ぐるぐる、わたしはうそをつく


「例えばの話なんだけどさ。」
「ん? うんなあに。」
「もしオレにすきな人がいて、その人を大切にしたいと思ってるって言ったらドラ美はどう思う?」

シャルが言い出した突然の問いに、私は言葉を詰まらせてしまった。
恐る恐る視線を交じ合わせた先にある、大きな翡翠色した瞳の奥に呑み込まれそうで、そして彼が私に提示した例え話の意図が理解できなかったのだ。
先日何となくお揃いで購入した色違いのマグカップから、淹れたての深い珈琲の香りと白い湯気がふたりの空間に広がる。テーブルの隅に置いてあった自分専用のそれを手に取るふりをしつつ、横に座るシャルから見て自然に見えるよう視線を逸らした。……自然に逸らせたと思っているのは、自分だけかもしれない。

「ふうん。」
「ふうん、て。 そんなに興味ない?」
「あんまり。」

シャルナークはプレイボーイだ。しいて言うなら底なしの貪欲プレイボーイ。
気に入った子は逃がさない!飽きたらポイ!ターゲットロックオン!くず箱へポイ!以下繰り返し。螺旋階段をぐるぐる。ただし上に登れるのは彼だけ。それでも捨てられた女の子たちが泣き縋りながら「すてないで」と、小動物みたいなかわいらしいおめめをうるうるさせてしまうのだから、やはり魔性で生粋のプレイボーイ。
そんな彼が想うすきな人で、大切にしたい人。ちょっとっていうか、かなり、いやぜんぜん全く笑えない。

「シャルはその人のこと、しあわせにできるの?」

聞きたくもないことを聞いてみる。
これでもし彼が「うん、しあわせにしたい」って言ったら、私はなんてお返事するんだろう。黙りこくって、私もポイされた女の子たちみたいに、しくしく泣きじゃくってしまうのだろうか。
口も付けず握ったままになっていた陶器が、静かに震えている。少しだけ温度の下がった黒い液体が、振動にあわせてたぷたぷとゆれた。ちがう、ふるえているのは、私の手だ。

「それはどうかな。 もしその子が恋人になってくれたとしても、しあわせにできるかどうかは、本人次第なとこあるし。」
「なにそれ無責任。」
「だってそうでしょ。」

しあわせになるって思ったり、感じたりしなきゃ、しあわせになんかなれっこないって。

そう言いながら彼は愛おしそうに笑った。ひとりぼっちでさみしそうにしていた片割れのマグに、筋張った大きな手が伸びてそっと包み込まれる。私とぜんぜんちがう、おおきな手。大切そうに壊れないように優しく扱うそのしぐさ。私も、その手に愛されたいと、ついつい絆されてしまったのがそもそものまちがい。

「それで? ドラ美はオレの質問に答えてくれないの?」

ねえシャルどうして困った顔をしているの。らしくもない質問をされて困惑してるのはどう考えても私なのに。
彼を見ると、必然的に視界に入る色違いのそれ。冗談のつもりで彼に渡したら「気にいった」と言ってたくさんたくさん使ってくれるものだから、ちょっとだけ期待してしまったじゃないか。なんてひどい人。さすがプレイボーイ。きらい。
お揃い気分で一端の妄想と夢と淡い期待を胸に抱くのは、今日でさいご。今日でおわり。さよならわたしの甘酸っぱい恋心。――うそ。きっと、これからもずっとすき。

「シャルが決めたならきっと大丈夫だと思う。」
「どうして?」
「だってシャル、身内にはやさしいから。」

私が保証する。
一思いに言い切ってから、まだ飲み干すには熱いそれを、ぐいっと口内に運び込む。幾つになってもいたいけな粘膜に、苦さと熱さと痛みが一斉にじわりと広がって、火傷した箇所がべろりと剥けた。それでも心の痛みを誤魔化すにはすこしばかり足りない。
翡翠色の瞳は、もう見れなかった。

「ふうん。」
「ふうん、て。 そっちから聞いてきたくせに。」
「じゃあ! 早速お墨付きを貰ったところでさ、」




オレとしあわせになってよ、ドラ美