大学院生と妹の日常






※沖矢は優への想いを自覚していますが、優はまだ無自覚。






連日組織の活動が報告され、その度にこちらも明美の妹に何か変わったことはないかと動くことになる


それが俺の元来の仕事な訳だが、
沖矢の日常に慣れつつある己には、どこか新鮮に感じて、


それでいて、今隣にいる優の存在が自然に思えて、可笑しかった。






仕事のたびに、彼女との約束をキャンセル、あるいはすっぽかしてしまうのだが、
優は少しむくれるだけで、本当に怒っている様子はなかった。



謝罪の言葉を述べると笑ってそれを受け入れ、どこか安心したような顔をするのだ。
優の表情から心配していたことが分かるからこそ、急用の理由を話せない罪悪感がより募った。


埋め合わせに約束した今日、工藤邸でゆったりと過ごしていた。
本当は外出でも、と思ったのだが


「家でゆっくりしませんか?」

優がそう言って車を出そうとする俺を引き止めた。






気を遣わせてしまったな、
優の優しさをくすぐったく感じながらも、嫌ではなかった。



そんなこんなで今、ソファーに腰掛け、共に過ごしている。
沖矢としての生活が悪くないと思えたのも、彼女と出会ってからだろう。


互いに課題や読書と違うことをして過ごしているが、それを残念にも、窮屈にも思わず、
隣にいて存在を感じているだけの、その何気ない感覚を、


温かく思う








久しく忘れていたそれは、優に出会って思い出した。
些細なことだけれど、俺の頬を緩くさせるものだった。




随分、
優との距離が近づいたものだと改めて感じ、


開いた本をそのままに、ちらりと優をみる。







自分の膝の上にノートを開き、学校の課題に取組んでいた彼女は
それをそのままに携帯をいじって誰かとメールをしているようだった。





「昴さん、告白ってどうすればいいんでしょう?」


「・・・はい?」





急にこちらに声をかけたかと思えば、優は何を言い出すんだ。
思わず気の抜けた声が出てしまう。



「大事な人に、どんな言葉で好きって伝えたら良いかなって。」


「すき、ですか・・・」



揺らぐことのない優の瞳がこちらを向いていて、冗談でもなんでもないと分かる。

むしろ揺らぐのは俺の方。






頭の中で彼女の言葉が反響し、じわじわと俺の心に黒い感情が広がっていくのが分かる

誰のことだが知らないが、彼女の中にいる”誰か”が気にいらない。






いま、この場にいるのだから、


優に一番近いのはこの俺でありたい




その考えがただの我侭であることは自覚していても、消せはしない



波紋の広がる内心をそのままに、努めていつも通り言葉を返す




「ずっと傍に、」

なんてところでしょうか。






「・・・ずっと、」





それは今度こそ、という俺の気持ちなのかもしれない。




身が裂けるような痛みを再び経験しないためにも、


俺はもう間違えてはならない。




どうしたらあの末路を回避できるのか、今はまだ、

答えが出ないけれど。





今度こそ。


その気持ちに嘘などない。






「えぇ。告白とは、少し違うかもしれませんが」

ありきたりな言葉ですし、と続け、おどけて見せた俺に、優は





「いいえ!素敵です!好きな人が傍に居ることって、当たり前じゃないですもんね。」

ありがとうございます、参考にします!


なんて言って、携帯の画面に向き直ってしまった。





当たり前じゃない、そんな優の言葉に改めて重みを感じながら、


彼女が誰を思い浮かべて俺に共感を示したのかやはり気になってしまう。





開いていた本を閉じて、優へとさらに距離を詰める。




「・・・それ、誰に送るんです?」


「クラスメートの萩原くんです」




手を止めることなく、答える優に蔑ろにされたような気分になり、

より一層の黒い感情が広がり、



思わず彼女の手にある携帯を、自身の手で覆うように握って邪魔をする。



「ちょ、昴さんっ、」


「嫌だ、といったら・・・?」



俺の行動に驚いた優は顔を上げた。



そして距離の近さに顔を赤く染めた仕草に、

今ようやく、優の中に俺が存在しているのだと気持ちが和らぐ




「え?」



知らない誰かを考えている優も、


その誰かに告白しようとしている優も、


俺が優の中に存在していないことも、嫌なのだ。








「今、君の傍に居るのは、この僕です。」


どうしようもない独占欲が内心に見え隠れする




優に気づいてほしいのは 俺という存在か


はたまた この想いなのか。






「・・・えっと、分かってますよ?」



言葉の意味を理解しきれていない優に、つけ加えて伝えようとした俺よりも先に、

口を開いたのは彼女の方。





「だから、この課題を早く済ませたくって」





「・・・・・・・・・課題?」




俺がいまだ握り締めている優の携帯と、課題の繋がりが分からず困惑する。


告白、ではないのか?




