No pain No gain
季節は冬。街全体が薄く雪化粧をし、人々は皆白い息を吐きながら路地を行き交う。かじかんだ手をさすったり、マフラーに顔の半分を埋めたりと、寒さを紛らわす方法は人それぞれ。そしてそんな人々の中にぽつりぽつりと己の手元を一心に見つめる人がいる。彼等の手にあるのは分厚い本や丸い金具で括られた小さな紙の束。見ただけで眠気が襲ってきそうな文字の羅列に意識をむけながらも器用に人波の中を進んでいく彼等は、志望校の入試試験を直前に控えている受験生だ。冬は受験の季節でもある。暖かな日差しと花の開花が待ち遠しい、そんな季節。
自身の将来が決まると言っても過言ではない、一世一代の大勝負。それに勝つために内なる煩悩を一つ残らず抹消し、あるだけの気力と体力を全て勉強に注ぎ込む。冬も本番を迎えるこの頃、最後の追い込みが進む中で、色々と限界を迎える受験生も少なくない。
人は機械のようにずっとは動いていられない。そう、結果を出すためには適度なガス抜きも必要なのだ。
「だからレオリオにちょっとした息抜きをプレゼントしようとしたのに」
「したのに、じゃねーだろ!完全にオレの邪魔しに来てんじゃねーか!!」
「そんなことないよ!ほら、ちゃんとレオリオの好きな巨乳の家庭教師のおねいさんじゃん」
分厚いパッドを入れ、無い胸を必死に寄せて作り上げた谷間を見せつけて「ボク、勉強は一旦置いといてワタシとイイコトしましょ?」なんて言えばレオリオの顔がたちまち真っ赤に染まった。多少は顔を背けてはいるが、彼の目はばっちり私の胸を捉えている。ふふっ、チョロいやつ。
「テメッ、ガキの分際でどこでそんなん覚えやがった!?」
「レオリオのベッドの下にあったやつを参考にさせていただきました」
「何ィ!?」
今だ。お受験一色のレオリオの脳内を難しい用語や計算式から煩悩へと塗り替えるため、以前よりも硬くなった腕に体をぴったりと密着させ、瞳を潤ませて渾身の上目遣いをキメた。
「ね、勉強はお休み。ちょっとでもいいからさ、ドラ美と一緒に寝よ?」
ぐっ、と言葉に詰まり、喉を鳴らしたレオリオ。やった、堕ちた。そう確信したのも束の間、ぐいっと体が引き剥がされた。そして次の瞬間ふわりと感じた暖かさ。見れば彼の上着が私の体をすっぽりと覆っていた。
「悪りぃな。オレはもちっと問題解いてから寝るわ。オレのことはいいから先に寝てていいぜ」
そう言ってレオリオは、ぐっと大きく伸びをして参考書が山積みになっている机へと戻っていった。その大きな背中を眺めていると、どうしようもなく虚しさと疎外感が込み上げてきて。なんで、と口から不満がこぼれた。
「なんで寝ないの。十分頑張ってるんだし、一日くらい休む日があってもいいじゃん。少しは自分の体のこと考えなよ」
「寝るワケにゃいかねぇよ。それに何も無理してるのはオレだけじゃねぇ。みんなそれぞれ自分のやりたいことに向かって進んでんだ」
それきりお互い何も言葉を口に出すこともなく、ただカリカリと文字を書く音とパラリと紙がめくれる音だけが静かに響く。
何かに向かって一直線に、がむしゃらになって走っていく、どうしようもないバカなやつ。前より顔はやつれたし、目の下のクマは日に日に濃くなっていくばかり。この前あった模試も、思うような結果が出せなくて影でこっそりため息を吐いていたことだって知ってる。
「……寝ない」
「あ?」
「寝ないって言ってるでしょ。何かあったかいもの、作ってあげる」
「マジか!ありがとな!」
ニカッと笑った顔に不意を突かれ、どうしようもなく胸がきゅんと甘く締めつけられた。ちっ、どこまでもバカでずるいやつ。