もうすぐ私も成人。ゲルド式の成人の儀を終えた次の日には胸いっぱいに期待を膨らませ、素敵な出会いを求めて外の世界へと出ていく。大きなリュックを背負いサヴォークと友人との別れを惜しみながら堅牢な門を通り去っていった小さな背中。これまで何度も手を振って送り出してきた。いづれお前の番が来る。砂でぼやけた遠い影を見つめる私に門番のお姉様はそう言った。私もいつか友人に見送られて外の世界に行く。まだ見ぬ緑地を想像しながら古びた地図を開いては行きたい場所に印をつけゲルドの街を出発点にか細い線を指先でなぞった。砂の街を抜け出し水辺に近い緑溢れる土地に移り住むのだと口達者に語る砂に埋もれた拾い子を母はどんな気持ちで叶うといいなと言ったのだろう。
もうすぐ成人の儀を迎える。しかし街を出る新成人のリストに私の名はどこにもなかった。


いつもの授業もヘンテコな話ばかりだけど今日の授業には負けると思うの。だって『ヴォーイに襲われそうになったら勢い良く股間を蹴りあげ相手の装備品を剥ぎ取ったあと助けを呼びなさい』なんて。何故股間を蹴りあげる必要があるのだろう?それよりも懐に忍ばせた毒を塗布したナイフで刺した方が効果的だと思うのだけど。でも先生にそれを伝えたら股間を蹴りあげる方が有効でその後に刺しなさい!だって。ヴォーイはそこが弱点だって先生は言うけど、一瞬でも布越しとはいえヴォーイと体が触れるなんてゾッとしちゃう。
ねぇ、危ない目にあったことはない?大丈夫??ゲルドのお姉様方は強くて優しい人ばかりだから街の中にいれば安心だけど、こんなに可愛い顔をしているもの。最近神獣が大人しくなったからってゲルドの街に侵入しようとする怪しいヴォーイが増えたみたいだし、イーガ団も彷徨いているって噂、街中に広がってる。世界の命運を託された貴方がすごく強い事はわかってる。けれどそれでも心配なの。だって外から来た私のたった一人の大切なお友達だもの…顔、真っ青だけど気分が悪い?私の家で休んだほうがいいんじゃない?ねぇ、

「リンク?」
「なっ何かな!?」
「汗かいてる」

今日はいつもより涼しいはずだけど、やっぱり外から来た人には耐えられないのかな。水路に突っ込んだ足をえいっと蹴り上げリンクの華奢な足に水飛沫を飛ばすとリンクは大袈裟に肩を揺らすも負けじと飛沫をかける。そんなことを繰り返していると辺りは水の跡で汚れてしまった。涼しくなった?と真っ赤な頬に冷えた手を当てるとリンクはまたピクっと肩を揺らし添えた手に自分の手を重ねた。嫌なことでもあった?と尋ねるとリンクは何でもないよ!!と首が飛んでいきそうな程頭を振る。リンクは恋愛話があまり得意ではないみたいで、身を守る護身術やワーシャ先生から教わった恋愛のテクニックも顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。この前なんて『これで奥手なヴォーイもイチコロ!悩殺誘惑術』を教えてあげたら倒れそうなほど顔を真っ赤にして「お願いだから俺以外にはやるなよ!?」だって。本当にリンクったら照れ屋さんなんだから。女の子同士、恥ずかしがることなんてないのに。

「そうだ、あれから噂の彼とはどうなったの?もしかしてかのつく関係になった??」
「ないない、ボテンサはタダでブーツをくれる親切な人だけど恋愛感情は全くないから」
「ふ〜ん」

