「幸せじゃない?」
−−慣れた光。だというのに、目が眩んだ。
今なら逃げられるか?無理か?
ええい、ままよ、なれ。
自称奇術師、他称変態ピエロ。あんな塵、犬の糞より信用の無い男の言葉。何故信用した?心中に問うても答えは在るわけも無い。馬鹿だ。俺は、馬鹿だ!
待ち合わせの場所。否、元から其処に来る予定の男。
変態嘘吐きピエロを持ってしても、心根の闇深さはソイツすら比較の土俵には立てやしない。
この建物からの最も早い脱出経路。大丈夫、全階の案内図は全て頭の中。窓から飛び降りて隣に移るのが早いか。一階の正面玄関突破か。踵を返す。相手の虚を付け、相手の考えつかないことを。ただ其れだけを考えろ。
「逃げ道決まったの?」
辛うじて不意のイルミに、情けなく驚く声は出ない。このクソストーカー野郎。感情の無い暗殺者。イルミが何を考えているのか解ったことが、俺には無かった。走り出そうと振り返った正面にこいつがただ、其処に居た。
そう。"それ"はもう俺の敗北を意味している。イルミに一度でも視界に捉えられたら。俺の華麗なイルミの元からの脱出計画は散り散り、憐れ、無惨なり。
「毎回騙されてくれてありがとう。」
平坦な声のイルミ。
対照的に不貞腐れた様子の俺。
「ヒソカにって所が、イライラするけどね。」
「俺お腹空いちゃった。」
「ジャイ子は何が食べたい?」
「俺はジャイ子。」
頼む。死んでくれ。人間の生身の体温かを疑いたくなる。イルミの手。振り解くのは怖かった。カタカタ、震え出す俺の手。なあ、冗談か。笑い飛ばせる程の声色では無かった。情けない。
「嘘だよ。ジャイ子。」
ぐいと引き摺られるから、歩かざるを得ない。イルミの半歩後ろ。靡いて顔を戯れに撫でるイルミの毛先。薫ったシャンプー。
「なんで笑ってるの?」
「笑ってない。」
「笑ってた。なんで?」
「煩いな。」
「俺が迎えに来たから?」
「オマエの髪の毛が長いから。」
「そう。変だね。」
変だよ。変なんだよ。怖いのに。逃げたいんだ。息苦しい空間。携帯番号なぞ幾度も変えている。
でも、届くのだ。俺の携帯は受け取ってしまう。迎えに行く。他の内容では震えない携帯。怖い。怖くて、怖くて、仕方が無い。迎えに行く。来るな、来ないでくれ。嗚呼、嗚呼。
逃げるのも、進むのも、ただ、怖い。
逃げた先に、在るのが死ならば。
進んだ先に、在るのは一体全体何だって言うんだ!