鈍いバランス


 近頃、とんと寒くなった。毎日をはじめるために、布団から出るのが余計億劫になってきたし、羽織るコートが分厚く体を守るようになった。キンと冷えた空気に手を晒せば、指先の温度は奪われていくばかりだ。
 体温を分け合わないと、どうにもうまく過ごしていけない季節。それなのにクラピカときたら、すたすたと私の前を歩いていってしまう。久しく会っていなかった恋人への対応としてはいかがなものなのだろうと、私は内心やきもきしてしまう。わざわざ手袋も付けずに寒空の下、彼を待っていたというのに。私の下心は無視されてしまったようだ。
 悲しみを込めて、白い息を吐き出し肩を落とす。もう少し、こちらに意識を傾けてくれてもいいと思うんだけど。まあ、忙しいクラピカが時間を割いて、1つの夜を私に明け渡してくれるというのだから贅沢といえば贅沢なのはわかっている。けれど、私ばかりが夢中で追い掛けているようで、埋まらない空白を抱え込んでしまう。
 どうにも落ち着かない胸の内を抑えつつ、ぼんやりと歩いていれば手首を取られ、唐突に現れた熱に私はびくりと体を揺らす。クラピカが訝しげにこちらを見ている。
「うわっ、びっくりした」
「歩く時くらい、周りに気を配ったらどうだ」
 クラピカがあからさまに息をつく。やわらかそうな白色があらわれて、立ち上るように消えた。掴まれた手首とクラピカ、その2つを行き来するように見遣れば、彼はきゅうっと眉間に皺を作り出す。言葉からもわかるが、呆れられているようだ。
「君はいつもいつも……少しは注意深くなったらどうだ」
「クラピカが慎重すぎる分、私がこのくらいでちょうどいいでしょ。物事はバランスだよ、バランス」
 2人でいればちょうどいい、と笑って言う。たしかに注意散漫は私の悪い癖だけれど、いつもじゃない。
 クラピカは眉間にできた山谷を緩めることはなく、握り込む手に力を込め、瞳に心配の色を上塗りするのだ。
「……ドラ美、あまりうるさく言いたい訳ではないが、」
 言い辛そうに、一度言葉を切る。掴まれた手首はあつく潤む。
「たしかに、私が常に傍にいられるのならば、それでもいい。だが、1人の時も今のようでは……私は気が気ではないよ」
 言葉を選び出してやっと口にした様子だった。そして知る、意識を向けられていない訳ではなかったこと。
「別に普段からこうじゃないよ……今のは、久しぶりに会えたのにクラピカが1人で歩いて行っちゃうから。ちょっと寂しくてぼんやりしてた」
「それは……すまない。浮かれていたんだ、その、久しぶりに君に会えたから」
 浮かれてくれるのならば、どうせなら一緒に浮かれてほしいんだけど、と思う。クラピカは逸らした視線をそのまま、誤魔化すように「それにしても、ずいぶん冷えているな。手袋をつけた方がいい」と言う。こういうところだけ鈍感なの、どうかと思う。むっと唇を尖らせながら、かぶせるように言ってやる。
「わざとだし」
「…………その、手を、握っても?」
 クラピカは観念したように視線をあげた。手首は勝手に掴んだくせに、手を繋ぐとなると、とたんに慎重になるらしい。一も二もなく頷けば、するすると手首から指先まで熱が降りていく。おっかなびっくり、初めて触れるような手つきにむず痒くなる。クラピカは、いつまで経っても触れ合うことに慣れない様子で私の方が焦れったくなった。
 それでもいい。ゆっくり、この温度のない季節を、私はこの人とともに越えたいのだと思う。1人じゃ指先をあたためることすらままならないけれど、2人でなら補い合えると思うから。ものごとはバランスが大事なのだ。