お姫さまには程遠い
「君は警護よりもお姫様の方がよほどお似合いだ」
私は愕然としていた。キルア経由で知り合った少女に、彼が言い放った言葉に対して。だって考えられる? あの堅物ヤロウを代表するクラピカが照れも臆面もなく、言ってのけたのだ。これが驚かずにいられるかっていう。
不満を漏らしていた彼女は、クラピカの言葉にうっそりと頬を染めて閉口した。まあね、そりゃあね、容姿は王子様と言っても過言ではないからね、コイツ。そんなクラピカに"お姫様"なんて言われたらクラっと来ちゃうのも当たり前。
……当たり前、だけれども。
「私、クラピカにあんなこと言われたことない」
本物の王子様の待つ場所へ向かうため、ちょうど向かう先が近かったクラピカと二人でホテルの部屋を出た。斜め後ろからクラピカを追い掛けるようにして廊下を進む。覗く横顔は緊張感を貼り付けたような面持ちで、歩くスピードは誰かと一緒に歩むようなものではなかった。
そんな中で空気にそぐわない発言をした私を、クラピカは横目で一瞥して、すぐに前を見据えた。まるで興味がないかのような反応に、唇を突き出して抗議してやるが、本人がこちらを見てすらいないので無意味であった。
「ジャイ子、君もキルアとの会話を聞いていたと記憶しているのだが……見当違いだったようだな」
「いや、知ってるけど。隣で聞いてたし。でも、それとこれとは話が別っていうか」
あれは策であって本音とは程遠いこと。常日頃クラピカを見て傍にいればそんなことは馬鹿でもわかる。
それでも、好意とは面倒くさいものなのだ。どんなに感情が乗っかっていない言葉だろうと、クラピカから口説き文句を手渡されてみたかった。普段甘い言葉も何もないのだから、少しくらいいいじゃないかと不貞腐れてしまう。
「だって、嘘でもいいから、私もクラピカにあんなこと言われたい」
−−なんてね。本当は、真面目に言ってくれたら、なんて思っちゃうけど。
「そうしたら、仕事でもなんでも頑張れちゃうのになあ」と付け加えた。けれど、それはクラピカの重量感のある溜息で一蹴された。そんな言葉もなく片付けなくても……そのままクラピカはエレベーターのボタンを押して、沈黙を降ろした。
「君は、」
次にクラピカが口を開いたのは、エレベーターに乗ってからだった。狭い個室の中で、クラピカの言葉はよく響く。
「重要な話を聞き逃すことが多いし、言葉の裏を読み取ることもできない。儚げでもなければ、落ち着きもない。まして、お姫様なんて程遠いだろう」
唐突に悪口大会が始まってしまい、私は戦慄いた。こ、こんなことを言われたかった訳ではない。嘘でもいいから、浮ついた言葉を聞いてみたかっただけだ。ただ"お姫様"という単語が聞きたかった訳でもない。
こんな逃げ場のない個室で上司からお説教をくらうなんて。クラピカ、もしかして鬱憤が溜まっていた? これ発散してるのかな……遠い目をして、エレベーターの到着を待つしかない。
「私は手の届かないお姫様を背に庇うよりも、ジャイ子には隣に立っていて欲しいと、そう思う。それに、君が姫では私の立つ瀬がない」
「私は王子など、柄ではないのだから」その言葉に目を丸くして、ゆっくりとクラピカの顔を伺った。すこしだけ細められた瞳はやわらかな色を灯していた。けれど、私に気付いて視線が絡んでしまえば、クラピカは手のひらを返すようにわざとらしくその熱を冷ました。重要な話を聞いていなくて、言葉の裏を読み取れなくても、これは。
同時に、目的の階に着いたのだと、エレベーターが金属音を鳴らす。く、くらぴか? 呼びかければ、真一文字にしたくちびるが僅かに言葉を紡いだ。
「……嘘でもいいんだろう」
私の発言を盾にして、クラピカはさっさと個室から外へと出て行ってしまう。襟足で跳ね返った金髪の中に、仄かに色付いた耳の端っこを見た時、ああ、もう嘘でもいいや。心からそう思った。
「クラピカ!もう一回お願い、嘘でもいいからもう一回!」
「くどい!」
……嘘でもいいなんて、それこそ嘘だ。どうせなら、やっぱり本当がいい。緩んだ口元を誤魔化すように引き結び、照れを振り切るように進むクラピカの背中を追った。
この仕事が終わった暁には、めいっぱい本当のことを言ってもらおう。隣にいてもいいと言ってもらえているのだから。そう思いながら踏み出す足取りは、どうしたって軽くなった。