マシュマロ





一か月前の今日、私は好きな人にチョコを渡した。あの日というか自分はどうかしていて、とんでもなくモテる男を好きになってしまって、そして無駄に気合いを入れたそれなりのチョコを無理矢理押し付けるようにして帰ったのだ。何がありがとうだ。その紙袋に大量に入ってるクッキーやら何やらの丁寧な包みを見て笑えるはずがない。そんな惨めな気持ちになったバレンタインデーを思い出すホワイトデーの昼過ぎ。椅子の背もたれにどかりと全体重をあずけてみた。意味もなく。

「これ、お返し。」

御幸がクラスを回り、呼び出してお返しをあげているのを見た。前髪を直してスカートのよれをのばして、待ってないような顔して足で床を蹴っていた。けれど。私のクラスに来た時、他の子が呼ばれたかと思えばその後。次の教室へと行ってしまった。ショック。呼ばれた子が御幸からのお返しを何人かに渡している。私は何も渡されなかった。ショック、によく似た殴られた様な衝撃に揺られる。
昨年同じクラスだった時仲良くなり、話すうちに惹かれて…。でも相手には大勢の中の一人だったみたいで、どうやら思い出すにも値しないレベルらしい。一瞬ちらりと見えた中身は一枚のクッキー。妥当な振り方だ。私もちゃんと振られたかったものである。御幸のアホー、と机に指で大きく書いてみたりもする。でも最後の最後に思い出してくれればそれでいいのだ。後になって、わりい忘れてたって感じでいい。どうせクッキーだ。意味は友達。どうせなら皆平等に振られよう。泣く子が続出したらしいが、当の御幸は全部スルー。さすが。

「名前。おい、名前。」

のん気に購買にでも行こうかと廊下でふらふらしていたら呼び止められ、振り返ると御幸が立っていた。なんだ、覚えててくれたんだと意地悪く笑えば「最初からそういう予定だったんだよ。」と小包を押し付けてきた。透明な包装の下にあるのは白い、白い。マシュマロ。最悪だと思った。こんなの有名だし意味くらい知っている。うまく笑えてないのが自分でも分かる。今までクッキーを渡しておいて、いきなりのマシュマロである。意味がないわけないのだ。

「絶対食べろよ、それ、あと意味調べとけ。」

約束な、と手をひらひらと振りながら歩いて行った。調べるまでもない、「嫌い」だ。どうせならクッキーで友達という可能性を残して先の見えない片恋を続けさせてくれた方が楽だったのに。いっその事このまま捨てたい気分だったが、貰った以上食べないわけにもいかないのだった。教室に定まらない足取りで帰る。現実が受け止められるはずもなくその後の授業は上の空で、板書がいつもより遠くに見えた。どうせ部活もクラスも違うし、来年同じにならなければいい。同じになってもきっと話すことはないだろう。そう完全なる失恋モードで渇いた笑いを浮かべながら、別の案件で玉砕したらしい友人と悲しみに暮れていた。彼女は怒りながら、

「わざわざ一人だけなんて酷い、全員嫌いにすればいいのに。」

と慰めてくれて胸のヒリヒリは少し落ち着いた。確かにこんなの酷い。友達だと言って振られるより酷だ。家に帰り自室に入ると、瞳からポロポロあたたかいものが流れ出した。涙はポタポタと落ちて、でも全く拭う気になんてなれなくて鞄から包みを出して開けた。白いマシュマロを口に放り込むとあの柔らかい感触がして、どこまでも甘かった。それは余計に切なさを膨張させるだけだった。噛むと中から何かが溢れてきて、舌の上で転がすうちにチョコだと分かった。甘くて苦い。声も抑えずに泣いた。指を伝う雫はすぐに冷えて、シーツに染みて消えていったのだった。

「…は?え、チョコ入ってたの。」
「うん。おいしかったよ。」
「意味わかってないでしょ。」

朝、本当は行きたくなかった学校。渋々登校して友人に報告すると、すごく驚かれたのだった。しかしすぐにニヤけ顔に変わり私の事を肘で突いてきた。意味なら知ってるからと反論したのだが、どうやらチョコ入りになるとどうも意味が変わるらしい。なに、じゃあ何なのと肩を揺さぶっていると、誰かに名前を呼ばれた。声がした方向を向けば御幸が笑いながら手招きをしていて、混乱する私に友人はそっと耳打ちをした。
チョコ入りマシュマロの意味はね、本命。つまりあんたが好きってことよ。ほら、行け行け!
背中をばんと叩かれ、縺れた足で扉の方に向かう。御幸は私が来ると腕を組みながら。自信ありげに言った。

「返事。ききてえんだけど。」


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