リンクに自覚無し…か。頬杖をつき薄水色の面紗に隠した表情豊かな口元を探るように覗き込んでみる。少しは寄せられる好意に気づいたらいいのに。高台から見た二人のやり取り。手を取り熱い眼差しで一生懸命に口説く姿は門番のお姉様が言ってた通り、見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうくらいに積極的でつい応援したくなるような人だった。優しそうな人。話したことは無いけれど、なんとなく。雰囲気から親切な人なんだろうなって見てて思った。
なまえはああいう奴がタイプなのか?と食い気味に聞いてくるリンクに私は首を横に振った。確かに素敵な人とは思うけれど異性を前にすると昔のトラウマが頭をよぎって、いくら優しいヴォーイでも付き合うことは有り得ない話だ。話すことは可能かもしれない。けれど、手を握るどころか指先が触れ合うだけで悲鳴をあげるヴァーイに誰が恋をするだろうか。「好きなタイプなんて考えたこともなかった」と砂漠の山に沈んでいく夕日を眺めていると「じゃあどんな人なら一緒に暮らせそう?」と真剣な眼差しでリンクは質問を重ねる。リンクは知りたがりだなぁと私は突飛な質問に目を瞑り「そうだなぁ〜」と緑生い茂る大地に小さな家を建て、そこで悠々自適に暮らす自分を想像した。初めは自分と母の姿を置きいつもと同じ生活を描く。それから母の姿を徐々に違う人へと描き直す。お母さんのように料理上手で器が広くて強い人…私はあまり器用なほうじゃないから手先が器用で、優しくて、ただ隣にいてくれるだけで安心感のある

「リンク」
「ん?なに??」
「違う違う。リンクとなら、小さな家でずっと暮らせるかなぁって」

本気で言ってるの!?とやけに狼狽え戸惑うリンクに私はニッコリと本気だよと言葉を返す。だってリンク器用だし料理上手な上にルージュ様に認められるほど強いのでしょう?隣にいるだけで肩の力が抜けるような安心感もあるし、涙を一瞬にして止める包容力だって兼ね備えてる。ヴォーイは生理的に受け付けない後天的体質持ちの私だけど、もしもリンクがヴォーイなら…怖くないかもしれない。きっと優しくて紳士的で、中性的な顔なのにたまに見せる男らしい顔に忙しなく心臓が飛び跳ねて…案外悪くないかも。でもリンクは今でさえ格好良くて周りのヴァーイにチヤホヤされている。仮に彼女が彼になれば当然フリーなヴォーイを放っておく理由が無くなるわけで、選び放題な君は大して胸も大きくなければスタイルもそこそこな私をほっぽってボンキュッボンの妖艶なお姉様に鼻の下を伸ばしたりするのだろうか。それはなんだか嫌だな。たとえ君がヴォーイであっても私はきっと君の傍にいたいと思ってしまうもの。

「ねぇ、リンクはどんな人がタイプなの?かっこいい人?紳士的な人?リンクは凄く強いからもしかして少し頼りない相手がタイプだったり?」

膝を抱えて黄昏色の肌をじっと見つめてみる。面紗にも隠されて頬の色が分かりずらいけれど、声のトーンからしてたぶんリンクは照れている。微笑ましく思う反面、リンクの隣に私が寄り添えない未来を想像するとなんだか…寂しい。

「頼りないって言うか…守ってあげたくなるような可愛い系の子が好み、かな」

そっか、リンクは噂の彼、ボテンサさんみたいな人がタイプってことね。たしかに彼、可愛い顔しているし打たれ弱そうで頼りなさそうな雰囲気なんてリンクのストライクゾーンのド真ん中を撃ち抜くポテンシャルを秘めているもの。頬を赤くしてモジモジと両の人差し指をつつくリンクに自然と頬が緩んじゃう。もうリンクったら恋愛事になるとめっぽう奥手なんだから。心配しなくてもリンクとボテンサさんは両思いな事くらい街では周知のことである。あとはどちらかが勇気を持って踏み出してしまえば実る恋だと言うのに、友人としてリンクの背中を強引に押さないのは…私の友達が取られてしまう事を心の底で不安に思っているから。勿論二人のことは心から応援しているよ。けれど、いつかリンクが素敵なヴォーイと出会って、結婚して、家庭を築いて、今みたいに毎日会えなくなる。寂しいからとリンクを今に引き留めたい私の我儘。勿論リンクの幸せを一番に願っている。けれど、結婚したらこうして頻繁に私に逢いに来てくれなくなるだろうし、子供が出来たら尚更。いっそリンクがゲルドの街に定住すればいいのに。嗚呼、でもそうなったらリンクは旦那さんと一緒に住めないから…じゃあ私がリンクと共に街の外へ…ダメ、やっぱり私は外に出られない。丸い耳の人間は珍しいもの。外に出たら最後、またイーガ団に攫われ暗い牢屋に囚われて…嗚呼、思い出すだけで足が震える。

