長く生きて欲しい人ほどあっという間に人生の舞台から飛び降り、直ぐに貴方の後を追いますとみっともなく泣き喚いた人ほど遺言通り幕が下りるまで舞台に立ち続ける。私が心からお慕いしていた方は上弦の鬼と交戦しその身に背負った責務を全うしこの世を去った。享年20。あまりにも早すぎる幕引きに頭が追いつかなくて彼の訃報を聞き竈門君が私の元を訪ねてくるまでの数日間、私は彷徨うように邸や街を歩き回り炎を象った白い羽織を探した。信じられなかった。信じたくなかった。下弦の鬼を倒し無事無限列車の乗客を守り抜いた矢先上弦の鬼が突然奇襲を仕掛けるなんて馬鹿な話有り得ていいのか。煉獄さんだけが死んで鬼は逃走?巫山戯るな。巫山戯るな!なぜ、なぜよりにもよってこんな時に。

『みょうじ、お館様から聞いたぞ。次の任務成功の暁には甲に昇格するらしいな。流石は俺の継子、師として誇らしいぞ!』
『あ、ありがとうございます!あの、煉獄さん。そのことについて私から1つお願いがあるのですが』
『なんだ!』
『次の任務、無事私が戻ってきたら煉獄さんに伝えたいことがあります。お忙しいことを承知の上で、どうか私のために時間を作ってくれませんか』
『今じゃ駄目なのか?』
『い、今だと格好がつかないですし、それに心の準備が整っていないので任務後でお願いします!』
『そうか!ならば君は任務に集中し無事戻ってこい。時間ならいくらでもつくる。俺も話すべきことがあるからな!』
『...!!はい!』

時間、つくってくれると言ったのはきっとこういう意味じゃなかっただろうに。いつも以上に気合を入れて任務に臨み、休むことなく駆け足で煉獄さんの元へ走って帰っていた矢先、上空を旋回する煉獄さん鎹鴉から告げられた無慈悲な報せに私はその場から1歩も動けなくなった。無事任務から戻ってこいと言ったのは煉獄さんなのに、私だけが戻ってきても意味が無いのに。

『煉獄さんがなまえさんへ‘時間をつくってやれずすまなかった。共に昇格を祝いたかった’それとこれを渡してくれと煉獄さんから預かってきました』

嗚呼、なんであの日伝えることを渋ってしまったのだろうと涙ばかりが頬を伝う。欲しいとは一度も口にしたことは無かったはずなのに店先を通る度に視線を向けていたことに気づかれていたようだ。叶うなら本人から受け取りたかった。勝ち目がなくとも実った恋心の終わりを見届けて欲しかった。煉獄さんを連想させる色で丁寧に編まれた組紐を抱いて咽び泣く私を竈門君はすみませんでしたと頭を下げたが責める相手がこの場にいないことに怒り、ぽっかりと左胸に空いた空虚を埋めるかのように私は無心で刀を振った。花の頭を落とすかのように襲いかかる鬼の頸を落とし、消えていった命を背負いながら仲間と共に仇を討った。長く険しい戦いだった。右足と左腕を失いはしたが命は助かった。戦いの最中に発現した気味の悪い痣のおかげで強引に人生の終着点は定められてしまったものの、25を迎え瞼を閉じきる寸前まで、やるべき事、やりたかった事、全てを成し遂げ眠りにつく。納得のいく終わり方だったと思う。大切な人々に言葉を遺し、整った身形で別れを告げる。身寄りもなく、欠損した体では厨に立つこともできない私を気遣い千寿郎君は甲斐甲斐しく世話を焼き最後までずっと手を握ってくれていた。槇寿郎さんは言葉の代わりにたくさんの花や菓子を贈ってくださり、炭治郎君や禰豆子ちゃん達が見舞いに来てくれたから一日一日と消費されていく日々に怯えることは無かった。もう継子でもなければ鬼殺隊でもないのに皆優しかった。温かかった。もう一日長く生きられたらと思ってしまった。目を閉じると暗闇のなか懐かしい声が聞こえてきた。ふと腕に目をやると巻いていた組紐がグンっと前に引いて、導かれるまま生じろい両足で必死に走った。この先に私を待っている人がいる。そんな気がして、揺らめく炎がほおっと白を浮き上がらせた瞬間、私はあの日からずっと探していた白い羽織を引きちぎる勢いで掴み名を叫びかけたが。

