今から語る話はある女が酒で失敗した体験談だ。最初に断っておくが、これは私の同僚の友人の妹の幼馴染が体験した話であって、私はただ酒場の席で同僚から聞いただけ。誤解しないで欲しい。私は女神に仕える清廉潔白な騎士である。女神の教えに従う聖職者として、白銀の鎧を纏う騎士としてあんな罪深く愚かな行動に私が走るわけがないだろう。私はただ話を聞いただけ。そう、聞いただけなんだ。
さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろうか。それで、その同僚の友人の妹の幼馴染から聞いた話なんだが、偶然にもその人は私と同じ年齢で、実家に帰る度に両親から結婚はまだかと急かされることにかなり頭を抱えていたようだ。職に就いて3年。仕事を覚えてようやく上司から一人前と認められるようになった時期。当然彼女に家庭を持つ余裕などなかった。それはいつか自分も結婚するだろうと思ってはいたけれど、今じゃないだろと彼女は結婚の話が出る度に常に首を横に振った。けれど古いしきたりが根強く残る大陸では気持ちが整わずとも女は早く結婚し子供を産むことが親孝行だと年老いた人々が傲慢に説教を垂れるからそれはもう耳が痛い痛い。
正直結婚なんて自分の人生には必要ないとさえ思っていた。異性よりも使命が彼女にとっては大切だった。男よりも女神様へのお祈り。彼女は敬虔なセイロス教徒だったのだ。けれど周りは許してくれそうにない。結婚、結婚、結婚!…結婚か。どうせ結婚しないといけないのならせめて好きな人と結婚したい。あったことも無い人といきなり結婚しろなんて真っ平御免だ。
真剣な顔で結婚観を語った彼女は職場先で出会った素敵な彼氏を見つめながら密かに明るい未来を描いていた。優しくて、気配り上手で、1日中談笑しても飽きを感じさせない3つ年上の先輩はまさに理想の結婚相手だ。一生気楽な独り身生活でも別に構わなかっただろうが、彼と出会ってからは家庭を持ってもいいなぁと明るい声が響く家を想像し彼女は幸せそうに寂しい左手の薬指を揉んだ。そしてその数日後のことだ。未来を描いた恋人に彼女はこっぴどく振られた。理由は鼻で笑いたくなるようなとてもつまらないものだった。

「お客さんそろそろ止めときなって。飲み過ぎだよ。顔真っ赤」
「飲まんとやってられんのですよ…信じられます?1年も付き合ってた人に振られたんでよ。しかもその理由何か分かります?めんどくさいって。めんどくさいって言われたんですよ!?しかも性格の方じゃなくて、夜の方で!!はぁーあっ!?私は聖騎士として清らかな身で子供たちに教えを説き、また主の教えを真面目に守ってきただけなのに、なんで浮気男にそんなこと言われなきゃいけないんですか!処女の何が悪いって言うんですか!!!経験回数零の方が仕込みがいあるでしょうが!!」
「いや、あたしに言われても…はいはい、とりあえずお酒はこれで終わり。ほら、水飲んで。店が閉まるまでここで泣いてていいからさ」
「ああ、まだお酒入ってるのにぃ〜!」
「やめときなって。ほら、水飲みな水。おっと、お兄さんちょーっと待っててくれない?先にこっち片付けるから。とりあえず何人分だい?」
「13人分頼む」
「はいよ。すぐ用意するから待ってな。ほら、アンタはこれでも食べて落ち着きな。悲しいかもしれないけどさアンタまだ若いんだし、男なんてそこら中にいるじゃない?」
「...別に恋人ほしいわけじゃないし、結婚願望もないし。ただこの人とならまぁいいかなぁーって思ってた人が襲いかかった挙句勝手に幻滅されて、その上浮気相手と比較された私の気持ちわかります!?ねぇ!?」

まぁ貴方は分からないでしょうね。誰かと比べられた事ないって顔してるし。比べられるって言うよりも、比べる立場なんでしょ、男ってそういうの狡いですよね。

「すまない。そういった話はジェラルトに聞かないと分からない」
「はぁ?じぇらるとぉ??はっ、なーんだ貴方も彼女持ちですか…羨ましいですね、格好良い人はみーんな可愛い彼女がいるんですよ。そうして私みたいな堅物で面倒くさくて仕事しか頭にない売れ残り処女は股かけられていることに気づかないまま都合のいい女として弄ばれるんだぁ…」
「お兄さん嫌なら嫌って振りほどいた方がいいよ。この人だいぶ酔ってるから相手するだけ疲れるよ」
「…力が強いな。振り解けない」

