「なまえちょっと太ったか?ズバリ0.8kg!」
ははっ、オーナー様ったら冗談がお上手なことで。笑いすぎてせっかく温めなおした料理がすっかり冷めてしまったではありませんか。
華の金曜日、午後8時に発生した小火。気持ち少なめによそったカレーをちまちまとアイス用のスプーンで掬う彼女に向けて放たれたキョダイゴクエンはガラスのハートを溶かすには十分すぎる火力だった。今日はリザードン級のカレーを作ったはずなんだけど、私のカレーだけドガース、否マタドガス級だったらしい。辛みに似た痛みが舌を刺激し食欲を削ぎ落としていく。ただスプーンを置いただけなのにダンデさんってば肩を揺らしたりなんかして可笑しな人。何をそんなに怯える必要があるのか、私にはさっぱり分からない。
「なまえ、もしかして怒って...」
「怒る?どうして私が怒る必要があるのですか??コンマ単位で事実を指摘され逆上するなんて可笑しいじゃないですか」
こんな小さなことで怒っていたら3度もデートをすっぽかされて笑って許すことなんてしませんよ。半分以上残ったカレー皿を持って席を立つ。不思議とお腹はいっぱいで、これ以上一口も喉を通りそうにない。私のことは気にせず、ダンデさんはたっくさん食べてください。事務作業の私に比べ、書類仕事に、会議に、バトルに、消費したカロリーをどうぞ思う存分摂取してくださいな。0.8kg増量した私に構わず。
いそいそと食器を片付け椅子を食卓の下に入れる私へダンデさんは慌てて口に含んだカレーを飲み込みカウンターに置いたファンシーな箱の存在手に取った。何も言わずに放っておいてくれたら7時間の睡眠で穏やかな私に戻れただろう。しかしその日の問題はその日のうちに片付けておきたいタイプのダンデさんは大人しく自室に篭らせてはくれない。
「そ、そういえばキミにドーナツを買ってきたんだ。イライラした時は甘いものを食べた方がいいとソニアも言ってたぜ!紅茶を入れてのんびり映画でも」
「結構です」
自分でも吃驚するくらい冷えきった声が喉を震わせた。0.8kg肥えた事は見抜いたクセにどうして人の感情はこうも疎いのか。浮かべた笑顔が愛想笑いである事に漸く気づくなんて遅すぎる。食事中であるにもかかわらず、体格を忘れ飛びついてきたダンデさんは丸みを帯びた体を横抱きに抱え上げると広いソファーに腰を下ろした。無駄の無い筋肉質な体に抱きしめられ、芽生える無用な嫉妬心が包む温もりを強く拒む。今はそんな気分じゃないの。ムッと唇を尖らせ厚みのある胸板を押し足をばたつかせる。しかし私の気分などお構い無しに急に降り出したキスの雨に瞼を閉じた途端、赤い二枚貝の隙間に潜り込んだ意地悪な舌が焦れったく上顎をなぞり、膝裏に回っていた手は不安定な後頭部を掴み手繰り寄せた。角度をつけ喉奥へと逃げる舌が絡め取られると無意識に擦り合わせた内腿がジットリと汗をかき居心地悪く腰が浮く。
拒んだ熱が喉の奥へと流れ落ちていく感覚はアルコールが喉を焦がす感覚とよく似てる。粘着質な水音が弱った耳朶を丸め、コクんっと喉が控えめに上下する。敏感な味覚が捉えた香辛料の刺激、私だけの色に菖蒲が混ざる。立てた指の関節が緩やかに弛緩し力なく寄りかかる体を抱き締める筋だった手の甲は触れた二の腕の柔らかさに顔をゆがめた。火照ったはずの頬は真冬の寒さに充てられたかのように冷たく色を失っていく。嗚呼、だらしがないと思われた。上から降り注ぐ視線に体を縮こまらせ、酸素を取り込むことに夢中な口に代わって握った拳でドンッと胸板を叩けば、ダンデさんは暴れる手首を掴み親指と真ん中指の先を輪っかのようにくっつけた。
「なぁなまえ、そんなに気にすることないだろう?今の君ですら細すぎるくらいなんだぜ。これじゃあ抱き締める時うっかり骨を折ってしまいそうだ」
見てくれ!人差し指もくっついてしまった!!
