恋するサナギ


 いつもパソコンか携帯とにらめっこしているシャル。またクロロに難しいこと頼まれたんだろうなあってちょっと同情。だけどアジトで二人きりにしてくれたことは感謝してる。

 後ろからそっと近づく。
 シャルの背中は意外に広くて、あたしはいつもブランコに乗って揺れてるときのおなかの中みたいな、そんな気持ちになる。

「ねえねえ、シャル」
「ん、なに?」

 首だけで振り返って、薄い唇がちょっと上にあがる。
 ビー玉みたいにきらきらしている大きい目は、やわらかくカーブして。
 その表情が見れるだけで、あたしの体温はすぐに上がってしまう。

 微熱、くらくら。

 それを理由にしてこのままその背中に飛びこみたいくらい。
 でも、今の関係じゃそれはまだ、だめ。

「みてみて!」
「なにこれ。紙コップ?」
「ふふん、そう見えるでしょ?実はねえ……二段重ねになっております!」

 二つにわかれた紙コップは、離れることのないように底に白い糸が結ばれている。
 幼いこどもたちの秘密の通信機器。

「糸電話?ドラ美が作ったの?」
「いえす!」

 はい、とシャルに片方を渡したとき、ちょっとだけ指先が触れた。どきどきしながら、一歩、二歩、シャルから離れる。三歩目で、ピンと糸が張ったところで止まって、紙コップを口に当ててみた。

 あれ、シャルは手に持ったまま。なんだかめんどうくさそうな顔してる。

「で?オレにしろって?」
「うん!」

 あたしは糸電話越しに答えたのに、シャルは耳に当ててくれない。

「やだよ。めんどくさい」
「えーなんで!」

 あーあー聞こえてますかーシャールー! 篭った声であたしが話すたびに、糸が震える。
 白じゃなくて赤にすればよかったかも、なんて思ったりして。

 そしたらほら、ね?

「あーあ。こりゃ、クロロに子守りを押し付けられたな」
「こどもじゃないもーん」
「はいはい」

 シャルはあきれた顔をしながら、糸電話を耳にくっつけた。「はい、どーぞ」それから、またパソコンの方を向いちゃった。

 広い背中。

 今は顔が見たいのに。

「こっち向いてー」
「耳はちゃんと向いてるから。好きに喋りなよ」
「シャルのけち」

 糸電話ごしにあたしが喋って、シャルは糸電話を使わずに普通に返事をする。

 せっかくだから、糸電話で返事してくれればいいのに。

「シャールー」
「はいはい」
「あのね」
「わかるわかる」

 しかも、あたしの話なんかちっとも聞いてない。

 シャルがわかるような話、ひとつもしてないのに!

「ねーちゃんと聞いてよ」
「聞いてる聞いてる」
「ねーってば!」
「はいはい」

 せっかくのふたりきり。

 もっと話、したいのに。

「シャルのばーか」

 ちょっと小さい声で言ったら、糸は震えなかった。この声だと聞こえないみたい。
 だから、思いきって言ってみた。「でも好きだよ」小人にしか聞こえないくらい小さく。

 なのに、シャルが振り向いた。「知ってるけど」ってあきれた顔して。

「え!えっ……うそお!」
「隠せてると思ってることに驚くんだけど。あとさ、この距離で聞こえないはずないから」

 びっくりして、口をぱくぱくさせたあたしを、シャルは「変な顔」って笑う。恥ずかしいのと悔しいのとわけわかんないのでぐちゃぐちゃになって、もっと変な顔になった。

 そしたら、シャルが「交代ね」って糸電話を口に当てた。だから、恐る恐る聞き役になってみる。
 そんなあたしを見たシャルが電話越しに笑うから、耳もとがそわそわして、なんだかくすぐったい。

「こんなこどもじみたことやめたら考えてやってもいいよ」

 こどものお守りは柄じゃないからさって続けると、シャルはあたしに糸電話を投げてよこした。

「期待してもいいの?」

 シャルはイエスもノーも言わずに、パソコンと向き合った。
 大好きな背中。「さあね」