きれいないきもの
なんてきれいないきものなんだろう。
それが彼女を初めて見たときに、オレの心にぽっかりと浮かんだ
人と交配したキメラ=アントが流星街を襲っている。これを退治してほしい。
そんな救援要請が来たのは、テレビや電脳ネットを通して、既に被害が続々と報告された後だった。
未だ団長からの連絡もないし、一応あんなゴミ溜めでもあそこがオレたちの
こうして、随分と久しぶりに帰省を果たしたオレは、女王を自称する蟻が作った不気味な城の片隅で、一人でうずくまっている彼女に出会ったのだった。
「……みんなを殺したの?」
そう言って顔をあげた彼女の瞳は、泣き腫らしていることを差し引いても赤かった。目のふちが赤いのではなく、瞳自体がルビーのような淡紅色なのである。クルタ族との緋色ともまた少し違うその色は、おそらくメラニン色素の欠乏に由来する血液の色。ぞっとするほど白い肌や、髪だけでなく、眉やまつ毛まで透き通るような無彩色が、彼女がアルビノ種であることを如実に物語っていた。
「人聞き悪いなぁ。あれは正当防衛だよ」
警戒はもちろんしている。こんなところでうずくまっている女が、人間であるはずがない。実際、彼女の肩甲骨あたりには、鳥類のものと思われる大きな翼が生えていた。それすらも眩しいほどの純白で、いっそ天使と言われたほうが腑に落ちる。そんな、見た目がまるきり異形の女でも、オレは近づかずにはいられなかった。
「キミも蟻にされたんだろ?」
「……」
「女王は死んだ。洗脳も解けたはずだ」
異形に変えられた者たちの大半は、涙を流して死を望んだ。彼らが自らの生を捨てたいと願ったのも、慈善で殺しなんざまっぴらだと言ったフィンクスの気持ちも、どちらも痛いほどによくわかる。彼女の見た目は比較的人間に近かったけれど、彼女が何を望むかは彼女自身の問題だ。ただ自分の中に少しだけ、勿体ないな、という感情が湧いたのも事実だった。
「……私は、蟻にされたんじゃない。自分から蟻にしてくれと頼んだの」
「へぇ。だったらどうして泣いてるのさ」
「自分が情けなくて、どうしようもないからよ」
「オレが殺してあげようか?」
張り巡らされた蜘蛛の糸を震わせた言葉は、彼女をハッとさせるに足りたようだ。けれどもオレだって、慈善で死にたがりを殺してやるほどやさしい男ではない。これは自分本位な独占欲だ。きれいないきものを見つけたのはオレで、だからこそそれを壊すのもオレがいい。
「いや! 私は死にたくない!」
彼女はぎゅっと身を縮こまらせると、幼女のように
「怖かったから、死にたくなかったから、進んで蟻になったんだもの」
「そう。じゃあ議会に助けを求めればいい。ジイサンたち、『死者』の定義で揉めてたくらいなんだ。洗脳が解けた今、きっとキミのことも仲間として受け入れてくれると思うけど」
「私はみんなを裏切ったのに? 言ったでしょう、私は望んで蟻になったのよ。無理矢理に蟻にされた人たちとは違うわ」
せりあがってきた涙の膜は、彼女の瞳を怪しく輝かせた。それを見ながら、ここの住人はどいつもこいつも頭が固いなぁ、と思う。自主的かどうかなんて、この際黙っていればいい。仮に蟻として仲間を殺していたとしても、洗脳されていたから仕方がなかったと責任転嫁すればいい。
馬鹿というか、不器用というか、やはり彼女は『きれいないきもの』だった。
「それならさ、やっぱり死ぬしかないんじゃないかな?」
「……いや」
「そっか、残念だな。でも、そういうことなら頑張ってよ」
ここに残っていたとしても、自ら立ち向かっていかない限り、他の団員が彼女を殺すことはないだろう。流星街の人間もそうだ。彼らの仲間意識はいっそ呪いとさえ思えるほどに強く、自我がある以上彼女を殺しはしない。絶対に擁護派が現れて、頭の固い彼らはまた埒のあかない議論を繰り広げるのだ。
オレはじゃあね、と別れを告げると、彼女に背を向けた。おそらく、オレが彼女に会うのはこれで最後になるだろう。
蜘蛛が彼女を殺さなくても、議会が彼女を殺さなくても、きっと彼女は近いうちに死ぬ。オレの手で殺せなかったのは残念だけれど、他の奴に殺されるわけではないので別にいい。
彼女のきれいな翼では、罪悪感で濁った空を飛べやしない。
きれいないきものは、きれいなところでなければ生きられないのだ。