いつかが痛い
忘れられない男がいる。何年か関係を持った、昔馴染みの男だ。縁が切れてからもう何年も会っていないけれど、今でも私は彼のことを色鮮やかに覚えている。
ベッドが音を立てて軋んで、うわりと身体が揺れる。眠りを妨げられたことに苛立ちを覚えながら、身体を半分後ろに向ければ、蜘蛛のタトゥーの入った広い背中が見えた。よく筋肉のついた彼の身体が、離れたところからでも私の視界を埋めつくす。コップに注がれたミネラルウォーターを飲み干すうなじに、つつ、と汗が一筋つたって、それがどうにも厭らしい。寝返りを打つとまたベッドが軋んだ。彼は振り返って、起きてたのかと言って笑った。
「……しごと?」
「ん、まあね。まだ寝てていいよ。」
「何様なの。ここ、私の部屋だし。」
「かわいくないねぇ。」
結構よと言う私に眉を下げて笑うヒソカは、やっぱり全方位どこから見ても格好良くて、なんだか悔しく思われた。その唇にキスをせがめば、彼は拒むことなく私の欲しいものを与えてくれたけれど、その細く切れ長な目は、私を見ているようで本当は見ていないことを、私は知っている。そして私もそうだと言うことも。
私は言わば“繋ぎの女”だ。困ったことに自然と溜まっていく性欲を、定期的に楽に後腐れなく都合よく発散するための存在。彼にとって私は、ある程度の基準を満たしてさえいれば誰でもいい誰かなのだ。別に、私じゃなくたって。
それでも彼は愛おしそうに私の髪を梳いたし、頬を撫でたし、身体を抱いた。そういう逐一優しい態度に、いちいちこの男はどういうつもりなのかと思った。別に優しくしてくれなくていい。同情なんかしなくていい。壊すつもりで抱けばいい。彼の優しい手指に、昔を思い出すのはうんざりだ。
「私、そのタトゥー嫌いだわ。」
「珍しいね?そんなこと言うの。」
「……嫌いなのよ、蜘蛛って。」
「それは――」
彼を思い出すから?
ヒソカは、ペリペリと背中のタトゥーを剥がしながら、三日月型に歪んだ唇でそう言った。いつもと何ら変わりないその妖しげな微笑みが、私の心臓のひどく柔らかいところを逆撫でした。どういうことだとは聞けなかった。
「キミの元恋人の、クロロ。ボクが彼を狙っていることは知ってた?」
彼の名前を、まさかヒソカの口から聞くことになるなんて。いつか刺青の入っていた太ももが、じくじく痛んだ気がした。