首、胴…いや違う。この動作は足払いの方か。視線を下に落としてからの死角からの一撃を狙っている。それなら。
ピョンッと素早い足払いを避け、首を捻り視界を広げる。決定打から外れると見限り、避けられることを前提に振り抜かれるカトリーヌの一振をなまえは弓の如く背筋をしならせ一撃を躱す。次は何処だ。軌道を切り返し軽傷を狙ってくるかと思いきやカトリーヌはわざと剣を振り切る。爪先を伸ばしカトリーヌの顎を狙って後方回転で応戦するもなまえの爪先は空を斬る。また外した。口元が腕に隠れて表情が読み取れないけれど必死になって一撃を取りに来る私をカトリーヌさんは笑っているに違いない。
また剣が頬の真横を通過した。遊ばれてると分かる一撃に苛立ちは募るが…今、胴がガラ空き。もらっ…!!ておきたいところだが、セイロス騎士団随一の剣士が巻いた餌に飛びつくほど私も馬鹿じゃない。握った剣先をわざと揺らしカトリーヌさんの胴へ近づけ、振り下ろした剣の軌道が跳ね返ってくる前に右手に握った剣で変わる軌道を塞ぎ、空いた左拳をすかさず褐色の肌へと振りかぶるが、

「…っ!!」
「おっと、いい拳だな。だが一手甘いよ」

焦る視線に好戦的な視線が拍手を送る。初めて避けられなかったが、こんなにも容易く拳を受け止められるなんて自信無くしそう。さぁ次はどうするんだと拳を包み込んだ煽る掌になまえは舌を打ち弾くように振りほどき剣を振るった。カトリーヌが後退し再び睨み合いが始まる。両手で剣を振り下ろす私と違いカトリーヌさんは涼しげに腕一本で攻撃を弾き返している。“受け止める”ではなく“弾き返している”。純粋な力比べで勝てる気がしない。でも魔法攻撃に切り替えるにしても物理攻撃で少しでも隙を見つけないと攻めようにも責められない。脳天を狙う一撃を間一髪で受け止める。足元のふらつきを隠しながら畳み掛けてくる力強い剣戟をなまえ紙一重で受け流し、時には膝が崩れ落ちるような重みのある一撃を根性と意地で受け止める。

「どうしたなまえ。足が震えてんぞ。もう降参か?」
「冗談。ここからですよっ!」

もう剣は捨てよう。足を引っ張るだけだ。とすれば、もうこっちで攻めるしか勝てそうにない。ニヤリと笑いながら剣に体重をかけるカトリーヌへなまえは汗を流しながら歯を食いしばる。今だ。慎重に、傾かないように。均衡を保ちながらカタカタと震える剣から片手を離しカトリーヌに向かい掌を広げる。懐に入りこめばこっちのもの。1度は逃した獲物に向かいなまえは手を突き出し、カトリーヌの死角範囲内に収まるよう火の粉舞う最小の魔法陣を展開し魔力を注いだ。

「はぁっ!!」

なまえの狙いに気づき慌ててカトリーヌの足がなまえの胴を蹴り飛ばす。だが彼女の蹴りがなまえの腹を押しつぶす前に眩い光が焦る2人の顔を照らし、爆薬の如く魔法陣は暴発した。ちょっと魔力を流しすぎたかも。暴発の衝撃に体を吹き飛ばされるが、地面を滑りながら体勢を整え立ち込める煙と砂埃に身を隠す。咳を我慢し傷ついた体を引きずりながら煙幕の奥でふらつく体を捉え遠回りをしながら忍び寄りカトリーヌの背後をとった。よし、これなら。振り向き様の一撃を喰らう可能性を懸念しなまえは身をかがめ胴を狙って剣を振る。
もらった!!
グワッと目を見開き寸分の狂いなく振り向くカトリーヌの首元へ軌道を描く。雷霆カトリーヌ討ち取ったり。強者から奪い取る初めての1本にニヤリと口角が上がる。粘った末の勝利をなまえは確信していた。しかし剣先が白銀の鎧へ触れる寸前、なまえは狼狽えてしまった。振り返ったカトリーヌの両手に剣が握られていないかったのだ。嫌な予感がする。だがこの程度の想定外なら問題はない。そう高を括りなまえは動作を止めなかったが…空いた両手が手首を掴み、グルんっと視界が白銀から青空へと回った。してやられた。手からすっぽ抜けた剣になまえは悔しげな表情の裏で静かに舌を打つ。あと一手足りなかったか。綺麗に地面へ投げ飛ばされた挙句、握っていた剣が自身の首元へと突きつけられた。降参します。これ以上打てがないことを悟り両手を上げたなまえにカトリーヌは握った剣を地面へと突き刺した。

