは思ったけど、まさか一回も言ってねえとか、俺。サイテーじゃん。

「ごめん、名前。」

そう言って鳴は私をぎゅうっと抱きしめてみせた。ごめん、と繰り返す度に抱きしめる力は強くなっていった。二人の身長差は階段の段差でなくなっていて、鳴の髪が頬に触れる感覚はくすぐったくて、いつもよりドキドキした。

「好きだよ。ずっと。」
「うん。私も。」
「…。やっぱ恥ずかしい。」

そう照れてはにかむ鳴は、これからは出来るだけいっぱい言うからと約束してくれた。そしてそのまま唇を軽く数回重ねてみせる。

「そういえば、お返しって何くれたの。」
「あけてからのお楽しみ。」

鳴が随分ニヤけた表情でいるもんだから、どうしたのときくと「俺は待つよ、名前がその気になるまでさ。」と言った。窓から差す光に照らされた鳴は私の手を何も言わずに握るだけだった。

マドレーヌ。貴女と重なりたい。


back