リンクは私の耳が好きだと言ってくれた。丸くて柔らかそうで掌におさまる小さな耳が好きだと言ってくれた。けれど、塀の外を眺める度に思う。もしも…

「私の耳が長く尖っていたら、私も外の世界に行けたのかな」

世界は残酷だ。周りと違うだけで『普通』から弾き飛ばされ自由の選択肢が狭まっていく。私はまだ良い方だ。イーガ団に攫われても助けてくれる人がいた。生みの親が殺されても拾ってくれた母がいた。珍しい人種だからと捕獲し値札をつける悪党から守ってくれる高い壁に守られている限り危険な目に遭う事はない。けれど、一生この街に匿われて生きるのは凄く…息苦しい。

面紗の紐に絡まないよう金糸をかき分け、形のいい尖った耳を指の腹で撫でる。神様の声が聞こえるように、長く伸びたハイリア人独特の耳。神に見放され異端扱いの丸耳と違いピンっと長三角に尖った耳輪はどこか神秘的で、私もお揃いが良かったなぁ、なんて。長い耳に羨望の眼差しを向けていると突然伸びてきた凹凸の手になまえは目を丸くする。彼女から触れてくることなんて滅多にないのに。カサついた指の腹が形を確かめるようにツーっと緩い曲線を往復し、垂れ下がった耳朶を熱心に揉みながら彼女はにぃーっと屈託のない笑顔で困惑顔を射抜いた。

「耳の形なんて関係ない。なまえが望むなら俺が外に連れ出してあげる」

耳から頬へスルリと指を伝わせ子供を相手に言い聞かせる優しい声音に胸がトクりと音を立てる。上から覗き込んでくる端正な顔。互いの額が触れ合いリンクの体温にじんわりと侵食されていくような感覚に忘れかけていた距離感を思い出しリンクの肩を強く押し返す。女の子同士でも流石にこれは恥ずかしい。だってお互い面紗をしているとはいえ口を突き出せばくっついてしまいそうだったもの。わ、私はリンクが相手なら構わないけど…!!ただの友達が唇を奪うのは烏滸がましいというか、キスはもっと大切な人のために取っておくべきだもの。それにしても、今のリンクの言葉。特段深い意味は含んでいないだろうけど、表情といいタイミングといい、なんだかプロポーズみたいに聞こえて…分かってる、考えすぎだって。けれど、うん。不覚にもときめいてしまった。

「り、リンクったら!…ヴォーイみたいな事を言うのね!?」
「なっ!!?そっ、そんなこと!!!!おっ、わ、私はどこからどう見ても正真正銘のヴァーイですわよ!?」

どうしてリンクが慌て出すのか。女の子相手に理性がぐらついて、徐々に込み上げる不自然な 頬の熱に今すぐにでもこの場から走り去ってしまいたいのは私の方だ。
何を血迷っているのか。胸でも揉んで確かめてみる!?と必死に自分はヴァーイだと証明しようとしてくるリンクに私は大丈夫だと頬の赤みを見られぬよう手で顔を覆い隠し首を横に振る。今の状況でリンクの胸に触れたらそれこそ理性がポッキリと折れてしまうかもしれない。それにリンクの胸、お世辞にも柔らかそうとは思えないし。
微妙な空気が二人を包む。この静寂の空間をどう切り崩そうか。大切な友達相手に変な気を起こさないよう揺れる恋心を鎮めながら当たり障りない話題でこの背筋の伸びる空気を一新しようと目をグルグルしていると「なまえ」とリンクが名前を呼び拳一つ分の距離を詰めた。小指が触れビクッと反射的に肩が揺れるがリンクは怯むことなく逃げる手を掴み指を絡める。ゆるゆると視線を上げると蒼い瞳が真っ直ぐに私を見つめ、逃げ道を塞ぐような真剣さに心臓がまたトクりと鼓動した。

