腹に一物、手に十指
「叩いてかぶってジャンケンポン!」
威勢のいい掛け声とともに、出された手はパーとチョキ。当然ジャイ子がパーで、楽しそうに目を細めたフェイタンがチョキである。
そしてコンマ一秒もかからず繰り出された攻撃に、へっぽこジャイ子の防御が間に合うはずもない。
「ぐぅわぁああ!!! なんで!? なんで絶対にフェイタンには勝てないの!? これはおかしい! どう考えてもおかしい! 私は再戦を要求するー!」
遊びと思えぬ容赦のない攻撃は、ジャイ子をあっさりアジトの壁際まで吹っ飛ばした。が、痛みに呻きながらもピンピンしているあたり、彼女はきっと強化系なのだろう。念を覚えたての彼女は幼なじみの誰にも自分の系統を明かさなかったが、蜘蛛の特攻部隊と気性が似ていることや、恐るべきタフネスを理由に、隠す気ないだろ、バレバレだ、とみな内心で呆れている。
「ハ、何度やても同じね」
「まだ、まだだ!」
ジャイ子は最近この『叩いてかぶってジャンケンポン』ゲームに嵌り、誰かれ構わず勝負を仕掛けることで団員たちに煙たがられていた。
なにがうざいって、自分が勝つまでやめないってのがうざいんだよね、というのはシャルナーク談である。他にも勝負をするたびに、吹っ飛ばされたジャイ子のせいでアジトが壊れて迷惑だ、という苦情も来ている。
近頃では誰もまともに彼女の相手をしなくなった。もはや単純な確率の問題ではなく、じゃんけんは動体視力でどうこうなる分野だ。つまり、みんな面倒くさくなって、わざと負けてやっているのである。
「それじゃあ行くよー! せーの! 叩いてかぶってジャンケンポン! ぐはっ!!」
しかし天は不憫なジャイ子を見捨てず、彼女の需要に見合った供給を用意した。
究極的に他人を甚振るのが趣味な男――フェイタンである。
彼はジャイ子が何度挑んでこようが、徹底的に、一切手を抜かず、嬉々としてぶちのめした。ジャイ子のほうも後はフェイタンにさえ勝てば蜘蛛制覇となるため、諦める気配が一切ない。もはや他の団員たちはジャイ子が死ぬのが先か、フェイタンが飽きるのが先か、そんな賭け事まで始めた始末。ちなみに蜘蛛最速を誇るフェイタンの動きを、ジャイ子が見切って勝つという予想は誰一人としていない。
「うわ……またやってる」
本日何百回目となる勝負の結果、綺麗に吹っ飛んで壁に大穴を開けたジャイ子を見送ったのは、一仕事終えて自室から出てきたシャルナークである。実は彼こそが、ジャイ子に『叩いてかぶってじゃんけんポン』ゲームを教えた、いわば最悪なブームの火付け役なのだが、わざと負けることでこの勝負から降りるのも、彼が一番早かった。
「いい加減、外でやれよなー」
「いきなり仕掛けてくるジャイ子が悪いね」
「ていうか、オレがネタバレしてやったのにまだ諦めてないんだ?」
ここで言うネタバレとは、皆がわざと負けてやっているということではない。そんなことをすればまたジャイ子が再戦要求をしてくるのが目に見えているので、そんなわが身に面倒がふりかかるようなことをシャルナークはしない。彼が教えたのは勝負に勝つコツ、動体視力を生かした見切りだ。まさか自分がそれで勝たせてもらっているとはつゆ知らず、ジャイ子はこの情報に飛びついた。これならばあの鬼畜フェイタンを打倒できる。これまで苦汁をなめさせられた分、いい一発をぶちこんでやるのだと息巻いていた。
「ジャイ子の速度でフェイタンに勝てるわけないじゃん。それがわかればいい加減に諦めるかと思ったんだけどな」
「ハ、それくらいで諦めるようだたら苦労しないね」
「苦労してる人間の顔には見えないけど……」
簡易キッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出したシャルナークは、小さく肩を竦めた。
そうこうしているうちに、ジャイ子のご帰還である。彼女はぼろぼろになりながら、それでも笑顔でこう言った。