ううっ、あの人もそうだ。あの人もお前は力が強いなって遠回しに私を馬鹿にして。武器を振ってたら力が強くなるのは当然じゃないか。鍛えてるんだし。鍛えなきゃ何も守れないのに。あー嫌だ。そんなにか弱い女の方がいいか。こう見えて私家事全般得意だし、力仕事も1人でできるし、手がかからないのになぁ。やっぱり手がかかるほうがいいの?でも手がかかると面倒臭いって捨てられるしもう意味わかんない。

「ねぇ、処女はそんなにめんどくさいですか?怖いものを怖いと言って何が悪いんですか?今は嫌だと伝えたらじゃあもういらないって捨てられたし、朝が来たら嫌でも仕事場で顔を合わせなくちゃならないし」
「辛いなら職を変えたらどうだ?騎士の肩書きがあれば傭兵や用心棒として働けるぞ」
「お兄さんはなーんにもわかってない。わかってない!今の仕事以外に女が一人で生活出来る道はないんですよ。良いとこの傲慢なお坊ちゃんと結婚して一生周りの顔色を伺いながら生きるか、見たくも無い股かけ男と顔を突合せ仕事をするか、この二択しかないんですよ、私にはね!!」
「はいはい、女にとっては生き辛い人生だよな。アタシにもよーくわかるから泣きたい分だけ泣いちまいな。なぁお兄さん、酒はあたしが運んでおくからちょっとだけこの子の話を聞いてやったら?身につまされるようなひっどい話だよ、まったく」

酒瓶を抱え上げ賑わう集団へと運ぶ女将をぼんやりと眺めながら彼女は勢いに任せ絡んだ青年の腰元に抱きついたまま顔を上げる。酒場に来る人なんて大抵無精髭の筋骨隆々な男性が多いのだが、抱きついた青年は昔見た絵本で描かれていた勇敢な若者と同じ顔をしていた。女神に使える騎士で、私が憧れた人。とってもかっこいいんだ。その人素手で大地を割るの。とってもかっこいいの。水を飲んだ方がいいと杯を勧めてくる青年に女は要らないと手で払い硝子のような藍色を覗き込む。

「ねぇ、貴方は何も知らない生娘を組み敷くの、めんどくさいって思います?」

彼女の問いかけに青年はそういった経験はないから分からないと首を横に振った。それを聞いて彼女は何を思ったのか、青年の胸元を掴み強引に引き寄せると薄く開いた唇に赤く腫れた唇を形が崩れることも構わず押し付けた。お酒の味がする。あと濃い付け汁の味も。抵抗する素振りはなくただ目を大きく見開いた青年から女は静かに唇を離す。そうして流れるように垂れ下がった手を取り真っ赤に濡れた頬へ女は擦り寄せると器用に涙を掌に向かって落とした。

「なみだ、止まらないんです。止めてくださいませんか?」

女は分かっていた。顔が良くてジェラルトといえ彼女持ちの青年に酒場で絡まれた名も知れぬ傷心中の女が慰めて欲しいと不器用に誘ったところであっさり断られまた泣く羽目になる事ぐらい。惨めだな、私。酔っ払いの冗談です、本気にしないでください。女は諦めたように体を離すと頼んだまま一度も手をつけなかった料理を青年へと押し付け誤魔化そうと必死だった。しかし青年は押し付けられる料理を要らないと押し返し