「えっ、あ。うわぁっ!!!!!?」
「なまえちゃん!!?大丈夫!?」

夢と現実の境目に躓き盛大な音を立て私は研究棟の階段から転がり落ち捻挫した。間抜けなことに全治2ヶ月の重傷を負い。選択科目の単位を2つも落とす羽目となった。

韓ドラって案外作り話じゃないんだなぁと何も知らずに作り上げた人間関係を俯瞰し軽く2ヶ月は頭を抱えていた。誰かが仕組んだと疑わざるを得ない人生。まさか私の周りにこれほど昔の知り合いが集められていたなんてなんと世界の狭いことよ。役者はそのままに台本と衣装を変えたような世界は自分本位の都合がいい夢に思えてしまうが、何度頬を抓っても冷めない夢にこれは苦労を重ねた分のご褒美なんだと見慣れた顔とすれ違う度に口角が上がらずにはいられなかった。誰も夜に怯えることなく馴染み深い顔ぶれ憑き物が取れたような清々しい表情を浮かべ平凡な人生を淡々と生きている。その無邪気な表情を見た限り彼らに前世の記憶は無いのだろう。自然とかつての繋がりに導かれ会うべく人々は肩を並べ、かつて肌身離さず身につけていたものは自然と手の中に収まっている。信じられるだろうか?当時流行っていた映画のヒロインに憧れ修学旅行先で友達とお揃いで買った組紐が、まさか大切な人から贈られた物と同じだったなんて。スピリチュアルも迷信も信じてはいないが、今回ばかりは運命の存在を認めざるを得ない。それと、組紐に関連して良くも悪くももう一つ私は運命のイタズラに弄ばれていた。良いことというのは今働いているバイト先に煉獄さんが私の後輩として働いている。悪いことというのは煉獄さんには既に彼女がいるらしい。

...あーあ、前世の記憶なんて思い出すんじゃなかった。
バイト辞めよ。

「店長から話は聞いた。ここを辞めるんだってな」

誰にも言わないでくださいとお願いしたのに顔の良さに押され店長がうっかり口を滑らせたのだろう。更衣を終えバイト先から出ると乗ってきた原付の傍で待ち伏せていた煉獄さんはお疲れ様と手を振りまだ温かい缶コーヒーをくれた。ずっと待っていたんですか?煉獄さんは赤い鼻でそれほど長く待ってはいないと嘘をついた。

「ようやく足の怪我も完治してバイトに復帰した矢先に辞めるとは君らしくない。何か嫌なことでもあったか?まだ足が痛むか?俺でよければ相談にのるぞ」

捻った方の足はもう痛くありません。でも泣きたくなるほど嫌なことはありましたが貴方が幸せなら記憶ごと感情を押し殺します。
講義に関しての悩みかと問われ予期せぬ被弾に視線が泳ぐが急にバイトを辞める理由にしては浅いかと深く考え込む煉獄さんに私はそっと息を吐いた。救われない。報われない。前世では気持ちを伝えることは叶わず、今世では想い人が目の前にいるというのにどう足掻いても玉砕一択の結末しか用意されていないなんて辛すぎる。

「ありがとうございます。でも大した理由じゃないので」

記憶が戻る前の私も密かに煉獄さんに恋心を抱いていた。けれど明朗快活で誰に対しても分け隔てなく接する人柄と目を惹く容姿に世の女性が放って置く訳もなく、ある日彼の口からとび出た女性の話に私は開きかけた恋心をグシャリと握り潰した。何も知らなかった頃の私は握り潰した恋心に未練などなかった。よくある話だ。私が抱いた恋心はアイドルに向ける憧れのようなもので愛や恋のような頬を染めるようなものじゃなかった。アイドルのスキャンダルは少なからず胸にクルものはあった。けれど人として心から尊敬できる煉獄さんが見初めた人なら外野は黙って幸せを願うだけだとたまに彼が口にする惚れ気に嫉妬心などなかった。
今は...ちょっと憎い。でも幸せになって欲しい事だけは変わらない。ただ私が知らない場所で幸せになって欲しいと可愛げのないことは思ってるけど。
悴んだ指先を貰った缶コーヒーで温め2人で原付に寄りかかる。指先の震えが止まるまでくだらない事でだべって、髪を縛った組紐に気づかれた時はちょっと期待したけど、よく似合っていると褒められ、それ以上の進展がない会話になんとも言えない気持ちになる。反応を見る限り前世など何一つ覚えていないのだろう。覚えていたところで報われることは無いのだけど。
もっと早くに煉獄さんと出会って気持ちを伝えていれば私にもチャンスがあったのだろうか。当時は煌めいていた『元継子』の肩書きも今となっては使い道がない。

