カストル王子の発言をどうかお許しください。この国では階級社会故身分の線引きに厳しく多くの民が金を持たぬ浮浪者を嫌います。何を隠そう私も元は浮浪者の一人。ですが、カストル王子は出処の知らぬ私を技で評価し、従者として置いてくれています。ああは仰っておりましたが、国を動かす方々の中では誰よりも平和と安寧を希求する優しいお方なのです。ですからどうか、カストル王子のことを誤解しないでください。

「優しいお方ねぇ…優しさだけじゃ国は救えないと思うけど」
「ええ。アデル様のおっしゃる通りです。ですが、私は信じています。カストル王子は必ずやこの国を救ってくださると」

従者と主人、平民と貴族、同じ人として生まれながら対等な関係が成り立たない世の中では多くの民が貧しさに喘いでいる。生まれた時から引かれた深い溝を超えた者は未だおらず、貴族が作り上げた古い価値観が日向でひっそりと息をする者たちの足枷となり徐々にその細い首を絞めている。私も3年前まで首を絞められる貧民の1人だった。しかし偶然にもカストル王子の命を救ったことで、出処知らずの貧民を王子は従者として傍に置いた。嫌がる素振りも見せず、ましてや顔を顰めることなく、傷一つない高貴な手が薄汚れた手を掴み温かい日向へと連れ出してくださった。手に触れた瞬間、私は悟った。貧しき者に手を差し伸べ、身分問わず才を評価できる彼こそが、枯れゆくサヴァロンを救う唯一の希望であると。

「なるほどなるほど。貴女があの世間知らずな王子に仕えている理由はよーくわかったわ。それで、あの王子とどうなりたいの?」
「…どう、とは。どういう意味でしょうか?」
「好きなんでしょ。あの王子のこと」

アデル様はとても面白いことを仰る方だ。私が王子に好意を寄せている?日がな一日影に座り込んでいた貧民の私が将来国を背負い立つ第一王子であるカストル様をlikeではなくloveの感情を向けていると、傍から見てそう思われたのか。
勿論カストル王子の事は心から尊敬し彼の為に命を差し出すことも惜しくはないけれど、私は彼の隣に立つ権利がない。アデル様が指摘されたとおり、私のカストル様へ向けた信頼の矢印が知らず知らずのうちに愛へ変わっていたと仮定したとしてもだ。それを伝えることは一生ない。俗物な感情を抱くことすら浅ましく思うのにそれを伝えるなど、身の程知らずだ。

「いずれカストル王子は国の上に立ち、彼の隣には相応の方が並び立ち舵を取る。私の願いはカストル王子とこの国に生きる者達が皆陽の下で笑い合う光景を眺めること、彼の隣に立つことではありません」
「好きじゃないの?」
「…そういった目で王子を見た事がありませんから私自身よく分かりません。ですが、王子と国の為ならば、この命を捧げることも惜しくはないとは思っています」

誰の記憶にも残らず、影の中で静かに枯れていくだけの私に差し出された手の温もりを、温情を私は忘れない。あの方が大切に思う国を私も守りたい。そう熱弁する私にアデル様は興味が薄れたのか、つまらなさそうな顔で相槌を打つ。無理もない、職業柄国を転々とする彼女に愛国心など到底理解できないのだろう。私も昔はそうだった。けれど今は違う。

「アデル様、私から1つお伝えしておかなければならないことが」

大したことない言伝になればいいが、こればっかりはどうなるか分からない。だがこの国が荒らされる前に、王子に代わって私が釘を刺しておかなければならないと思った。国を愛する王子の従者として、また一人の愛国心者として。
ここ最近評議会で挙がる問題は水害のことばかり。放っておけば1年も経たずこの国は水に沈むと専門家は口を揃えて将来を危ぶんでいる。王子はこの国の現状を打開する策はないか日夜に頭を抱えていらっしゃる。しかし王子には申し訳ないが、私は水に沈む運命であろうとも今の生活が続くことを密かに願っていた。確かにこれ以上水嵩が増せば多くの家が水に沈むか流されるかで行き場のないものたちが多く生まれるだろう。だが、乾いた砂漠に戻ってしまえば益々貧困の差は広がり金をもたない者達は水も飲めずして死にその後に待ち受けるのは飢餓。
サヴァロンの水害は水のクリスタルが影響しているとグローリア王女は仰った。しかし3歩前をカストル王子に並んで歩く亡き国の王女に、この国のどこかにあるとされる水のクリスタルを発見し奪われでもしたら、カストル王子が王に即位する前にこの国は枯れ砂漠と化す可能性が高い。
水を失い滅びるか、水を守り沈むか。カストル王子がお選びになった未来ならば我々は甘んじて受け入れるまで。だが、部外者によってこの国の未来を狭めるような企みを抱いているならば、武器を向けることもやむを得まい。

「私はどんな手を使っても王子を守りこの国を救います。たとえ薄汚れた正義を掲げることになったとしても。あなた方を敵に回すことになっても」

あなた方は客人であることを、ゆめゆめ、お忘れなきよう。
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