「勝負あり、だな」
「…今日は勝てると思ったんですけど」

差し出された手を握り立ち上がる。ムスッとした表情は心底悔しそうだ。
前より果敢に攻め込めたと思ったんだけど、やはりセイロス騎士団一の剣士相手にそう簡単に1本取れないか。勝てると思ったんです。拗ねたように視線を逸らしながら砂まみれの衣服を払い剣を鞘へ収めるなまえにカトリーヌは豪快に大口を開けしょんぼりと丸まった背中をドンッと叩いた。

「前回と比べれば動きにキレは出てきたがアタシから見たらまだまだ隙が多すぎるね。魔法が得意なのもわかるが剣技を主軸に立ち回らないといつまで経ってもアタシから1本取るなんて夢のまた夢だよ。まっ、傭兵らしい泥臭い戦い方、アタシは嫌いじゃない。流石は壊刃ジェラルト殿の娘だな!」

ジェラルトさんの…娘。

「…ありがとうございます。それと、手合わせありがとうございました。またよろしくお願いします」
「おう!楽しみにしているよ」

ジェラルトさんの娘。そう思われるぐらいには私強くなってるんだ。またなとヒラヒラと手を振り去っていくカトリーヌになまえは緩んだ顔を抑え深く頭を下げた。ベレトやジェラルトをはじめその道の達人に腕前を褒められて喜ばない者はいない。もっと頑張ろう。今度こそカトリーヌさんから1本取るんだ。すり減った木剣に努力を誓い日課の素振りを始めようとするなまえに試合の始まりから終わりまで場外で静観していたレオニーは「なぁ、ちょっといいか」とどことなく苛立った様子で片手を上げなまえを呼び止めた。
彼女とは直接的な接点はない。だが名前と所属学級については友人伝いに知っていた。もちろん、彼女とジェラルトさんについての関係性も。なんとな〜く嫌な予感がする。が、相手の顔色を伺うに避けては通れそうにないか。

「どうしたのレオニー?」

笑顔で話しかける私へ返ってきたのは鋭い眼差し。なんか、怒ってる?

「…あのさ、単刀直入に聞くけど」
「な、なに?」
「アンタ本当に師匠の娘なのか?」
「…えっ?」

試合を終えポケッとした顔へ冷水を浴びせられたような驚きだった。肩を揺らし内心ダラダラと汗をかきながら頭の中を占めるのは『どこから情報が漏れたか』だ。不思議なことにこれまで家族関係を疑われた事は1度も無かった。疑われていたとしてもそれぞれが適当に理由をつけ納得してくれていたからだろう。ジェラルトさんと付き合いが長いあのアロイスさんすら信じている。だからこそなまえは見破られたではなく情報が漏れたへと思考の方針を切りかえレオニーの出方を伺う。ムッと結ばれた口からどんな情報が飛び出すのか緊張感を増していくなまえの裏事情など露も知らないレオニーは怪訝な顔つきで確信をついた質問の根拠を丁寧に並べていく。

「私が師匠と出会った時あんたは生まれていたはずだ。なのに師匠はあんたの話を1度だって私にはしなかった。先生もだ。それどころか師匠に子供がいたなんて初見だ…あんた達なーんか怪しいんだよな。見れば見るほどちっとも師匠に似てないしさ」

私を疑うのはいい線いってると思ったが、ベレト先生を疑ったという事は全てレオニー自身の考察から導き出された疑いというわけか。確かに私はジェラルトさんとはちっとも似ていない。が、ベレト先生は違うでしょ。体つきとか表情の少なさとか、全体的には似てないかもしれないけど目の形や顔の輪郭はそっくりでしょうが。自身の考察を元に親子関係を疑うレオニーの情報量の少なさを逆手に取りなまえは不要な言葉を控え『母親似』だけで話を押し通す。真実を掠めるような推理に心の中でため息を着く。なんか厄介そうな子。これ以上の詮索は止めるよう仕向けなければとなまえは適当な用事を理由に訓練場から離れようと試みた。しかしレオニーはそう簡単には逃がしてやらないぞとなまえの道を塞ぎ鼻を鳴らす。

「これだけは言っておくけど、カトリーヌさんが褒めたのはあんたじゃなくてあんたに手ほどきした師匠の手腕がいいからだ。そこんとこ勘違いするなよな!…師匠は本当にすごい人なんだ。なのにあんたも先生もなんにも分かっちゃいない!いいか、name#。私は傭兵になって必ずあんたより名を挙げてやる!師匠に鍛えられたあんたを私は努力し根性で打ち負かしてやるから覚悟しておけよ!!」

