合鍵は手に余る
帰る、と連絡があったのは、長月の初週ももう終わろうかという頃であった。
本音を言うと、電脳ネットでヨークシンの騒ぎを知ったときからやきもきしていたのだが、ドラ美はあくまで協会から派遣された身。あまり師匠面するのも躊躇われる。
それにレオリオは、ただ友人達に会いに行っただけだった。
「お帰りなさい。無事で何よりです」
「ホント、ひでーめにあったぜ」
学生向けの安いアパートメントの合鍵は、規則を破って複製しない限りは一本しかない。あっさりと渡されたそれは正直この関係には手に余る代物だったが、こうして世話を焼くには便利だ。「お、もしかして飯作ってくれたのか?」トレードマークの背広を雑に椅子に引っ掛けて、室内に入ってきた彼はすんすんと鼻をひくつかせる。
そんな犬みたいな仕草をする彼と恋人みたいな行動をしている自分に、ドラ美は苦笑せざるを得なかった。
「ずっと音沙汰がなかったのに、帰る段になって連絡を寄越したのはそういう意味かと思ったんです」
「悪かった、こっちも色々あって」
「それより、久しぶりに会ったご友人達はどうでした?」
協会からの連絡で、彼の友人達が既に裏ハンター試験に合格したことは知っている。修行は纏ができるようになった時点で終了しても構わなかったが、ライセンスを死守するためには四大行はマスターしたほうがいい。
他の合格者の進度はどうか。
作った料理をテーブルに並べながらただの世間話のつもりで水を向けたドラ美は、途端に険しくなった彼の表情に目を瞬かせた。
「全ッ然、レベルが違う」
「え、」
「発っていうんだっけか? そういう特殊な技を遣ってた奴がいたし、後の二人も一瞬で精孔開いたらしいぜ? オレもおちおちしてらんねーよ。ドラ美、もっと修行増やしてくれ」
「ですが……」
医大に受かるための勉強を優先したいから、念についてはゆっくりでいいと言ったのはレオリオだ。けれどもまぁ、他人に触発されてやる気を出すのは別に悪いことでない。
「わかりました。確か、受験は来年の二月でしたよね?それまでに基礎を固めましょう」
「あーうめー。やっぱドラ美の飯は最高だぜ。おかわりあるか?」
「聞いてます?」
呆れながらも器を差し出されれば身体が動いた。彼はおかわりも含めて全てぺろりと平らげると、満足そうに腹鼓を打つ。
それからようやく修行の話をしていたことを思い出したのか、再び真面目な表情になった。
「えーと、その基礎に発は含まれるのか?」
「アドバイスだけは。個人に合った念を作らなければ、能力は最大限発揮できませんから」
「そっか。よろしく頼む。ドラ美が師匠でホントよかったぜ」
「師匠ですか……」
確かに念を教えるという意味では師匠なのかもしれないが、これはハンター試験の延長なのだ。彼が四大行を習得してしまえば基本的にはそれきりの関係で、心源流の一派のような本来の意味での師弟関係ではない。実際、ドラ美が指導にあたった生徒は他にもいたが、たまに名前を聞いては頑張っているんだな、と思う程度だ。
なので改まってそういう風に言われると、なんとなく反応に困ってしまう。
恐れ多いような、面はゆいような。
ドラ美が感情を持て余してレオリオ見つめると、目が合った彼は不意に視線を泳がせる。「師匠か」その呟きは先ほどのドラ美と同じものだったが、彼の表情には面はゆさしか浮かんでいなかった。
「……欲を言えば、嫁のほうが嬉しいけどな」
ぽつり、呟かれた言葉に、ドラ美は体温がぐんと上がるのを感じた。咄嗟にポケットの中の鍵を返すべきかと思ったが、握りしめたその冷たさに火傷しそうなほど熱を帯びた自分を知る。
どうやら持て余したのは、合鍵だけではないようだった。