名前を教えて


(キメラアント主)


 にゃおおん。にゃん。ふふん。

 今日もピトー様に頼まれた警備でうろうろうろ。大好きで仲良しのピトー様とお揃いの猫耳に、長い尻尾がゆらゆらふりふり揺れる。ううん、と手足を伸ばして大地を蹴る。難しいことは考えずに気ままに走って、たまにお昼寝して。ピトー様が円をしてくれているから、宮殿への侵入者なんてそうそういないんだにゃん。ふふふん、ふふん。

 なあんて、安心していたらピトー様の円が無くなるのがわかった。一大事?こりゃ困ったにゃあ!すぐにピトー様の元へ駆けつけなきゃ!

 自慢の前足と後ろ足で猛スピードで駆ける。雨の降る道は泥濘んで気持ち悪いけど、そんなこと気にしてられないにゃあ!泥がはねて自分を汚すことすら、気になんてせずに宮殿に進む。

 屋敷内はお行儀良く!とピトー様の教えを守って、てくてくとヒトの真似をして立って歩く。その時上の階からうっすらと鼻を掠めるピトー様の匂いに気付いて、安心する。きっと王の元へ行ってるだけにゃ。きっとそうにゃ。にゃあんだ、ジャイ子の出番はなかったにゃ。

 王の元へは護衛軍だけしか行ってはいけないから、確認は出来ないけれど。何の連絡も、指示もないのならば平気だろう。一安心にゃ!にゃううん、走ってきたからお腹すいたにゃあ。にゃああ、この美味しそうな匂い、なにかにゃあ。にゃうん、お腹…。

−−−美味しそうな匂い?

 あれっ?なんでこの宮殿で嗅いだことのない美味しそうな匂いがするの?甘くて、瑞々しくて、すぐに食べてしまいたい、この、匂いは?

−−−にゃああ!

 甘いに誘われ、いてもたってもいられずに匂いのする方向へ一目散に駆け出す。速さなら誰にも負けない自信があるにゃ!このジャイ子さまはヂートゥより速いにゃあああ!!!………ま、嘘にゃ。

「みぃつけた!」
「っ!」

 突如消えた仲間の頭に驚きながら背後へと近づく。きっとあの手の織り成す空間に入ってはいけないにゃ!消滅する?それともどこかへ転送?わからないから無闇に近づいてはいけない……とは思わないにゃ!!いったれー!!

 驚く黒髪眼鏡の手を素早く尻尾で払いのけて、顔面と頸椎に尻尾でパンチ!キック!がくりと気を失った男を抱きかかえて、またも一目散に走る。甘い匂いの発生源はこいつにゃあ!!ふへ、ふへへ、捕らえたにゃ!



 連れてきたのは自室。逃げられたら困るから手足を縛って黒髪眼鏡をごろん、と放り投げる。侵入者はすぐにでも護衛軍に報告しなければならないけど…。でも……!ジャイ子が捕まえたんだからジャイ子のものにゃ!

 呼吸する度に甘くて甘くて仕方のない匂いで肺が満たされる。ピトー様も、プフ様も綺麗で、良い匂いがするけれど、それより、もっと。

「………こいつ猫缶は食うのかにゃ?」

 起きる気配の無い黒髪の頬をぺちぺち、肉球を押し付ける。ジャイ子やピトー様とは違うほっぺの感触にゃ!!

「ぷにぷにぷに」
「……やめ、ろ…………」

 にゃああん!喋ったああ!尻尾がピキーンと真っ直ぐに伸びて、瞳孔がかっ開くのが自分でもわかったにゃ!辺りを見回して状況把握を試みている眼鏡に問いかける。

「おまえ猫缶くう?」
「は?」
「侵入者は殺すのがお決まりなの!だから最後の晩餐ってやつにゃ」

 これはお気に入りのまぐろ味にゃ!カニ味もオススメにゃ!ヒトは何食って生きてるにゃ?猫缶のまぐろ味は美味しいからわざわざ本物のまぐろ獲って食べたら、不味くて食えたもんじゃなかったのにゃ!やっぱり猫缶が一番にゃあああ!!

「……殺せ」
「嫌にゃ」
「何も話す気はない」
「黒髪に指図される覚えはないね」

 顔を顰める黒髪のほっぺたを尻尾で撫でる。ふわっふわで気持ちいいってピトー様のお墨付きもらってるんだからにゃ!

「名前はなんて言うにゃ?ジャイ子はジャイ子にゃ!」
「…名乗るわけがないだろう」
「わかった今日からお前の名前はささみにゃ」
「……ささみ…………」
「ささみは誰の命令でここへ来たの?」
「全て黙秘する。何も話さない。殺せ」
「つまんないにゃ!!」

 なんだこいつ!つまんにゃ!もう一思いに喰ってやろう!

 するすると頬を撫で続けていた尻尾をきゅうっとささみの首に巻き付ける。力を入れたら、きっと、音もなく殺せるのだろう。

「っ!な、にをっ」
「……あんまり美味くないにゃ………」

 尻尾に力を入れて、ささみを持ち上げる。縛られているせいでバタつけないのに、抗おうとするその仕草。さっきまで殺せと言っていた威勢を思い出して、その姿に心が、ぐにゃりと形を変えた。喰いちぎってやろうと、大きく開いた口は間一髪のところで避けられて、代わりに口内にはもじゃもじゃとした何とも言えない食感の黒髪。まあ、ちゃんと喰うけどにゃ!!

「にゃあささみ、本当の名前を教えてくれたら逃がしてあげてもいいにゃ」
「……信用出来るわけがないだろう」
「ジャイ子はこの気持ちが食欲じゃないと、いま気付いたにゃ」
「……」
「本当の名前を教えてくれたら、今回は逃してやるにゃ。……その時までにこの食欲の名前、考えとく」



 ああ、ピトー様にも言えない秘密ははじめてにゃ。

−−−ノヴ。

 嫌悪、疑惑、そして殺気。混ざり合った眼差しの中に、僅かばかりの希望を宿したとき。一層、ノヴが美味しそうに見えた意味を、ジャイ子は知りたいのにゃ。