これはもしや、宣戦布告?
盲目にジェラルトを尊敬し、ジェラルトからの恩恵を当たり前のように享受する贅沢者への宣戦布告。喧嘩別れのような足取りで先に訓練場から去っていくレオニーの背を眺めるなまえは呆然と立ち尽くした。

「なんだったの、今の…」

初対面で喧嘩腰、その上宣戦布告されるなんて未来予知を持ってしても想定外の出来事だった。嫌味、嫌がらせ、陰口は身分の低さと交友関係の広さから目くじらを立てられることは珍しくはない。だが士官学生の多くは比較的穏やかで友好的に接してくれる人が多かった為に面と向かって啖呵をきったレオニーの好戦的な態度はなまえにとって新鮮で気が引き締まる思いだった。
気が合う人物じゃないことは態度を見れば分かる。とはいえ周囲の人物評価を聞く限りでは悪い人とは言えないし、彼女の言い分も分からなくはない。言われてみれば私は名だたる武芸の強者に囲まれ傭兵として成長するには恵まれた環境に居た。だというのに剣技は未熟ですぐ手から引っこ抜けるし、魔法ばかりに傾倒して蹴り技の精度が下がってきている気がする。ここらで気を引き締めなければ。
レオニーからの宣戦布告から数日が経った。宣言通り気を引き締め直したなまえは魔道に割いてきた時間の半分を剣術に費やし前のめりに剣術を必要とする資格試験を受けた。時に筆記、時に実技が足を引っ張り一発合格とはならなかった、だがそれでも『傭兵』の資格を取得した事は彼女にとって大きな成長であった。もっと剣技に磨きを。その為にもこの調子でアサシンの試験に挑むぞと拳を握り、放課後の時間を使い一心不乱に素振りを繰り返したある日のこと。訓練場の扉を開けた橙色の髪になまえは互いの平穏を守るべく素振りを止め帰り支度を始めようとした。しかし話があるとレオニーが引き止め深々と頭を下げたものだからなまえは動きを止め何度も瞬きを繰り返す。

「あの、レオニー?これは一体…」
「…ごめん。この前は言いすぎた。あの時は先生とちょっと揉めててさ、ついあんたにまでカッとなって当たっちまった。言いたいことがあるならここで全部私にぶつけてくれ。でないと私の気が収まらないんだ」

たった数日でこの態度の変わりよう。頭に血が上っていたと説明はされたが実は双子ですと言われた方が納得がいく謝罪になまえは大いに戸惑った。頭を上げ、さぁ言いたいこと全部言ってれと腰に手を当て言葉の攻撃に構えるレオニーへなまえは気まずそうに視線を逸らす。言えと言われてじゃあ遠慮なくと毒を吐けるほど罵倒関連の語彙は枯れているし、厳しい言葉ではあったが緩んだ気を引き締めるいいきっかけになった。だがそれを直接彼女に伝えたところで負けず嫌いなレオニーは好戦的に受け取る可能性が高い。なら好戦的に受け取られないよう丁寧な言葉で説明するしかないが…なんかまた嫌な予感が。

「レオニー、あのね。別に私から何も言うことは無いよ。特に気にしてないし」
「は?」
「レオニーがお父さんの事をどれほど慕っているのか伝わったし、貴女が傭兵として私よりも活躍するって意気込んで凄く驚いた。でも、その言葉を聞いて気を引き締めるきっかけになったよ。レオニーのおかげで最近剣技に磨きもかかってきたし、むしろ発破をかけてくれてありがとう」
「…な、なんだよそれ!まさか私への遠回しの嫌味か?まるで私の事なんか眼中に無いって言い草だな!言いたいことがあるなら直接言ってくれよ!!」

なんでそうなる!?……はぁ。言葉って難しいな。気を使った言葉を使っても意味をなさず、友好の握手どころか顰めっ面で本心を話せと迫られるような会話になまえは額を抑えた。

「なら言わせてもらうけど」

深くため息をつき顔を上げる。まるで人が代わったように瞼を上げ鋭い眼光でレオニーを睨みつけるその姿は分かりやすく“苛立っている”を露としている。

「私はこれからもっと強くなる。持てるもの使えるもの全てを利用してジェラルトの弟子として胸を張って歩けるぐらい強くなる。…貴女は私に勝つと意気込んでいるみたいだけど、ジェラルト傭兵団が一人である私にそう容易く勝てると思わないでよ」

ジェラルトさんの弟子の一人としてそう簡単に負ける訳にはいかない。もう昔とは違う。私も追われる立場なんだ。
先日の宣戦布告、受けて立つ。勝てるものなら勝ってみろ。
フッと余裕げに笑ってみせたなまえにレオニーは一瞬怯んだ姿を見せた、だが、すぐさまニヤリと笑い啖呵を切った。

「はっ、望むところだ!!」