「…外泊すると伝えてくる」

そう言って周りから1つ頭が飛び出た強面の元へと歩いていく青年に女はたいそう目を丸くしその場から動けなかった。
遠くから聞こえてくる声が次第に賑やかになり、女は戻ってきた青年に手を引かれ酒場を後にした。女が発した言葉の意味を青年が正しく理解しているのか、ピクリとも動きそうにない表情筋に彼女は寝台に上がってもいいのかたいそう戸惑ったそうだ。表情筋どころか頬の色も赤く色づくことはなく、言葉もあと2、3文足して話してくれないと何を伝えたいのか察したくとも情報量が少なすぎる。言葉どおり手巾を数枚手渡されたらどうしようか。湯浴みの最中にふと頭をよぎった一松の不安に女はうんうんと悩み、冷めかけた頭に残る酔いを回す。最悪寝落ちで処理すればいい。次善の策すら準備万端だった。しかし女の不安は全て杞憂だったようで、寝台に上がり暫く青年と見つめ合っているうちに唇は自然と重なり体は深く寝台へと沈んだ。未経験者同士の焦れったい情事ははじめて二足歩行を覚えた赤子と同じ速さで行われた。互いに持ち寄った知識を活用しながらなんとなく裸になって、探り探りに体を触り合いぎこちなく腰を振って。微弱な甘い痺れに女は絶えず背をしならせ唇に歯を立てた。頭がぐらつき意識が体の外へと投げ出される感覚に女は咄嗟に目の前の体へとしがみついた。怖いを先行するむず痒い何かに女は足先を丸めはしたない喘ぎが零れないよう喉を絞め必死に押し殺した。
朝方の冷えに体を震わせ目を覚ました女は隣で眠る青年の寝顔と昨夜の行為が残る体に膝を立て蹲った。酷く酔っていたとはいえ発言も行動も目が覚めた後もはっきりと覚えていた女は昨夜の失態に真っ青な顔を掌で覆った。私はなんてことを。指の隙間からチラっと覗き見た青年の無駄の無い筋肉。それが惜しげも無くつま先から頭のてっぺんまで晒されている状況に女は眩暈を覚え、静かに寝台から転がり落ちると痛む腰を叩きながら散った服をかきあつめた。早く逃げないと。この話が周りに漏れたらいよいよ私の立場が危うい。寝癖なんて直してる暇はない。身動きひとつしない死体のような体が目を覚まさないうちに女は財布から紙幣を数十枚適当に抜くと卓上に置いた。昨日はありがとうございました。貴方は貴方でお幸せに。そう言い残して女は早足に宿場から逃げたという。

はぁ…まったく頭が痛くなる話だ。私が女に抱いた感情は哀れみではなく嫌悪感である。同じ職場で働く者として一時の感情に流され火遊びとは、今も尚すました顔で聖書を開き女神の教えを説くその恥知らずな厚顔を一度拝んでみたいものだ。聞くところによると女は慌てて宿場を飛び出したがために両親から貰った就職祝いをうっかり置き忘れてしまったらしい。何から何まで間抜けな人、呆れて言葉も出ない。
そうやって、かつての過ちを他人事のように頭を抱え周囲から向けられる憧憬や期待を損なわぬよう自らの記憶の改竄を謀ったのが女神の気に触れたのだろうか。のうのうと白毛の天馬に跨り教えを説く不届き者に女神は反省しろと頭も上がらない天罰を与えた。
酒に溺れ名も知らぬ男と一夜を過ごしてから半節が過ぎたある日のこと。不祥事を起こし解雇された教師の話になまえは内心焦りながらも他人事のように、いい人だったのに残念ですねと周りの意見に同意を示しながらも教団をあげて全教師の粗探しでも始めるのではないかと身構えていた。しかし教師の不祥事は直ぐに大修道院中の興味を集める例の噂話へと移り変わり、なまえは一人ホッと胸を下ろした。災難は去った。これで漸く寝台でぐっすり眠れるとすっかり気を弛めたなまえへ落とされる天罰は予兆なく曲がり角から襲いかかった。

「新任のベレト=アイスナーだ」
「ひ、飛行術担当のなまえ、です」

『はじめまして』の一言を捻り出すためにこれ程気持ちが重く感じたのは今日を除いて他になかっただろう。なんのつもりなのか。まさか私の首を飛ばしに来たのか。相変わらず無を張りつけた表情からは行動の意図が読めないが、教師にしては些か若すぎるのではないだろうか。見るからに10代後半にしか見えないのだが。過去の過ちを口外しないよう釘を刺したいところだが不運にも彼の隣には素面のマヌエラ先生がいる。ハンネマン先生に過去の痴態を知られるよりかは幾分ましな相手かもしれないが、正直誰にも弱みを握られたくないというのが本音である。潔白な人生の中で唯一の汚点。完璧な聖騎士なまえが見せな唯一の弱み。罪の意識に駆られ少しも目を合わせることが出来ないなまえは適当に会釈してそそくさとその場を離れようとした。しかしベレトは「待ってくれ」の一言でなまえを引き留め、ぎこちなく振り返ったなまえの眼前にベレトは懐をまさぐり取り出したそれを揺らした。