「さぁ、もう一回!」
それは見慣れた光景だったけれど、今回彼女はさらに言葉を続ける。
「私、とってもいいこと思いついたんだ!」
「何ね」
「言わないよっ! さぁ勝負勝負! せーの、叩いて被ってジャンケンポンッ!」
自信満々の掛け声とともに、出される手はパーとチョキのはずだった。当然ジャイ子がパーで、やや呆れたように笑ったフェイタンがチョキである。
しかし、流れるような動作でまたジャイ子に叩き込まれようとしたフェイタンの拳は、すんでのところでぴたりと停止した。その隙を逃さず、ジャイ子は“じゃんけんで出した手の形のまま”――グーで思い切りフェイタンの頬を殴った。
「なっ、今のなんだ!?」
この一連の流れを見ていて、ペットボトルを床に落としたのはシャルナークである。彼の動体視力もこの勝負の一部始終を捉えていたが、それでも何が起こったのかすぐには理解できなかった。確かにジャイ子は振りかぶる瞬間、パーを出す動きをしていた。せっかちな彼女はコール段階で既に手を開きかけていて、5本の指がしっかり伸ばされようとしていたはずである。フェイタンもシャルナークもそれを確かに“視認”した。
「やったー!! とうとう勝った! やった! やったよ私!」
それなのに、いざ彼女が出した手はグーだった。
ありえない。一度手を開いて見せたのはフェイクだというのか。それにしたって、いくらなんでも早すぎる。ジャイ子が拳を再度握った時点で、フェイタンが対応できないはずがないのだ。
「なぁ、今のどうやったんだよ、ジャイ子」
「ふふーん、教えてほしい?」
「死にたくなかたら吐いたほうが身の為ね」
ぶすっとした表情で、頬を腫らしたフェイタンが催促する。さすがにここから乱闘に発展しないだけの理性は持ち合わせているらしい。
ジャイ子は得意満面の笑みを浮かべると、二人の前で手のひらをパーの形に開いて見せた。それからなんと追加でもう5本。新しい指を生やして見せたのだ。
「うっわ! きもちわるっ!」
それを見たシャルナークがのけぞって叫んでしまったのも無理はない。ジャイ子はにやにや笑うと本物の指を握りこんで拳を作り、具現化した5本の指だけを残してあたかもパーを出しているかのように見せかけた。なるほど、よくみれば不自然だけれど、じゃんけんの際の一瞬ならば見間違ったのも頷ける。
しかし、今注目すべきところは他にあった。
「うそだろ!? ジャイ子って具現化系だったの!?」
「……しかも、そんな使い道のないもの具現化するなんて大馬鹿ね」
「えーっ、使い道あるよ! マジシャンにだってなれるし、スリだってお手の物だもん」
「まぁ、ジャイ子がそれでいいなら、いいんだけどさ……」
こいつはビックニュースだ。まさかジャイ子が具現化系だったなんて。しかも指なんてものを具現化してしまうなんて。
シャルナークは笑えばいいのか驚けばいいのか、感情を持て余してしまっている。フェイタンは相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。ジャイ子の念がどうこうよりも、単純に殴られたことが気に入らないらしい。
「あ、クロロには内緒にしてね。盗まれちゃうと困るから」
誰も盗らないって。
その言葉を飲み込んで、シャルナークはにっこりと笑みを浮かべる。
「OK!」
こいつはビックニュースだ。まさかジャイ子が具現化系だったなんて。しかも指なんてものを具現化してしまうなんて。
人のよさそうな笑顔を浮かべようと、彼の脳内は結局このありさまである。
いい加減、ジャイ子はこのシャルナークという男を信用するのはやめた方がいい。もしかすると、他人を甚振るのが趣味なのはこの男のほうなのではないのか。
二人のやり取りを横で見つつ、内心でフェイタンがそう思ったことは、誰も知らない。