「えっと、国語表現という授業で、3人一組でリレー小説を書きなさいって課題が出たんです」




二番手の優は、先に書かれていた小説の雰囲気に合わせるために、告白の場面を描いたらしい。






「なるほど、」


己の呆れるほどの早とちりに、いつのまにか入っていた肩の力が抜ける。

それと同時に、安心感が広がる。



「さっきメールで急かされちゃって。私が書いたのをを次の萩原君に早く送らないと・・・。」

なので、手を離していただけると・・・、




困ったようにこちらを見る優の言葉に



ずっと握って覆ったままにしていた携帯を思い出し、そろそろと手を離す。






「僕は、てっきり優さんがクラスメートの子に告白するのかと」


「えぇ!?」
違いますよっ!!



距離を詰めるために寄せていた体を引き戻しながら、勘違いしていたことを話すと

今度は優のほうが驚いた顔をして俺に詰め寄った。




携帯を握っていることを忘れたように、手を忙しく動かして慌てる優


「昴さんと一緒に居られる時間は楽しくてあっという間だから、もっと大事にしたくて、

だ、だから課題を早く済ませちゃおうと思って、その、えっと・・・」






「・・・ずっと一緒にいられたら、良いのに、」



一度噤んだ、優の口から出た言葉に思わず目を見開いた。




俺が落ち着いて、反対に彼女が慌てる。

見慣れつつあるその様子に、やっといつものペースかと思いきや、


してやられた。



優から距離を置くように俺はソファーから立ち上がって、片手で顔を覆った。



側に置いていた本も巻き込まれるように音を立てて地面に落ちた。

しかし、そのようなことを気にしていられなかった。






先ほど俺が優に伝えた言葉を、今ここで使うことがどういう意味を示すのか、

きっと彼女の場合、それを無意識で使ったのだろうが、





それでも、深く捉えてしまう俺がいる




早鐘を打つ心臓と、心なしか温かくなる指先に、感じざるを得ない動揺

顔だけでもそれを隠そうと優から逸らす。



俺の行動を見て、優も自身が告白のような言葉を口にしたことに気づいたようで、



「あっ、ちがっ!!いえ、ちがくは、ないんですけどっ、そのっ!なんていうか・・・」


より一層慌てて弁解する。

俺につられるように立ち上がったようで、ノートの落ちる音がした。



「す、昴さん、聞いてくださっ、」


腕を引かれて振り返ると、目に入ったのは優の顔。


りんごと呼ぶに相応しい、真っ赤な顔が可愛くて、思わず笑ってしまう。

くすくす、と俺が笑うと



「もう!笑わないでくださいよぅ、」
なんて膨れっつらをして。


そして、
お互いに驚いたり、慌てたり、膨れたり、そんな目まぐるしく感情が変化していたこの状況を

なんだか可笑しくて思えて、今度は二人で笑いあった。



―――――――――――――――おまけ↓



一通り笑い終えたら

いつものような、和やかな雰囲気になっていた。





「驚いたり、焦ったり、なんだか忙しいですね私たち」


笑いつつそう言う優に頷いて同調する。


「そうですね、本も落としたままでした」


「あ、そうだった!私もノートがっ、」






本の側に落ちていたノートを俺が拾い差し出そうと頭をあげると、

仮にしゃがもうとした優の頭がすぐ側にあり、




「「いたっ、」」


案の定、ぶつかった。


先ほど治まった笑いがまたぶり返す。


「ふふふっ、」


「くっ、くく、」


どう過ごしていても、笑ってしまうのが、優と共にいる時の不思議なところ。



安らかなこの時間が なによりも、愛しい
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