「なまえは私のこと好き?」
「…好きだよ。リンクは?」
「大好きだよ、誰よりも。ずっと一緒にいたいと思ってる」

絡んだ指に力が入っていくのを感じる。離さないよとピッタリと重なった掌は少し汗ばんでいて、暑いねと呟くと彼女はそうだねと相槌を打つも繋げた手を解こうとはしなかった。黄昏を見つめる横顔の眩しさに暗いもの寂しさが心を覆う。
私もリンクと同じ気持ちだよ。できることならずっと一緒にいたい。繋いだ手が永遠に解けなくなって、ゲルドの街で二人で住むための家を買って皺くちゃになるまでずっと仲良く暮らせたらいいのに、ね。…無理な話だ。リンクは外から来た旅人で私は街の人間。自由に外を走り回れるリンクとは違い私は囲いの中でしか生きられない。それにリンクが私に伝える『好き』は私がリンクに伝える『好き』とは違う。自由な貴方を縛る『好き』なんて迷惑で、重たくて、邪魔になるだけだ。

「もうすぐなまえも成人だろ?街を出る日が決まったら早めに教えてよ。ハイラルを救ったらすぐに迎えに行くからさ」

見せたい景色が沢山あると楽しげに話すリンクに私は悟られぬよう笑顔を絶やさず相槌を打つ。成人の儀を終えた後、私は街から出ないことをリンクに伝えられずにいる。だってすごく楽しみにしているリンクを暗い話で落ち込ませたくないもの。ハイラルを救って、お姫様を助けたら。リンクは勇者として皆に称賛され、お姫様と共に廃れたハイラルの復興に明け暮れて、寝る間も惜しいくらい忙しくなって…きっと私の事を忘れてくれる。大切な友達に忘れられる事は凄く寂しくて、外との繋がりを絶つのは悲しいけれど、私が身を引くことでリンクの幸せに繋がるのならば砂の街に埋もれて生きるのも悪くないかも。なんて…。
旅に出たらなまえに伝えたいことがあるんだと薄く頬を赤らめてモジモジと両の指を回すリンクに今話してよと迫ってみたが今はダメの一点張り。私に伝えたいことってなんだろう。「ダメダメ!ここでは教えられないの!!」と頑なに首を横に振るものだから気になるところだけど今日のところは勘弁しておいてあげよう。まぁ、隠し事が苦手な彼女のことだ。私の預かり知らぬところで彼氏が出来たとか好きな人が出来たとか、たぶんそんな感じだろう。いいなぁ、私がヴォーイだったらボテンサさんみたいにしつこくアプローチして、こっぴどく振られた後清々しい気持ちでリンクの幸せを祈ることができたのになぁ。ああ、でもヴァーイ同士だ からこそ特別な意味を含めずできることもあるか。
青い瞳に自分の色が映るまで距離を詰めると今度はリンクの肩がビクッと震えた。無駄なく引き締まった体はゲルド族のような割れた腹筋とまではいかないが、鍛えが足りない薄琥珀の腹と比べたら頼もしい。

「心配しなくてもリンクが迎えに来るまで私はずっとこの街にいるから。だから無理だけはしないでね」

約束よ?

ガチガチに固まった肩に手を置き上唇の少し上に優しく口付ける。面紗越しのキスとはいえ母親以外の相手に口付けるのは唇が重なっていないとはいえなんだか恥ずかしい。突然ただの友達からキスまがいな行動を受けてそれ程ショックだったのか。まるで落雷に打たれたかのように目を見開き心臓に手を添えたままリンクは静かに気絶していた。

初なリンクには少々刺激が強すぎた。攻めすぎた行動を反省しながら動かなくなった体を揺するなまえには今日もうわ言のように呟かれた「…結婚しよ」のプロポーズは耳に留まらない。
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