微かにくっついた爪と爪にホントですねと相槌を打てるほど己の丸みを許容することはできない。燃費が悪い上に脂肪がつきやすい体はたった0.8kgと言えど、太腿の隙間を操作するには十分すぎる増加量。ダンデさんは体型よりも骨の安全を気にしているようだが、私は太腿の隙間を守るためなら何本骨を犠牲にしても構わない所存だ。目標はルリナさんのような健康的で体幹のあるモデル体型。撮られる予定は今のところないけれど、ダンデさんに見初められた女性なら誰だって彼の隣を歩く為に身の丈に合わないヒールを履きたくなるものだ…たぶん。
それなのに安全第一なダンデさんは、いつかのデート時に足を捻ったらどうするんだ!とせっかく叶った二足歩行を褒めることなくハイヒールを脱がせたのだから、私がアイスクリーム用のスプーンでカレーを掬って食べる行動もあまりよく思っていないのだろう。ダンデに見合う女性像へ近づきたい。私の涙ぐましい努力を邪魔する人がダンデさんとは、なんとも頭が痛い話だ。
「ダンデさんに複雑な乙女心は一生理解できませんよ」
なんでもかんでも口に出せばいいってものじゃないんだぞ、両頬を摘んでよく伸びる口だなぁとまじまじと見つめていると、みるみる輝度を落とす瞳にヒュっと喉が鳴る。言葉よりもずっと雄弁な表情に身を捩り体を起こす。ドクドクと体に悪い心音を抑え立ち上がる。しかし改札のバーの如く行く手を阻んだ太い腕は寄りにもよって細いと笑った手首ではなく自信が無い腹部に巻き付き、グンっと抗えない磁力に引かれて筋肉質な椅子に体重が乗った。せめてつま先だけでも。浮いた両足を床に伸ばしささやかな抵抗を見せるなまえは躍起になって組んだ太い指を外しにかかる。しかし首筋にかかる擽ったい笑い声は彼女の奮闘を微笑ましく頭上から眺めるだけ。腕の拘束を緩める気は無いらしい。
「ははっ、君が言う通り俺には乙女心ってやつが理解できないらしい。だがそれはお互い様じゃないか?」
お互い様?なんとも意味深な言葉を用いたダンデになまえは目をぱちくりとさせる。どういうことなのか、意味を問いただすために振り向く私へダンデさんは考える暇は与えないぜと肩口に顔を寄せると耳にかけた煙のような吐息に肩が大袈裟に跳ね上がった。ねっとりと焦らすように首筋を這うあつい舌、逃げるように体を傾けるなまえは捲り上がり露となった臍に気が回らない。カリカリと浅い縦穴を弄る短い爪が柔い肌を滑る。そして僅かに残るクビレらしき跡地に嬉しさのあまり無防備な首筋へ歯を突き立てたダンデになまえは痛みを押し殺すように力が入った足先をピンッと前に伸ばし巻きついた腕に爪を立てる。じっとりと背中に張り付く濡れた衣服が落ち着かない気持ちを助長する。開く唇に歯を立て、伸びるように背をしならせるなまえにダンデは絶えず距離を取りたがる腰を引き寄せては割れ目の無い腹部へ指の腹で渦を描く。1周する度に首筋に咲く赤い華が徐々に体温を上げていき、ふと気づいてしまった腹部だけに生じた温度差に恐る恐る視線を下げる。すると待っていましたと円を描く大きな手はなまえの静止も構わず無慈悲にも持て余した肉を摘んだ。
「良い肉付きだ。抱き心地もリザードン級だぜ!」
「や、やめ!ほんっとに、その喩えだけは怒りますから!!」
「怒る?何故怒る必要があるんだ??俺は俺が思いつく最上級の言葉で君を褒めたつもりなんだが」
それで喜ぶのは貴方だけだ。
白い照明の下、怠惰に怠惰を重ねた肉を隠そうと懸命に捲りあがった裾を下ろす両手。力の差を認め、せめてたるんだ胴回りだけは視界に入れて欲しくないと恥じらえば、摘んだ肉を揉みしだく大きな掌はスルスルと下へ降り、スウェットのゴム紐を悪戯に弾いた。クンっと息を止め冷や汗を流すなまえへダンデは畳み掛けるように真っ赤な耳へ齧り付く。そして腰から腸骨の膨らみを滑りながら器用にズボンをずりおろすと袖を掴む片一方の手を攫いモジモジと擦り合わせる内腿の間に埋めた。
「なまえはどこを触っても柔いな。ウールーを抱きしめている気分だ」
