囁くような密の罠


「お姉さん、綺麗だね」

午後になったばかりの明るい陽射しに薄い金髪がきらきら光る。わざと視線を絡ませるように見つめてきた瞳は空と海を合わせたようなエメラルドで、にっこりと笑う顔にはあどけなさとともに女性を惹きつける男らしい輪郭もあった。

「お買い上げありがとうございます」

事務的に応えながら暑さで中の氷がからりと崩れるプラのコップを渡す。客である青年があからさまな好意を向けてくるが、そもそも青年が言ったようにわたしは美人の類なのでそんな軽いノリには笑みすら返さない。わたしは派遣のお仕事で今日は大型展示会会場外の公園で露天商のドリンク売りだし、後ろのサラリーマンらしきおじ様客がさも迷惑そうな表情を向けて自分の順番を待っている。夏は始まったばかりだというのに今日の暑さは夏真っ盛りの猛暑で暑さに気が狂いそうなのだ。男に困っていないわたしが顔だけいい男に仕事中に絡まれても相手する気分になどなれるわけがない。

「オレ、夜にそこで仕事で」
「次のお客様どうぞ。ご注文お決まりですか?」
「キミみたいな綺麗なお姉さんを探してたんだよ」

半歩ほど横にズレたものの、諦めることなく話しかけてくる金髪の男をガン無視する。後ろにいたおじ様客がずずいと進み出てさっきよりさらに迷惑そうな視線を男に向けながら、オーダーを告げてきた。

「ね、今から12時間だけオレの彼女になって」

明るい声で突拍子もないことを言う。視線を向けなくてもその声だけできらきらした光がこっちに飛んできそうだ。わたしよりも電子マネー支払いを終えたおじ様客が思わずといった体で顔を向ける。

「夜の仕事がね、いかがわしい会合への参加なんだよ。振りでいかがわしいことしなきゃいけないの、やっぱ綺麗なお姉さんの方がいいでしょ?」

バックで別のスタッフに用意してもらったドリンクをわたしがおじ様客に出しているのに、おじ様客は横の青年を見て唖然と目をむいてる。気持ちは分かる。こいつ顔だけはいい男だけれど、言っていることは意味不明なクズ男だ。

「お客様、受け取りをどうぞ」

声をかけるとようやくおじ様客がドリンクを受け取り、何度か振り返りながらも足早に立ち去った。そうして客足が一旦途絶えたところで、青年が半歩動きわたしの正面に戻ってくる。再び正面から見た青年は、本当に顔だけは良い。魅力的な愛嬌のある目元や、好印象を残す笑みの消えない口元、よく見れば髪と同じ色のまつげも長く、きっと笑みを隠して真剣なまなざしを向けられたらぞくりとするほどの美しさも見せるのだろう。

「仕事中ですので、とても迷惑です」
「そっか、残念だな」

笑顔のまま残念じゃなさそうに返事した青年は、さっき渡したドリンクのプラカップを持っていない手をわたしの首筋に伸ばした。一瞬のことだ。触られたか、ちくりと妙な感触があった気がすると、青年と目を合わせたのがこの仕事中の最後の記憶になった。

「その体、使わせてもらうよ。オレはシャルナーク。よろしくね」