話が違うはなし。


単純な人では無いんだろうなぁ、と思う。全てではない、時々聞く話の中で、そんなような事を聞いただけだ。

きっと私ではダメなんだろうなぁ、と思う。スラムから生き残った彼は、生まれながらに底を知っている。私のような、未だドン底と呼ばれるものに落ちたことのないような、ペーペーハンターなんかが側にいていい人じゃない。

「住む世界が違うよなぁ……」

そもそも知り合えたこと自体が奇跡であり、これ以上なんて願ったらきっとバチが当たる。だって彼はとてもかっこよくて、厳しくて、優しい人だ。彼を好きな人なんて沢山いる。

そうだ、私の一切合切の財産を手放してみるというのはどうだろう。きっと人買いに売り払われて、お金持ちに買われて、気に入らないと捨てられて、スラム街に辿り着いたりしたら、そこで自力で生き残っていられたら、やっとあの人の隣に立てる気がする。

よし、そうと決まれば物は試しだやってみよう。財産を手放すにあたって一番厄介なのは、ハンターライセンスだ。質に出すのは良いが悪用はされたくない。そこで、必要だと思う人に譲ることにした。

「と、言うわけで、スピンさん。私のライセンス貰ってくれないかな? 好きに換金してくれていいよ」
「…………何が、と言うわけで、なのよ。アンタちょっとここ動かないでよ」

引きつった口元にパチンとガムを張り付けたスピンさんは、人差し指で地面を数回指差した。ここから一歩も動くなのサインだ。しばらく良い子に待っていると、スピンさんはカイトさんの腕を引いて戻ってきた。もしかして最後の挨拶をさせてくれようと……?ちゃんとしばらく連絡取れなくなりますってメールはしておいたけれど、やはり会えるのは嬉しい。自分から会いたいなどとは、言えないお人なのだから。

「……ジャイ子、何か嫌なことでもあったか。全財産手放してどうする気だ。それで欲しいものが手に入るのか」

のっぽなカイトさんが私の両肩を掴んで覗き込んでくる。さらりと長い髪がカーテンのように落ちてきて、私はカイトさんしか見えなくなった。
とても真剣な表情、やはり優しくて素敵な人。どうやら身辺整理をして樹海に入るとでも思われているらしい。

「はい。欲しいものがあって」
「それはなんだ」
「それは……」

あなたの隣に、堂々と立てる自分です。そう言えたらどんなに良かったか。それを言ってしまえば、もう二度とあなたの顔すら見れなくなってしまうかもしれない。

「それは……」

言葉を探して目線を下げると、カイトさんは屈んでその視界の先に入り込んできた。か、顔、近い。

「それはオレの近くには無いものか?」
「いえ、とても近いです」
「……オレがそのライセンスを預かっても?」
「いい、ですけど。私はスピンさんに活用してもらえたらと……」

カイトさんは数々の功績からこんな端金いらないだろうに、一体何に使うのだろう。子供をあやすような体勢で私を見上げていたカイトさんは、あまりよくは無い目つきを俄かに凄ませた。

「また一緒に仕事をするなら必要だ。ジャイ子が帰ってくるまで、オレが預かっておく」
「また一緒に……例えば私がスラムの娼婦になってても、そう言ってくれますか」
「ちょっと待てお前どこへ行くつもりだ」

あ、と口を押さえても、今更だった。疑惑の目は鋭さを増して、無言の圧力は私の身長すら縮めてしまう。

「わ、私は、強くなりたいんです!」

苦し紛れにそう言って、この真実ともいえる言葉で誤魔化した。泳ぎそうになる目を必死に合わせて、これ以上の追求を避ける。するとさっきまで私の名前を繰り返していた薄い唇が、少し間を開けてふっと息を吐いた。

「ならオレが修行をみてやる。それじゃあ、ダメか?」
「……えっ。いいん、ですか?」
「ライセンスを投げ出す前に、できることをやってからでも遅く無いだろ」

彼の、カイトさんの側にいられる。私が欲しいのはそこへ自力で立つ自分だけれど、カイトさんの側にいられるこの滅多にない機会を、棒に振ることなんて出来ない。

「是非、是非よろしくお願いします!」
「ああ、オレは厳しいぞ」
「望むところです!」

方針変更! まずは修行して強くなって、それからその時の自分に一番効果のあるドン底を探しにいくぞ。そう拳を握ると、後ろからいくつかのため息が聞こえてくる。振り向くと、カイトさんへ同情の乗った手のひらがいくつか添えられていた。当のカイトさんは頭が痛そうにこめかみを押さえていて、一体どうしたのかと私は頭を傾げた。