Every dog has his day.


(いぬ!!)


吾輩は犬である。
なので、歩けば棒にも当たるのも必然と言えよう。

「あ?なんだコイツ?」

吾輩の視界が薄暗くなる程大きな影を落とした男は、その影に違わず大男であった。剃っているのか生まれつき薄いのか、剣呑な光を帯びる対の瞳の上にはあるはずの眉毛がなく、それが余計に男の印象を悪いものにしている。
普段ならば、決して寄り付かぬようにしている類の輩だった。動物好きにはとても見えない。関わらないに越したことないだろう。が、どういうわけが気配がしなかったので、吾輩はこの男にうっかりぶつかってしまった。

「きゃいーん」

実に不本意だが、長いものに巻かれておくのは動物界の鉄則である。強者には逆らわない。上下関係が厳しい社会なのだ。見たところ、男は顔面の凶悪さに相応しい強さを持っているようなので、誠に遺憾だが致し方ない。
媚びるようにしっぽを振って見せれば、意外にも男は屈んでこちらを覗き込んできた。

「汚ねー犬だな」

ぽつりと呟かれた感想に、堪忍袋が揺さぶられる。確かに飼い主がいて常に手入れされているような奴らと比べられては苦しいが、これでも頻繁に水浴びをして身綺麗にはしているのだ。失礼にも程がある。処世術として下手(したて)に出ていたが、吾輩の真の姿はただの犬ではないのだ。魔獣、神獣、霊獣……様々な呼ばれ方をしてきた吾輩は、故郷の森では恐れ崇められる存在だった。あまり舐めてもらっては困るのである。

しかし、吾輩が腹の中で噛みついてやろうかと思案していると、男の大きな手が伸びてきて頭を撫でる。汚いと言った割にはその手つきに躊躇いはなく、なるほど、なかなかどうして撫でるのも上手いではないか。男はジャージのポケットからがそごそ何やら包みを取り出すと、吾輩の鼻先に香しい物体を突き付けた。

「ほら、やるよ。酒のアテにするつもりだったんだが」

本来、人間用のビーフジャーキーは塩分が多くて動物には向かないのだが、そこは吾輩がただの犬ではないため良しとしよう。素直に頂戴すれば、男の表情がゆるっと柔らかいものになり、善人顔にも見えなく……いや、見えないが、それでも見かけよりはこの男はいい奴なのだろう。

「わんわん!!」

感謝の意を伝えると、男は更に相好を崩した。もう一度、今度は強めに撫でられて、毛がくしゃくしゃになる。

「じゃあな」
「わん!」

棒は棒でも幸運の棒だった男を見送りながら、吾輩はいつまでもしっぽを振っていたのだった。