ガムは偽物
あたしは平々凡々の、しがないコンビニ店員だ。リシナニ地区3丁目、交差点の角を曲がったところに我が店舗は構えている。教会の裏手に浮浪者が多く生息する地域ではあるが、スラム街と呼ぶほど困窮もしていないし、治安は案外悪くはない。
海沿いを道なりに歩いて行くと、サスペンス映画よろしく「親方! 空から、し、死体が……!」というショッキング映像が目に飛び込んでくるわけでもなく、むしろ夕暮れにかけて海面に沈んでゆく夕日がこの上もなく美しい光景を生み出すくらいだ。街頭はケチってあまり設置されていないため、星も月も綺麗に見えるのが唯一の自慢である。
……ま、そんな「わたしが住んでいる街は、こういった場所です!」なんていう紹介話はさておき、だ。
この頃、あたしには気になる人が出来た。
気になる人、と言ってもその
単純に読んで字の如く、
早朝の勤務帯のことだ。コンビニ特有の間抜けな入店音が、客の来訪を知らせた。
―― 来た……。ヤツだ。視界の端で、見覚えのあるフォルムが動く。
この頃、よく来店するあの男。……すごく。もの凄く。ものすごぉ〜く気になる。
「いらっしゃいませぇ」
あたしのやる気のない声で出迎えられた、その男。本日も見事に期待を裏切らないその出で立ちは、ジャージに健康サンダルという“もろコンビニに来ました!”というファッションであった。(コンビニコレクション、略称“コンコレ”では不動の人気を誇る服装であろう。)
そして、一度睨まれたら夢でもうなされそうな“鋭い眼光”と“全剃り眉毛”のいかつい顔貌。「夜露死苦ゥ!」とか、母ちゃんが夜なべして刺繍したジャケットでも羽織っていそうな、流行に乗り遅れた地方のヤンキー感満載である。眉毛全剃りとか今時ねえよ。つうか、ピッコロさんみたいで怖えよ。可愛い眉毛には旅をさせろってか? ……いやいやでも、生まれつき“眉毛の生えない病気”の持ち主なのかもしれない。“詮索”は時に人の心の傷を抉る場合もあるのだ。空気を察して、見て見ぬ振りをするのも社会人としての心得の一つだろう。
かの男は、とある売り場で立ち止まった。
……ま、まさか!
―― 長年のあたしの“勘”が、とある事柄を予測させた。
おそろしく速い手刀での万引き、あたしでなきゃ見逃しちゃうね。(あたしは年に十数件の万引き犯を検挙している、万引き犯のスペシャリストなのである。)
男は一瞬思考に走った後、滑らかな手つきで“獲物”を攫っていった。その手慣れた手つきに、ある種の感心すら覚えてしまったほどだ。
はて、一体何を盗ったのだろう。
レジが異性だとちょっと持って行きにくいスキンアイテムか? 中坊でもあるまいし。
……と興味本位で売り場を見やると、そこに鎮座していたのは“猫なんだか犬なんだか分からないキャラクターがパッケージにプリントされたガム”だった。(特別美味しくないし、しかも10ジェニー出せば買える品物だ。どう考えたって、リスクを冒してまで万引きするような値打ちのある物ではない。)
なぁんだ……物が欲しいというより、ある意味“度胸試しに万引きする”ようなタイプだったのか。しかもバレても大して困らないような、そんなせせこましい物を……。な〜んか期待外れって感じ。つまんない。それぐらいだったら、あたしのバイト代で賄ってやるわよ。(こんなことでいちいち声を挙げるのも面倒くせえ、という本音は聞かなかったことにして頂きたい。)
「フェイ、やったか?」
「楽勝よ」
その男は“小さい影”に声をかけると、ニヤリと笑んだ。笑顔が全く可愛くないのがまた笑えるポイントの一つだ。
っていうか、なんとも形容しがたい凸凹二人組……といったコンビ。(小さい方がいつの間に入店していたのか……全くもって気付かなかった。)
その凸凹コンビが店内を後にすると、再度間抜けな電子音が鳴った。……チッ。万引きだけしてとんずらかよ、しけてやがんな。
「ありがとうございましたー」
本音はすっぽりと隠したまま、あたしはコンビニ店員としての役割を無事勤め上げた。何か責められたって、あたしは何にも知らないわよ?(だってさ、あたしってばただのしがないコンビニ店員なのよ? 正義感を持って仕事してるわけでもないし、賞味期限の切れたコンビニ飯がタダで貰えるからバイトしているようなもんよ?
皆だって、そんな大それた大義を掲げて仕事してるってわけ? あたしを責めたいんだったら、それなりに実績でも残してきなさいよ。そしたら多少は耳を傾けてやったって構わないわよ。肯定するか否か、その先の話は保証はしないけどね。)
凸凹二人組が去った後、何気なく外に視線を移す。
あーぁ、眠いなぁ。そろそろ、日が昇ってくる時間帯になるかしら。
……あ、やっぱりね。朝日って眩しいなあ。朝日を浴びると、全身の細胞が活性化したような感覚がして活力がみなぎってくる。人間の身体って、つくづく不思議だ。
店内にお客さんがいないのをいいことに、大きく伸びをし深呼吸をする。
そろそろ仕事も終わるし、モーニングコーヒーでも飲みたいなあ。角のカフェにでも寄って行こうかしら。
そう呑気していたあたしが、“レジのお金が綺麗さっぱり無くなっていたのに気付き”青ざめたのはまた別のお話である。