「なまえがいて助かったよ〜他の衣装係の子達全然捕まらないし、危うく背中丸出しでハムレットと共闘するとこだったよ」
「なんかいつ聞いても凄いストーリーだよね。でも役に立てて良かったよ。午後の劇頑張ってね」

手直しありがとー!と嬉しそうに体育館へ向かうジュリエット役の子に手を振ると針刺しのまち針の数を数え道具箱に直していく。骨が折れる仕事だったけど演者があんなに喜んでくれたなら頑張った甲斐があったというもの。後で完二君に出会ったら衣装係の子の分までお礼を言わないとなぁとなまえは広げた裁縫道具を箱にしまい壁にかかった時計に目をやった。時刻は午前11時29分。劇は午後一番だから劇が始まるまでの間私も文化祭を満喫しに行くかと珍しく軽い鞄を肩にかけた時、まるで道場破りのごとく2年1組の扉を豪快に開いた女番長になまえはポカーンっと口を開け引っ掛けたばかりの鞄の紐が肩からずるりと滑り落ちた。

「俺を漢にしてくれ!!」
「…えーっと。もう立派な男の子だと思うけど」
「あ、間違えた。俺を女にしてくれ!!!」
「えっ!!?あ、はい!了解であります?」

転校生かと思った。八高のセーラー服に身を包みスケバン姿で現れた悠になまえは瞬きを繰り返しながらどうぞこちらにと椅子に座らせた。俺を女にしてくれ!!!と野獣さながらの勢いに押されつい承諾してしまったなまえだがわ殆ど仕上がった格好を前にどこを手に着けたらいいか困っていた。素で美人な悠を前になまえは困惑しつい「もう十分女の子だと思うけど」と言葉を漏らした。しかしこの程度じゃまだ足りないと謎の探究心を燃やす悠から「これをつけてくれないか」とそっと渡された銀色のつけ毛になまえは準備の良さに目を丸くした。けれど、まぁ面白そうだからいっかとジュネスで買ってきたであろうパーティーグッズ感漂うつけ毛の使用方法を一通り目を通すとまぁ任せてよと自信満々に親指を立てた。

コンセプトは『女番長』だと聞いてなまえはだろうなと心の中で呟きながら手際よく人工的に伸ばした髪を編みゴムで結びしっぽを作った。そういえば使い残ったリボンがあったはず。ただの髪ゴムじゃ味気ないし編み終わったら結んであげよう。

「鳴上君。これを聞くのも今更なんだけど、こういうのって私じゃなくてりせちゃんや完二君に任せた方がよかったのでは?」
「みょうじは器用だから俺が弄るよりも綺麗に仕上げてくれると思って。それにりせはミスコンの準備で忙しそうだし、完二と陽介は天城と里中に捕まって下準備してる。多分今すね毛剃りにいってる」
「さいですか」
「あ、ちなみに俺はもう剃ったから」
「聞いてない聞いてない」

人のすね毛事情なんて塵ほどにも興味無いよ鳴上君。
見るか?と返答も待たず嬉々としてスカートをたくしあげる悠になまえははしたないから止めなさいと顔をほんのりと赤く染めた。なんだろうなぁ。くるぶしソックスにミニスカート姿の女子高生よりも刺激が強そうな光景になまえはキュッと目を瞑るがその間も器用に髪を編みしっぽを作った。可愛らしさを演出するためにゴムを隠すようにリボンを結ぶと中性的な顔立ちも相まってそう言えばこんな生徒がいたような?と謎の錯覚に頭が混乱する。似合いすぎて新しい自分に目覚めたらどうしよう。こんな仕上がりですと鳴上君に手鏡を渡すと彼はさっさと重たい前髪を払いこの分なら優勝狙えるかもしれないと嬉しそうに手鏡を返した。鳴上君、優勝狙ってたんだ…いや、参加するからには優勝を狙うというのは条理だけども。

「ん?どこかおかしいところでもあるか?」
「いや、なんというか…その」
「うん?」

とんでもない作品が誕生してしまったのではないか。彼の優勝に対する本気度合いが感じられる仕上がりに自分よりも女の子らしい雰囲気になまえは1種の敗北感を味わっていた。化粧せずにこのクオリティは間違いなく女子の反感を買う。今からでも化粧でお笑いに持っていこうかとも考えた。しかし本人の満足そうな顔を見てしまった手前下手に弄って笑顔を曇らせる訳にも…

「2年2組の鳴上悠子です。趣味はチェンジと合体で好きな異性のタイプは家庭的な人です。よろしくお願いします」
「きゅ、急にどうしたの?…怖いよ?」

もしかして何か取り憑いた?それともついに自分の可憐な格好に目覚めてしまったのか?とりあえず塩まいとくかと提案するなまえに悠はその必要は無いと首を横に振りちょっと昨日を思い出しただけだと長い足を揃え可憐に少し斜めに傾ける。

「俺たちのクラスの出し物が合コン喫茶でさ。昨日女子役に回った時この格好で接客したら客足が増えたのかもなーって」
「…なるほど。なるほど?」

確かに悠子の完成度が高いことは認めるが、だからといって悠子が接客しても集客力はさほど変わらないのでは。しかし自信に満ち溢れた顔で平然と呟く悠子にまぁ彼女がそう言うならそうかもしれないなとなまえは深く考えることをやめた。
合コン喫茶はそこそこに繁盛したのかと尋ねると鳴上君は首を横に振りながらも近くの椅子に手を掛けると自分が座っていた席の正面へとセッティングした。ただ私は合コン喫茶の繁盛具合を聞いただけで『えー!私も参加したかったなぁ』とは断じて言ってない。しかし鳴上君は「どうぞ着席なさって」とまた可憐なお嬢様言葉を使って着席を勧めるものだからちょっとだけ茶番に付き合ってあげるかと苦笑いを浮かべながら恐る恐る用意された席に座った。

「ところで貴女お名前は?趣味と好きなタイプも答えてくれるかしら?」
「なんでおねえ口調?」
「細かいことは気にしちゃダメよ。あとこの質問は里中や天城にも答えてもらってるからパスはなしね」
「ここ2年1組の教室で合コン喫茶の会場じゃないんだけど…あとなんかノリノリだね悠子ちゃん」

これ、鳴上君と合コンする設定になっているみたいだけど、この場合男役って格好の気合いの入りようからいって私が演じなければならないのだろうか。合コン初参戦者にはハードルが高すぎるんだけど。

「2年1組みょうじ なまえです。よろしくお願いします」
「趣味と好きなタイプ」
「えぇ…趣味は裁縫と散歩かな。好きな男性のタイプは…なんだろうなぁ。そこそこにお喋り好きで人の気持ちを察することができる人、かな」

無神経な人はちょっと嫌だなと苦々しく吐露すると鳴上君は何かを理解したとばかりに頷き綺麗な笑みを浮かべて私の手を取った。これも合コン喫茶の対応マニュアルに書いているのだろうか。何するんだろうとジーッと灰色の目を見つめていると彼は意味深に鼻の抜けるような笑いを零しギュッと手を握った。なんだろう、怖いんだけど。心の底から。

「ふっ、なるほどな。どうやら俺たちは運命の赤い糸で結ばれているようだなっ!」
「鳴上君…キメ顔の中大変言い難いことなんだけど…パンツ見えてる。足閉じようね」

タイツ履いててもスカートの中身は気をつけようねと開いた両足を閉じてあげると鳴上君は再び悠子に戻り、すんっとした顔でそっと両足を閉じた。いや、それどういう感情?
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