ピーターパン・シンドローム


(シリアス)


大人になんてなりたくない。
だって、大人はあたしたち子供の気持ちをわかってくれないし、あれこれいっぱい禁止するし、おまけに外の世界は怖いんだよって嘘をつく。
だからあたしは大人になんかならないんだ。大人なんてキライだ。

だけどあたしがそう言うと、クラピカは少し困ったように眉を下げた。どうやら彼の意見は違うらしい。

「オレは早く大人になりたいよ。そして村の外へ出るんだ。村の外には見たこともないような世界が広がってるんだって、本に書いてあった」
「見たこともない世界って?」
「例えば海。例えば砂漠。人語を話す魔獣や未知の生物。古代文明のオーパーツやロストテクノロジーだってあるかもしれない」
「なぁにそれ?」

あたしがさっぱりだ、という顔をして首を傾げると、クラピカは目を輝かせて説明し始める。
曰く、海というのは、池や湖よりも広くて、ぺろりと舐めると塩辛いのだとか。
曰く、砂漠というのは、灼熱の太陽が照り付ける、見渡す限り砂ばかりの枯れた大地なのだとか。
曰く、世界には摩訶不思議な生き物がいて、知能を持つものとは意思疎通もできるのだとか。
曰く、過去には、今よりもはるかに進んだ文明が存在していたかもしれないのだとか。

クラピカには悪いけど、説明を聞いてもあたしにはふんわりとしかわからなかった。だけど、外の世界の話をする生き生きとした彼の表情を見るのが好きで、彼の話を聞きながらたくさん想像した。

世界一大きな木に登るのもいい。
列車に乗って都会に行くのもすてき。
魔獣と友達になるのも楽しそう。

「パイロの目だって、治せる医者がいるかもしれない」
「ほんと!? そんな魔法みたいなことできるの?よかったね、パイロ!」
「そうだね、二人の顔を見るのが楽しみだよ」

それを聞いたとき、あたしはすっごく嬉しかった。クラピカも大事な友達だけど、パイロもあたしにとって大事な友達。好奇心旺盛でみんなを引っ張っていくタイプのクラピカと、穏やかで日だまりみたいにあったかい気持ちにしてくれるパイロ。あたしは二人のことが大好きだったから、二人と一緒に外へ行くためなら大人になるのも悪くないかなあって思ったの。
でも、

「クラピカ、本当に行っちゃうの?」
「あぁ、行ってくる。パイロのこと、頼んだよ」
「……」

頭のいいクラピカは一人でじいさまの出した試験に合格して、あたしとパイロ置いて行っちゃった。
そのほうが早くお医者さんが見つかって、パイロのためになるってことはわかってたけど、それでもあたし……ずるいって思っちゃったの。

「ジャイ子、オレたちの緋の目は他の人間とは違う。勝手に外に出て行ったりするんじゃないぞ」

クラピカはじいさまの出した試練にパイロを連れて行った。それについてはあたしも賛成だった。たとえ目が悪くても、足が良くなくても、向こう見ずなところのあるクラピカには落ち着いたパイロがいてくれたほうがいい。クラピカが試験に受かりますように、ってそのときはあたしだって応援してたんだよ?

「……嘘つき」

前は『外に行くな』なんて、大人みたいなこと言わなかったじゃない。
目薬を入れ替えるなんて、そんな大人みたいな『ズル』しなかったじゃない。
クラピカはあたしの呟きにぎょっとしたようだったけど、すぐにあたしが何のことを言っているか察したんだと思う。少し寂しそうな顔をして、「ジャイ子も、いつかわかってくれると思う」それだけ言うと、背を向けた。

いつかって、あたしが大人になったらってこと?
だったらあたし、そんなのわかりたくない。大人になんてなりたくない。

涙でにじんだ世界はきらきら輝いていたけれど、これっぽっちもすてきじゃなかった。
それがあたしたちの別れだった。

※※※

もしもあのままあそこで終わりだったら、どんなに良かっただろうか。
クラピカとは悲しい別れになったけれど、それはそれで美しかったと思う。それにあそこで死んでいれば、私は大嫌いな大人になんてならずに済んだ。

「ヨークシンで、お前の同胞に会った」
「そう」

あんなに憧れた都会の街並みは、一緒にいる男のせいか、ひどく荒んで寒々しいものに見えた。一瞬、念を封じられた今のクロロなら私でも……?という考えがよぎったけど、やっぱり一部の隙もない彼の横顔に馬鹿馬鹿しいなとため息が出る。
目の前で見た幻影旅団の殺戮は、私の復讐心よりも生きたいと思う気持ちに火をつけた。怖くて、生き延びたくて、復讐なんてとても考えられなかった。気まぐれでも何でもいいから、生かしてもらえるならなんでもやると誓った。
そうして、今の私がいる。

「で、除念師を探せばいいの?」
「それは別で頼んである。お前は念が遣えない間、オレの護衛だ」
「あなたより弱いのに護衛?せいぜい家政婦がわりでしょ」
「……不満か?」
「別に。命令されればなんでもやる。そういう約束だったはずよ」

大人は約束を破るけど、私は破らない。
私の返事にクロロはふっ、と笑った。私のくだらない意地なんて、何もかもお見通しらしい。

「それよりいいのか?お前の同胞が命がけで俺に復讐しようとしたというのに」
「復讐なんて考える奴は馬鹿よ。それより今を生きることのほうが大事だもの」
「確か、クラピカ……そう呼ばれていたな。年もお前と近そうだったし、知り合いじゃないのか?」

その名を聞いて、どきりと心臓が跳ねた。向こう見ずなところは直ってないのか。もしも彼が村に残っていたら、パイロのことも救えたんだろうか。
こちらの反応を窺うようなクロロの視線に、私は静かに唇を噛む。

「……さぁね。昔のことなんて覚えてない」

嘘をつくような大人になんて、私、なりたくなかったのに。