掴んだ手に指を重ねぐにゅりと腿に指がくい込む。指摘されてる訳では無いと理解していながら、理想とかけ離れた姿を暴かれ、まるで見せしめのようだと悲観的に捉えてしまう。痩せないと、これではクッションに指が沈んでいるみたいだ。加減を知らない握りに堪らず腰を引くと不自然に熱を持ったストッパーにぶつかりカーッと頭が沸騰する。いつからそういう方向に流れていったのだろう、何も考えず無地の黒い下着を選んだ自分が許せない。耳を責めた生温い吐息に足の力が抜けると内腿を怪しく撫でる手が追い詰めるように上に昇る。待って!と腕を掴んだ。不服そうな黄金の瞳は待たない!とビクついた耳にリップ音を送る。
「なぁ、なまえ。君が望む理想の体型ってやつはきっと思わず手が出るほど魅力的なんだろうな」
振り切った羞恥心にホロホロと流れ出す雨粒に吸い付くと伸びたままの膝裏を抱え自らの膝皿に両足を引っ掛ける。自身の太腿の上で持て余した肉が潰れ広がる光景をうっとりと見つめては赤く熟れた頬へ擦り寄るダンデだが、濡れた割れ目に下着が食い込む心許ない感覚に慌てて左手で覆い隠すなまえはそれどころじゃない。それなのに彼はお構い無しに足を開き言葉を紡ぐ。
「だが俺が一番好きななまえは好きなものを我慢する姿よりも好きなものを前に幸せそうに口いっぱいに頬張る君なんだぜ」
滑り台のようにずり落ちる体を抱きとめたダンデはなまえの腕を掴み首に回すと落ちたズボンをそのままにヒョイっとまた抱えあげる。息がかかる距離、彼が詰めないわけがなかった。下着の違和感が消え安心するのも束の間、ズボンを剥ぎ取られ照明の下に晒されたどこもかしこも締りのない体になまえは堪らず濡れた顔を両手で覆う。弱々しく吐いた「電気、消してください」の言葉にダンデはキョトンっと目を丸くした。しかしなまえの表情を察して珍しく言葉に含ませた裏の意味が分かるまで咀嚼したダンデは「なまえは気が早いな!」と下がった肩が跳ねるような冗談を挟み、暗く沈んだ彼女の為に足を止めた。
名前を呼ばれた。でもどんな表情を作ればいいか分からなくて、両手を顔に貼り付けたまま、指の隙間から瞳だけを覗かせる。扱いづらい奴だと表情の裏側で舌を打たれたかもしれない。叩きつけられるお別れに震え視界の真ん中に捉える勇気が出ない私の代わりに、二ィーっと口角を上げた太陽が背を曲げて濡れた瞳の奥まで覗き込んだ。
「体重なんて気にする必要なんてないさ。運動ならいくらでも付き合ってやるし、それに、太ろうが痩せようが、君の隣は俺のものだろう?」
嗚呼、悔しい。二日前に誓ったダイエット宣言が崩れ落ちた。鼻をすすりながら触り心地が良くなった両頬をペタペタと触る私を見て頭上からケラケラと笑い声が降る。何がおかしいのかと問いただすと、震えた声は膨らむ頬に遠慮なく、ホシガリスが頬袋の詰まり具合を確認する動作に似ていると言い放った。なんてデリカシーがない人なんだろう。いや、それがダンデさんか。なんでもポケモンに例えたがる上に、平気で野生のポケモンを素手で捕まえようとする野生児。可愛さよりも強さ、見た目よりも中身…あと感触。私が男なら絶対足が細くて砂時計のようなクビレもちで、高いヒールを履きこなす女性を選ぶのに、食欲旺盛でぺったんこ靴がお似合いなちんちくりん好きとは、物好きな人。
「もし私がホシガリスになったら、ダンデさんが責任とって貰ってくださいよ」
「ああ!任せてくれ!!責任をもって君を進化させ立派なヨクバリスに育ててみせるぜ!」
「…そういうところですよ。もう!」
躊躇なく人の感情を踏み荒らし乱すくせに、損ねた機嫌の取り方だけは一丁前に心得ているなんて、弄ばれているようでなんだか悔しい。少しでも心が乱れろ!と肩に手を置き、めいいっぱいに首を伸ばす。そして何とか届いた褐色の肌へ唇を押し当てると寝室へと向かう歩く速度が速くなったような。今日は何時に眠れるだろうか。寝室の扉が開かれベッドに下ろされる寸前、グルグルと唸り声をあげたお腹に鳴らしたなまえは勿論の事、ダンデも動きを止め僅かに凹んだ腹部を見つめる。そういえば朝は食パン一枚、お昼は野菜サラダ、夕食はご飯抜きカレーと自分にしてはかなり制限が効いた食生活を送ったような。毎日お代わりありきの生活を送っていたのだ、お腹が鳴るのも無理ない。
「…お腹がすいたのでドーナツが食べたいです」
性欲よりも食欲を訴えた私にダンデさんはパンツの端を指に引っかけたまま「食べながらでも構わないが?」なんて冗談にしては随分熱が篭った目で提案してくるものだから私は容赦なく邪な胸を叩いた。もう!!
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