溜息のエンヴィー


(片想い?)


兄さん達はずるい。

末っ子の僕には上に4人の兄がいる。
一回り以上年の離れた、いつも仕事で忙しいイルミ兄さん。
部屋に引きこもって趣味に没頭するミルキ兄さん。
お父様によく似て、うちの家の跡継ぎであるキルア兄さん。
あまりに危険すぎる能力を持ち、存在をなかったことにされたアルカ兄さん。

皆、それぞれずるいと思う。僕の努力が足りないのかもしれないけれど、それでもやっぱりずるいと思う。

例えばアルカ兄さんはキルア兄さんにとても可愛がられていた。キルア兄さんは忘れてしまっていたけれど、僕はずっとアルカ兄さんのことが妬ましかった。
僕は感情を表に出すのが苦手だ。それはそういう風に教えられたというのもあるけれど、どうしても素直に喜んだり嬉しがったりするのが恥ずかしくて出来なかった。アルカ兄さんはそんな僕と違ってにこにこしたり怒ったり、色んな表情を持っていたので、そういうところがキルア兄さんのお気に入りだったんだと思う。
僕だってホントは心の中では笑ったり喜んだりしているのに……。

キルア兄さんについては言わずもがなだ。兄弟の中で、キルア兄さんだけがお父様やおじい様とお揃いの髪と瞳を持っている。暗殺者としての才能も、家族がこぞって期待をかけるくらいに素晴らしい。
僕もキルア兄さんのことは尊敬している。好きだし、もっと構ってもらいたいと思っている。だけどキルア兄さんは僕のことなんか見向きもしないで、トモダチとかいう奴らについて家を出て行ってしまった。暗殺者にもなりたくないのだと言う。
生まれたときからたくさん恵まれているのにずるい。要らないのなら、僕にくれればよかったのに……。

ミルキ兄さんは正直暗殺者としては羨ましくはなかったけれど、なんだかんだイルミ兄さんにもお父様にも頼りにされている。戦闘の方はそこそこでしかないけれど、我が家の情報部門を一手に引き受けられるくらい頭がいいのだ。それにうちの兄弟はあまり目立って仲良くしたりはしないけれど、ミルキ兄さんは兄弟の誰からも好かれているような気がする。豚くんと言ってキルア兄さんは小馬鹿にするけれど、喧嘩するほど仲がいいというのはああいうことだと思うのだ。イルミ兄さんも唯一歳が近い兄弟だからか、何か頼み事をする時はミルキ兄さんを使っている。
いいな、そういうの。僕も兄さんたちとくだらない言い合いをしてみたいし、頼りにされたかった……。

イルミ兄さんについてずるいと思うのは、大人であることだ。長男という立場から仕事も家のことも大変そうなのはよくわかる。大変なことをしているから、お父様やお母様に頼りにされているのも頷ける。でも、イルミ兄さんは時々それとは関係なく、「これは大人の話だから」と僕を追い出す。追い出すのは決まって、ジャイ子がうちに遊びに来た時だ。

ジャイ子−−彼女はゾルディック家と関わりのある、暗殺一家の娘だ。彼女の家も兄弟が多いらしく、既に彼女の二番目の兄が後継者に決まっているらしい。
そのため末っ子の彼女は最初から他所の家に嫁ぐことが決まっていて、だからこそ小さい時から頻繁にうちに訪れていたのだろう。正式にうちの兄弟の誰と結婚するかは決まっていなかったけれど、大人達の間では一緒に修行させているうちに誰かとくっつけばいいという目論見があったみたいだ。

ジャイ子はミルキ兄さんの一つ下なので、当然僕からすると結婚相手というよりも姉という意識が強い。それでも僕はジャイ子が好きだし出来ることなら独り占めしたかった。
彼女はアルカ兄さんみたいによく笑う人だけど、僕の分かりにくい感情にもきちんと気づいてくれる。暗殺者としての才能も申し分ないし、キルア兄さんと違って仕事にも前向きだ。人当たりがいいから兄弟の誰とでも仲良くしているし、ちょっぴり押しに弱くて仕事を抱え込むことが多いけれど、色んな人に頼りにされている。

こうして見ると、ジャイ子は僕が望むものをたくさん持っているかもしれなかった。
でも不思議とずるいという感情は浮かばない。ずるいのは兄さんたちだ。とりわけジャイ子を独り占めしようとする、イルミ兄さんがずるい。

「カルト、オレ達は大事な話があるから少し席を外してくれない?」

言葉尻こそ頼むようだったが、イルミ兄さんのそれは命令だ。ここ最近、仕事の関係で各国を飛び回っていたジャイ子がうちにきたのは久しぶりなのに、顔を合わせただけですぐに追い払われてしまう。
僕だってジャイ子とお話したかった。訓練の成果や新たに耐性がついた毒とか、この前ヨークシンで十老頭を殺したこととか。旅団にだってちょっぴり関わった。僕の話だって仕事がほとんどなのだから十分大人の話だと思う。
それなのにイルミ兄さんは僕をいつまで経っても子供扱いして、爪弾きにするのだ。

「……はい。わかりました」

僕は内心がっかりしながら、部屋を出る。無表情を保ったからイルミ兄さんには気づかれなかったと思うけど、ジャイ子が申し訳なさそうな顔していたから彼女には伝わったんだと思う。
僕は廊下を歩きながらずるいなあ、と思った。どうやったらジャイ子を僕だけのものにできるんだろう。やっぱり結婚するしかないのかな。お父様とお母様を見ていて、自分とジャイ子があんな風になるのはいまいちピンとはこなかった。けど、もしジャイ子を独り占めする方法が結婚しかないのなら、僕は別にそれでも構わないと思う。

僕は着物の袂から一枚の紙を取り出すと、それをぴらりと広げた。二人分、手を繋ぐような形の人型のそれはイルミ兄さんとジャイ子を模している。

『今回、随分と遠くまで行ってたみたいだね』
『うん。あれこれ頼まれたのを一気に片付けようと思って』
『それは別にいいよ。問題なのはその間オレに連絡しなかったこと』

紙を通して、二人の会話が漏れ聞こえてくる。イルミ兄さんの声はいつも通り何の感情もないみたいに淡々としていたがジャイ子はごめんってば、と謝っていた。

『イルミも忙しいだろうなって思ったんだよ』
『忙しいのはいつものことでしょ。それを理由にしてたら声も聞けない』
『イルミ……』
『いいからもっとこっちに来て、ジャイ子が足りない』
『ふふ、実は私も』

そこまで聞いた僕は、咄嗟に手に持っていた紙を握りこんでぐしゃぐしゃにしてしまった。
そっか。ジャイ子とイルミ兄さんはとっくに両思いだったんだ。確かに年齢的なことを考えれば上の二人の兄がちょうどいい。だけどイルミ兄さんもミルキ兄さんも仕事や趣味で手一杯で、結婚なんて興味無さそうだった。キルア兄さんは暗殺家業が嫌で出ていったくらいなんだし、僕がもう少し大人になればまだチャンスはあると思ってたのに……。

ずるい。兄さんはやっぱりずるい。
僕だってジャイ子が大好きなのに。
僕だってジャイ子が足りないのに。

どうしようもない想いを抱えて、小さく溜息をつく。僕のこの気持ちを分かってくれるのもたぶんジャイ子だけなんだろうなあと思うと、さらにやりきれないような気がした。