どうぞ、召し上がれ
【貴方のコンプレックス、食します。御用の方は二階へどうぞ。】
人気の無い裏道の、奥のそれまた奥。フィンクスは埃の被った看板を一瞥すると、遠慮なく階段を登った。何時の間にか訪れる度に吸い込んだ埃で痒くなる鼻に慣れてしまっていた。この時にopenと書かれた札をclosedに変えるのも忘れない程に。
「よぉ、インチキ魔女。」
「……営業中って書いてあったでしょう。帰って。」
「うるせぇな。飯行くぞ。」
ドラ美が悩みを抱えた客を対応する部屋。薬品の匂いが漂う応接間に入ってきたフィンクスをドラ美は見ることも無く、淡々と二人は言葉を交わす。
分厚い黒のカーテンで覆われ、圧迫感を覚える部屋がフィンクスは嫌いでは無かった。誰にも触れられぬコンプレックスを抱える癖に、医師免許と念を駆使して人のコンプレックスを治してしまうドラ美のことも。
「もう夕方だからいいだろ?」
「わかった、でも夜まで待って。」
冷たい言葉を掛けたドラ美も決して遠慮の無いフィンクスに嫌悪の感情は無い。あっけらかんと生きているフィンクスは対極にいることもわかっているが、その真っ直ぐな背中に憧れる気持ちさえ持ち合わせていた。
「……陽が落ちたら起こせよ。」
そう告げてカーテンと同じ真っ黒なソファに寝転がるフィンクスに、ドラ美はブランケットを掛ける。
程なくして光を遮断されたこの部屋と同じ様に外は真っ暗になった。
拓けていないこの街は夜に人工的な灯りが少なく、ドラ美が観てきたどの街より“暗い”。ドラ美にとってこれ以上無い程生きるのに疲れない場所だった。
「フィンクス、そろそろご飯行く?」
簡単に部屋を片付けて着替えを済ませたドラ美が声を掛ける。浅い眠りについていたフィンクスはその声で起き上がり、一言「行くか。」と大きい欠伸を一つ。「何食べようか?」「食べたいもん、ねぇのかよ。」他愛の無い会話をしながら、二人の足は玄関で止まる。
玄関に並べられた色とりどりのフェイスベールの前で悩むドラ美。フィンクスは今まで身につけていた黒のそれを外すと、オールドオーキッドの淡い物へと付け替える。武骨な手が耳に触れて、ドラ美の身体は大きく揺れた。
「まだ、慣れねぇのかよ。」
咄嗟に口から出かけた謝罪をドラ美は飲み込む。未だに顔を晒すのも、顔周りに触れられるのも、ドラ美にとっては勇気を要する行為だった。ドラ美の生まれ故郷を襲った大火事の日から、膚が灼かれ爛れたケロイド塗れの顔が、人目に触れぬよう生きてきた。フィンクスに出逢って、男女の仲になろうと彼以外には受け入れられたいとも思えない。
「熱い。」
頬を滑る手が熱いのか、ケロイドが熱を持っているのか。決して綺麗とは言い難い傷痕を優しく、それでいて確かな感触でフィンクスの手が滑る。
「……俺には隠すなよ。」
その一言だけで、ドラ美は他の何も要らないとさえ感じてしまうほど。
「フィンクスだけ、だよ。」