Dedicate your heart


「こいつなら、教育すればそれなりにはなりそうだね」
 初めてイルミ様に会ったのは、私が7つの時だった。
 親の顔も知らない、どこの生まれかもわからない、物心ついた時からただ『商品』として扱われてきた私は、その時やっと持ち主が決まったんだなぁくらいにしか思わなかった。
 他の子供達よりも華奢で病弱で、どちらかといえば観賞用の私は労働に全く向かない。
 けれどもだからこそ、買われるときは気持ちの悪い金持ちの玩具にされるのだとずっと覚悟して生きていた。
「いくら?他のもまとめて計算しておいてくれる?」
「はい、ありがとうございます」
 しかし檻の向こう側で私を指さしたその人は、まだ若い青年だった。
 一瞬、この人こそが観賞用なのではないかと思うほど美しい造作に変わらぬ表情で、その瞳に好奇の色や憐憫の情は全く浮かんでいない。しかもあのいけ好かない奴隷商人がぺこぺこ頭を下げている所を見るに、相当な資産家の息子か何かのようだ。
 人間を買うなんて悪趣味だとは思えども、不思議と彼に買われるのならまだマシかもしれない。そう思わせてくれるような淡々とした人だった。
「行くよ」
 そしてそこからはあっという間だった。
 鎖を外され、軽くなった手足に束の間の自由を感じる。
 この人は一体何者なのだろう。私を買ってどうするつもりなのだろう。
 彼はあと数名の執事と共にやってきているらしく、その執事たちも他に何人か子供達を連れていた。人を買うのにも慣れている様子で、執事の誰にも浮ついた雰囲気がない。
 けれども明らかに、他に連れられていた子達は皆、労働用に売られていた者。すると私の心を見透かしたかのように、彼は言った。
「アレはうちの敷地内にある養成所で執事になる訓練を受けてもらう。生き残れるどうかはアレら次第だけど、お前は違うよ。
 お前を買ったのは弟にちょうどいいと思ってさ」
 それまで完璧なほどまでの無表情だった彼が、弟の話をする時だけは人間らしく見えて驚いた。彼の弟ならばまだ小さいだろうが、どのみち私は玩具になるらしい。
 心のどこかで、彼が欲しがってくれたわけではないのか、と落胆する自分がいた。
「弟─―キルは最近2つになったばかりなんだけどさ、お前がすべきことはキルに愛されること。
 キルの一番大事な人間になるんだよ。そしてそうなった時に、キルに殺されること。いいね?」
 彼はその大きな瞳でこちらを覗きこむようにして、ゆっくりと言い聞かせるように話した。いいねも何も、元から私に拒否権なんてない。
 ただ『商品』である自分を差し引いたとしても、この人に逆らってはいけないと本能的に感じ取っていた。
「……はい」
「うん、いい子。
 まぁそんなに難しいことじゃないよ。キルにはどうせ他の友達なんて作らせないし。
 せいぜい頑張ってね」
 私が頷くと彼はぽん、と私の頭に手を乗せた。髪を鷲掴みにされるのではなく、ただ乗せるだけ。
 そんな触れられ方をしたのも、いい子と褒められたのも初めてで胸が高鳴った。今思えば憐れなほどに単純だった。
「はい」



 こうして私はかの有名なゾルディック家の執事養成所に引き取られたが、ただ一つ他の執事見習い達と違うのは、私が本当に「執事の業務」しか学ばなかったということだ。この家における執事は純粋な戦力でもあり、幼い頃から厳しい訓練を強いられる。そしてそれに耐え抜き、生き残った者のみが、正式な執事として雇用主の駒になることができるのだ。
 だが私の場合はそうではなかった。
 私の駒としての役割は初めから与えられていたのだ。そしてその役割に必要なものは、戦闘力でも頭の良さでもない。

「オレの言うことは絶対だ、いいね?」

 求められたのは絶対的な忠誠心、ただそれだけだったのだ。