「忘れ物だ」

見覚えのある顔が聞き覚えのある声で取り戻すことを諦めたものを瞳の前で揺らし掌に落とす。もう帰ってこないと思っていた。分解され今頃市場を漂っていると思っていた。変形することもなく戻ってきた嬉しさをありがとうで伝えたいと思う反面、マヌエラ先生が見ている前では素直に受け取ることもできない。掌に落ちたそれをマヌエラ先生が覗き込む。まずい、素面のマヌエラ先生は勘が鋭いのだ。

「あら、その耳飾り、前になまえ先生が無くしたって嘆いてたものにそっくりね」
「いや、そんなことは…私が無くした耳飾りは真ん中に赤い石が嵌っていたかと…」

違う、これは間違いなく私のものだ。しかし初対面の彼と既に関係を持っていたと知られるのが嫌で、上手くこの場を濁して回収できないものかと謀りを巡らせているうちに一度引っ込んだはずの指が耳飾りを摘みまた懐へとしまった。私の耳飾り!!掴み損ねたそれに肩を落とすなまえを見つめながらベレトは小首を傾げた。

「宿場の卓上に残されていたんだ。俺のものでは無いし、てっきり貴方が置き忘れ「わぁああ!!!?ちょっと、2人っきりで話がしたいので席外します!」」

もう、ほんとに、ほんとうに…もう!!!

「男女のあれこれを平気で口にするなんて信じられません!貴方は配慮という言葉をご存知ないのですか!?」

日中人通りの少ない建物の裏まで力任せにベレトを引っ張ったなまえは踵を翻すや否や剣幕な表情で能面に向かって人差し指を向け叱り付けた。こめかみに筋を浮かべ大きく見開いた眼は羞恥のあまり薄らと濡れている。思いつく言葉でベレトを叱りつけようとするなまえだったが、ベレトだけに非があるわけではないと分かっていたからこそ、これ以上責める言葉が思いつかずグッと感情を抑えるように口を噤んだ。そうして額を押えため息をついたなまえはマヌエラ先生にはなんと言って誤魔化せばいいやらと瞼を伏せた。

「はぁ…いいですか。こういう類の話は当事者同士で話すのが暗黙の了解なんです。耳飾りの件については感謝しています。届けてくださりありがとうございます!ですがお願いですからあの日のことはもう忘れてください。お互い酔いが回って正気じゃなかった。これでこの話はおしまいにしましょう。いいですね?」
「何故だ?」

何故…何故だと?前後不覚で及んだ行為など誰だって二度と思い出すことがないよう記憶な奥底にしまって忘れて欲しいと願うはず。けれど彼は小首を傾げ疑問を抱いている。何故?逆にその硬い表情へ私が尋ねたい。
なまえは目を丸くし言葉の意図を探った。探って、探って、彼女なりにたどり着いた答えらしきものになまえはこれだから傭兵とは関わり合いたくないんだと深い溜息をつきながら腕を組んだ。

「い、幾らですか」
「幾ら?」
「だから、幾ら払えば忘れてくださいますかと聞いているんです」

決して多くはない給料を崩さなければならないと思うと腹部がキリキリ痛むが、職を失い路頭に迷うよりかは金で解決できるならそうした方が賢い。5枚か、それとも10枚か。相場が分からないなまえは下手に金額を提示せずベレトの良心に主導権を譲る。しかしベレトはなんの話しをしているんだと肩を竦め首を振った。

「どこから金の話が出てきたんだ?」
「どこからって…そういう話がしたいと切り出したのは貴方でしょう?」
「なまえが何を言いたいのか分からない。俺はただ忘れ物を渡しに来ただけだ」

名前も書いていない耳飾りを彼は持ち主を誤ることなく私の掌に置くと紙袋を包むように軽く握らせる。青い石が輝く小さな装飾品、間違いなくこれは私が宿場に置き忘れた耳飾りだ。
二度と会えるかも分からない人間の私物を換金もせず半節も懐に閉まっていたなんて信じられない。変わった人。物なんて本人以外に真の価値など測りえることなどできないのに。

