生命の結晶化
――がたん、たたん。
規則正しい速度で、列車は歩を進めてゆく。
この列車にいつから乗り込んでいるのかはとうの昔に忘れてしまったが、私たちは確かに此処に存在していた。
車輪の動きに伴って、右に左にと身体を緩やかに揺すられる。けれど、不思議と不快感はなく、むしろ臍の緒で生かされている赤子のように、羊水の中を漂っているような安心感すらあった。
車窓からは青々とした空と海が覗いていた。アクリル絵の具で一面を塗りたくったかのような鮮やかさだ。きらきらと、光が水面に反射してきれいだった。
空中ではカモメ達が気持ち良さそうに泳いでいる。優雅に羽根を伸ばす彼らは真っ白に発光していた。得意げに踊ったり宙返りになったりして、今にもハンター達の格好の的になってしまいそうだ。彼らは目立ちだがり屋なのか、それとも光に抗えない愚か者なだけなのか。
……それにしたって、眩しい。
思わず顔をしかめてしまうぐらいの日の光が車内に降り注いできた。このまま外気に触れていたら溶けてしまいそうだ。
――がたん、たたん。
真昼間だからなのか、この列車の目的地に関係するのかは判然としなかったが、乗客の数はまばらであった。携帯を熱心にいじったり、雑誌を眺めたり、他愛もないおしゃべりをしたり、人それぞれ違った世界を生きている。
私はそんな彼らを遠巻きに眺めながら、足をめいっぱい伸ばして少しだけへたった椅子に体重をかけた。
椅子は私の身体を素直に受け入れ、境界線を曖昧にしてゆく。その、心地良いこと。
ふと視線を移すと「お年寄りに席を譲りましょう」なんて、それこそが正義だと言わんばかりの決まり文句を垂れたポスターが堂々と掲げられていた。けれど、ここは私の席なんだから誰にだって譲りたくはない。譲って、なるものか。
――がたん、たたん。
列車がカーブをゆるりと曲がる。鬱陶しいくらいの日光は、徐々に勢力を削ぎ取られてきたようだ。
――がたん、たたん。
次第に、日が陰ってきた。
――がたん、たたん。
列車がトンネル内に入って外界の明かりと分断されると、車内はより一層暗くなった。
電燈が人影だけ何とか認識出来る程度に周囲を照らしている。
隣に腰掛けている人物の腕に私の腕が当たった。もう、邪魔だなあ。「腕、どけてよ」私が文句をつけると、「構わないだろう、別に」と相手は軽々しい返事を寄越した。それどころか、
しかし、どうやら利き手を預けて貰えるくらいには信頼されているようだ。
「クロロって、横暴」
「お前ほどじゃないさ」
粘膜。体液。細胞。手を介して、まるでクロロのすべてが染み込んでくるみたいだった。
肩にもたれかかる彼の重さが丁度良い。
「……ね、クロロ」
「……どうした?」
堪えきれない微睡みのせいで、徐々に目蓋が重たくなってくる。
真っ黒なカラスに襲われたって、きっとその正体に気付けない暗闇の中。辺りを見渡すと、いつのまにか私たち以外誰の姿も見えなくなっていた。
「クロロ……」
声が掠れる。
――がたん、たたん。
車内が、冷えてきた。失った体温を取り戻すには、既に遅すぎたようだ。
輪郭は闇に溶けて消えてしまった。
「……ドラ美?」
一体、どこで乗り過ごしてしまったのだろう。
これは最終列車だ。
――がたん、たたん。
どこに辿り着くのかは知らないけれど、
―― 一生をかけて
―― 私たちは
ゆっくり、ゆっくりと、進んでゆく。