「組紐の髪飾りとは珍しいものをつけてるな。誰から贈られたものだ?」
「贈り物じゃないですよ。修学旅行先で買ったんです」
「そうか!」
「珍しいですね、煉獄さんが女性の小物に反応するなんて」
「ハハ、実は君が結んでいる飾りが以前彼女に贈ったものにそっくりでな!つい不躾に見つめてしまった」
「そうですか。まあ映画の影響で一時期流行りましたから」

相も変わらず女心がわかっていない人だ。気に触ったか?なんてケロッとした顔で言うものだから八つ当たりしてやろうかと意地の悪い考えが幾つも浮かんだが何を言ってもこの人には響かないだろう。取り合うことを諦めた。心機一転を兼ねていっそ髪ごと切ってしまおうか。
シュルりと組紐を解き鞄にしまう私へ煉獄さんは突然顔を覗き込み笑いながら言った。

「妬いたか?」

鬼がいない世界では煉獄さん程の人格者も遊ぶことを覚えるのか。そういえば彼の友人には宇隨さんがいた。きっと彼経由で学んだんだろう。妬いた?違う、惨めだ。家柄、能力、人間性、何をとっても釣り合いが取れずいつの時代も気持ちを伝えることすら叶わないのに愚かにも私はこの人に恋心を捧げずにはいられない。煉獄さんから見た私はどんな存在なんだろう。都合の良い話し相手なら顔を合わせるのはこれっきりにして欲しい。

「...もし私が妬いたと答えたらなんて答える気ですか?」

夜とはいえ赤らんだ頬を見られたくなくて顔を覆い我ながら虚しいことを口にしてしまったと後悔が押し寄せた。忘れてください。目を丸くした梟のような瞳に私は堪らず肩をおしのけ原付の鍵を握る。どいてください。いつもより大きな声を出したというのに煉獄さんは今も尚原付に寄りかかったままどいてくれない。
忘れて欲しいと言ったのに丁寧に失言へ返答を返そうとする煉獄さんに私は咄嗟に両耳を塞いだ。けれど聞いてくれと優しい声音で耳を塞ぐ両手を取った煉獄さんは吊り上がった眉をふにゃりと力を抜き、膝を曲げ視線を合わせた。

「嬉しい、そう答えているだろうな。好いた女性に2度慕われる。これに勝る幸せが他に思いつかないんだ」

言葉の意味がわかるかと言われ首を縦に振る。
抱きしめてもいいかと聞かれ、コクンと頷いた直後背2回った両腕が抱き上げるように私の踵を浮かした。すぐ左耳から聞こえてくる心音は私の心音と共鳴するように早く、強く、鼓動している。目の前の温もりに顔を埋める私へ煉獄さんは気が済むまで泣いてくれと背中を叩き見上げる濡れた顔にふっと息を吐くと親指の腹で涙を拭った。

「よもや俺が気付いてないと思ったか?様子が可笑しいことくらい目を見ればすぐ気づく。なにしろ今日の君は一度も俺と視線があわない上に『彼女』の話題を振った途端眉間に皺を寄せていたからな!うむ、いつもより表情が豊かでつい度が過ぎてしまった!すまん!」
「...ホントですよ。ホントに...人の気も知らないで!」

ややこしい言い方しないで下さい!と目の前の胸板に加減せず拳で叩いていると反省の色が見えない笑い声に私は腕の中から抜け出した。もうしりません!と背を向け歩いて帰ろうとする私を慌てて引き止めた煉獄さんは「悪かった」と目を伏せ、燃えるような瞳で

「あの日、自分の声で君に伝えたいことがあった。聞いてくれないか」

長く空っぽだった心に希望を注いだ。
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