黒い腕
背は低め。体重は標準だけれど胸は標準より少し大きめ。手足が細いから華奢に見られることがよくある。
顔立ちもそれほど悪くはなくて、メザイクが必要ない二重に量は少ないけれど長めのまつ毛。鼻は正直低め。でも、形は悪くない。唇も毎日欠かさずケアをしてぷっくり桜色。肌は焼かないように気をつけている。
背中までのミルクティアッシュベージュの髪は毛先でくるっと軽く巻いて、ゆるふわを意識した。
美少女、とまでは言えないけれど「可愛らしい」とはよく表現されるのが、彼女だ。
けれど……それだけではヒロインにはなれない。
人があふれるヨークシンで、賑わいもそこそこのオープンカフェテリア。おしゃれなティーカップの中で
芳しいストレートティーを一口味わってソーサーの上にカップを置く。そういった所作から彼女はきちんと意識を巡らせていた。
――で? と首を傾げた黒髪の青年を控えめなアイラインで強調させた茶褐色の目で見上げる。
成人男性が首を傾げる仕草は、本来であれば異質で気色悪いことこの上ないはずだが、彼がそうすることに嫌悪感はなく、むしろ似合っているのだから意味がわからない。
黒い硝子玉がぱちぱちとまばたきを繰り返している。心底、不思議そうな表情だと思った。
「だから、もうつきまとわないで欲しいんです」
数十秒前、口にした言葉をもう一度吐き出す。彼女の声は低くはなく、高くもない。滑舌だって良い方だ。よって、聴覚の優れたこの男が聞き逃すわけがない。
頭だって悪いわけがなく、ずっと賢いはずなのに返ってきた言葉は「なんで?」だ。それは、こっちの台詞だがぐっと堪えた。あまり彼を刺激してはならない。短期間のつき合いではあるが痛いくらいに知っている。
「理由も伝えたはずです。あなたの愛が重いの。毎日、毎時間。監視してるみたいに電話・メール・訪問の嵐。これじゃ病んで当然でしょ」
「それをなんでキミが伝えに来るわけ?」
淡々と告げれば、淡々と返ってくる。なるほど……彼からすれば、自分は部外者なのだろう。引きつりそうなこめかみをおさえて、彼女はゆるく息を吐く。
彼イルミ=ゾルディックと、彼女ドラ美の関係性といえば、“親友につきまとう男・つきまとっている女の知人”である。詳しく言えばドラ美の親友にどういうわけかストーカーを始めたのが、彼イルミ=ゾルディックというわけだ。
お互いに認識の齟齬はあるが、日常通り息をしていれば一切関わることもない存在同士だった。ドラ美にしてみれば。
「あの子が言えない状態だから言ってるの」
「ふうん」
ここで引くわけにはいかない。ドラ美は、弱りきった親友の姿を見て、覚悟してここに居る。たとえ相手が暗殺一家の長男であっても、ドラ美にとって守るべきは親友である彼女なのだ。
……かわいいあの子。いつだって庇護欲をかきたてられて、守らないといけない気持ちになってしまうほど大切な親友。
ヒロインになれる、というのならきっと彼女のような存在がそう、なのだと思う。思って、いた。
「それじゃあ」と、男性にしては高めで抑揚のない声が耳に染み落ちる。細い手に光るものを捉え、背骨に響くほど嫌な悪寒を感じた。
「何も、聞いてないんだ? オレが“誰”を目的に“何故”つきまとっていたか――なんて」
「なにを……」
言いかけた言葉は宙へと掻き消えた。首に走る痛み、眩んだ視界が捉えた黒。気づいた時にはもう遅い。
「ゆっくり教えてあげるよ」
私はヒロインにはなれない。のに――。
遠のく意識は、自分より冷たい体温に絡めとられて沈んだ。