国内は彼の庭


フンフンと機嫌よく流れる鼻歌は肩までの銀髪と共に潮風がさらっていき、砂浜につく足跡は波打ち際を歩いているせいでついたそばから消えていく。

海と畑と寂れた個人商店と、ポツンポツンと建てられた潮風で傷んだ家しかないここはパドキア共和国で最果ての地と呼ばれるド田舎である。住民は住み始めて一週間足らずで全員覚えられるほどしかいないが、それぞれが漁や畑作で食料を得て、足りないものは交換や商店で買うなどして生活をしている。

「ジャイ子ちゃん、おはよう。今日も散歩かい?」
「おはようございまーす、ドルドさん!今日も潮風が気持ちいいですよー!」

海から名前を呼ばれてそちらを見れば、数少ない住人が手を振っていた。漁に出るところだったらしい。ジャイ子も手を振り返して大声で返事をする。最果ての地などと閉鎖的な呼ばれ方をするこの土地だが、住民たちはおおらかで都会から来たジャイ子を物好きだと笑いながら迎え入れた。おかげでジャイ子は土地に、人に馴染んでいた。

**

「んー、やーっぱり自然はいいですねー」
「そんなこと言う若い子はジャイ子ちゃんくらいだろうに」
「いやぁ、都会生まれじゃない人は皆そう思うんじゃないですかね?自然が一番ですよ」

午後の畑仕事をしているとき、ご近所さんで畑の先生のサーさんにお呼ばれしてお茶をしている。夏らしく緑が目に眩しい。

「そうなのかい?都会はどんなところなんだい?」
「そうですねェ……。窮屈で無機質で冷たくて薄汚れてて、息のしづらいところです。仕事はいっぱいあるから困らないんですけどね」
「ふふ。ジャイ子ちゃんは本当に変わった子だね。都会のことをそんな風に言うなんて」
「ここが居心地いいのがいけないんですよ?もう都会になんて戻りたくないです」

二人でクスクス笑ってのんびりと午後を過ごす。あくせく働いて生き急ぐところっていうのを付け忘れたな、とも思ったけれど話は畑のことに移ったので豆知識を漏らすまいと会話に集中する。

**

「きょーおもいい汗かいたわー!」

風呂上がりに固いベッドに倒れこむと盛大な音を立てる。不便だと思うこともあるが自然の中で生活し人と人との距離が近いこの暮らしはジャイ子にあっていた。都会ではちょっとばかし危ない仕事をしちょっとばかし穏やかでないネットワークに入りちょっとばかし後ろ暗いお友達がたくさんいたが、持ち前ののらりくらりとした性格で上手く生きてきた。しかし儲かるが綱渡りの生活に嫌気がさし、のらりくらりとした性格を活かしてお客に廃業を告げながらも何のいさかいもなくこのド田舎にやって来た。

(あー、でもイルミはしつこかったなァ)

脳裏に懐かしい黒髪が浮かぶ。伝説の暗殺一家の長兄とはマイペース同士妙に馬があった。それにジャイ子からすれば傷み知らずの長い黒髪を羨ましく思ったが、イルミはジャイ子の髪色をいたく気に入った。仕事以外でも付き合うようになるまではむしろ忌々しげに見ていて嫌っているように見えたが、距離が近くなるとジャイ子以上に気をかけて少し鬱陶しかった。曰く最愛の弟と全く同じ髪色らしい。

同じ色でも弟のものでなければ価値がないものと見なすと思っていたから驚いたな、と当時のことを思いだすうちに眠気が襲ってきて逆らわず身を任せる。結局納得してくれなかったから黙っていなくなったけどこんな不義理な人間忘れちゃったかな、だとしたらちょっと寂しいな、と眠りに落ちる寸前に思った。

**

噂をすれば影がさす。最果ての地と呼ばれる海沿いの町に国外にまで名を轟かせる暗殺一家の長兄がやってきて住民を失神寸前まで驚かせ、目的が自分であることを知りその執着にジャイ子がドン引きするのは翌日のこと。