「…人がいない時に渡して欲しかったです」
「すまない。そこまで気が回らなかった。次からは気をつけよう」

平然とベレトが口にした『次』の1文字になまえは動きを止め目を見開いた。他人の不祥事を聞く度に明日は私かもしれないと怯えて暮らしてきた。そんな私に次なんて…傭兵だった彼が教師に転職した事でますます私の立場は崩れかかっているというのに。
もし勘のいい生徒に気づかれ弱みを握られでもしたら。職場どころか家族に縁を切られフォドラを去らなければならなくなるかもしれない。それどころか女神の教えに背いた報いだのなんだのと文字通り首が飛ぶ可能性も…嗚呼想像しただけで恐ろしい。

「耳飾りの件については感謝しています。ですが貴方との関係はこれっきりにしたいのです。お互い過去の失態は他言にしないこと、そして教師としての自覚を持ち、清い関係で…何してるんですか」

こっちは必死で明日の生活を守ろうとしているのに彼の視線は抉るように心臓を握りしめる己の手をまじまじと見つめている。急に心臓を抑えたりしてどうしたのか、苦しいのかと問えば彼は顔を横に振った。

「左胸が熱い」

苦しくはないけれど心臓が熱いと述べるベレトになまえは何を言い出すんだと不思議そうな顔をして医務室に行くことを提案する。しかしベレトはなまえの提案にそうじゃないんだと首を振り退けると、心臓の音を体中に浸らせるように目を伏せ呼吸を整える。

「貴方と話していると」

薄く開いた眼が私の顔を一瞥し、また自分の心臓を見つめる。気のせいだろうか、少しだけ表情が和らいだように見える。まるで花を摘む子供のようなあどけない顔によく似てる。

「貴方と話していると、胸の奥が陽射しを浴びたように温かくなる。空いた左胸から心音に似た何かが脈打って、あの日の事を思い出す度に頬が火照る。寝ても覚めても貴方の事が頭から離れなくて食事も喉を通らない。俺は気でも狂ったのかとジェラルトに相談すると気が狂ったのではなく恋をしたんだとジェラルトは教えてくれた」

…一体何を言い出しているのかこの人は。
確か私は彼に怒り心頭し金輪際過度な付き合いはやめましょうと誓いを立てようとしていた。それなのに目の前の彼は秘匿されるべき心情を赤裸々に述べ、私の感情から怒りだけを削ぎ落としていった。真似をする訳では無いが、大音量で響く鼓動があまりにも煩くて騒がしい左胸を右手で捻り潰すように握りしめる。酒に酔った夜は私だけが顔を赤くしていたのに、どういう感性をしているのか。陶器のような白い肌には薄い赤が色づいている。

「…そっ、それを本人に伝えるのですか」
「気持ちは相手に伝えてなんぼだと」
「それもジェラルト殿が教えてくれたと」
「ああ」

自由な教育方針は良いことでもあり悪いことでもあると彼の育ちを見て考えさせられる。彼が恋に心臓が焦がされたとの訴えを聞いているうちに罪悪感で痛みを感じていた私の左胸も徐々に刺すような痛みから火傷したような痛みへと変わっていく。欲と寂しさを埋め合うための戯れがまさかこんな形で恋に昇華されようとしているなんて信じられない。でも今1番信じられないことは彼の真っ直ぐすぎる告白に『困惑』ではなく『喜び』を覚え始めていることだ。

「返事はすぐに欲しいわけじゃない。お互いの事をよく知った後に、あなたの気持ちを聞かせて欲しい」

嗚呼、もう手に負えない。誰かこの人の暴走を止めてくれ。何のために二人っきりになったのか肝心な目的を見失ってしまったなまえは力無くその場にしゃがみこみ『私、とってもめんどくさい女ですよ?』とベレトに忠告した。するとベレトは薄く開いた唇に熱い接吻を贈り『そこがなまえの魅力だ』と紅が移った唇を小さく引き伸ばすものだからなまえは耳まで真っ赤に熟れた顔を隠すように膝に顔を埋めた。
backtop