今日ほど死にたいと思った日は他には無いだろう。

「言っておくが私は一言も助けてくれなんて頼んでないからな!傷の手当も移送もそっちが勝手にやったこと。後で助けた恩を返せとかなんとか言っても私は知らないからな!!」
「へいへい。ったく、わぁわぁ五月蝿いやつだなお前」

女じゃなかったら放っておいた。そう平然と呟いた少年を泣きべそかいた少女は「私が男だったらお前なんてはっ倒していた!」と憎たらしい五角形の印を背中をグーで叩く。コンゴウ団に助けられるなんてシンジュ団員としてこの上ない侮辱だ。どんな顔をして集落に戻ればいい。お爺様やお祖母様きっとカンカンになって私を叱るだろう。くそっ、この男、頼んでもないのに余計な真似を。髪の毛引っこ抜いてやる!と心の中では強気な態度で瑠璃色に手を上げるなまえではあるが、実際にはボロボロと泣きながらポカポカと背中を叩く意気地無しである。

「おい、いい加減にしないと落としちまうぞ」
「ふんっ、落とせるものなら落としてみろ。私のコリンクがタダじゃ置かないからな!」

売り言葉に買い言葉とはまさにこの事。呆れ顔で脅す少年に対しなまえは鼻を鳴らして惨めに噛み付く。出会ってまだ一時間も経っていないというのにこの険悪だ。気性の荒いポケモンさながら尖った言葉を投げ合い牙を剥く二人の未成熟な人間を前に2体のポケモンは呆れたように顔を見合わせた。うちの主が申し訳ない。まるで保護者のような顔つきで騒ぐ人間の後ろをついて歩く2体は耳を曲げ元気の無いしっぽを垂らした。
なまえとセキが出会ったのは天冠の山麗の黄昏色に染まった草原だった。なまえの父親はオオニューラを世話するキャプテンで娘のなまえは天冠の山麗に立てられた小規模なシンジュ集落で暮らしていた。この日なまえは相棒のコリンクと共に父親の仕事をこっそり見学しようと一人で草原を歩いていた。まだ7歳。本来は大人の付き添いがなければ集落から出られない掟があるのだが好奇心の塊は大人の目をかいくぐるのが上手かった。コリンクがいるから大丈夫ね。相棒の力量を過信し母親に内緒で集落から抜け出したなまえは冬の冷たさに頬を赤く染め手に入れた自由に目を輝かせた。そして草原を歩くこと数十分後、彼女は地面に座り込みしゃくりを上げて泣いていた。
気性が荒いポケモンに襲われ逃げる最中足を滑らせ高所から転落、派手に負傷した。それはもう自分の力で歩くどころか立つことすらできない酷い有様である。助けを呼んできて欲しいと泣きながらコリンクに頼んだなまえだったが、コリンクが呼んできた相手はまさかの自分と同じくらいの子供。しかも彼女が所属する集団が目の敵にしている集団と識別するや否や涙もスっと引っ込んだ。なぜ寄りにもよって紺色なんだ。主人の身を案じ急いで呼んできてくれたコリンクを責めることなど相棒大好きななまえにはできない。しかし敵に助けられるなどまだ子供とはいえシンジュ団に所属する者にとって恥ずべき行為である。できることなら手を借りたくはない。素直すぎる眉間には何重にも皺が寄っている。
それはコリンクに連れてこられたセキも同じ気持ちだった。目の前に負傷者がいるとはいえ相手はシンジュ団だ。助ける義理などないし助けたところで面倒臭いことになるのは目に見えていた。しかし怪我をした女の子を草原に放って立ち去るのも寝覚めが悪いし、何よりこの事を姉に知られでもしたら間違いなく打たれる。
険悪な雰囲気の中なまえは流し残した涙を袖で拭き、セキは淡々と折れた足を処置し溜息をつきながらなまえを背中に担いだ。これほど気が重い人助けは無かった。無言で歩き出すセキの背中でなまえは痛みからほんの少し開放された途端ポツポツと可愛げの無い言葉を呟き始めた。
1人でも対処できたんだ。このくらい平気だ。コンゴウ団の助けなど借りずとも。一体どの言葉が喧嘩の引き金となったかは分からない。が、静寂が保たれていたのは顔を合わせてからほんの数分だけだったのは紛れもない事実だった。
意地でも世話になりたくないのか、なまえは両手を上げたままの体勢で通り慣れた道を指し示す。だがここでまた一つ問題が。

「この先を左に曲がって。...ねぇ、左だってば、貴方右と左の区別もつかないの!?」
「右の方が近道なんだよ。いいから怪我人は黙って担がれてろ」
「はぁー!?こんなの怪我のうちに入らないわ!もういい自分で歩く。下ろせ!下ろっわぁっ!!」

確かに下ろせと言ったのは私だが本当に下ろす阿呆がいるか!急に背を反らし手を離したセキになまえは悲鳴をあげた。地面からそう遠くないとはいえヒリヒリと臀部から手を離せない痛みになまえは悔しげに唇に歯を立てセキを睨みつける。なんてやつだ。思いやりの欠けらも無い!足さえ動けば自力で立ち上がり集落へ帰るのだが、今のやり取りで残っていた足の感覚が消え失せてしまった。痛い。こんなに痛い思いをしたこと今まで1度もなかった。親の仇の如く睨みつけるなまえを見下ろしながらセキは言葉だけは一丁前な少女をハンっと鼻で笑い湿った眼を勝ち誇った顔で煽る。

「やーい。泣き虫」
「...う、うるさい!あっちいけ!!これだからコンゴウ団は嫌いなんだっ!」

二度とお前の助けなんか借りるもんか!
握った砂を投げそう啖呵を切ったなまえにセキはあっそと丸い瞳を尖らせ背を向けた。膝を抱え涙を堪える少女は次第に遠のいていく草を踏む音にギュッと体を抱く腕に力を込める。私ここで一人死んでいくんだろうか。お父さんにもお母さんにも会えずこんな寂しい場所で1人。嗚呼、どうして助けてくれって素直に頼めないのだろう…いや、あんな意地悪な奴に借りを作ってまで生き延びるなんて誇り高きシンジュ団の汚点になりかねない。弱気になるな私。コリンクさえいればどうとでもなるはず。
強気な姿勢を保ったままなまえは去っていくセキを引き留めようとはしなかった。むしろ舌を出して軽く威嚇すらしていた。お前の力など借りずとも私は集落に帰ってみせる。絶対に助けて〜なんて言うもんか。ふんっと鼻を鳴らし腕を組む。だが主人とは違い何度も振り返っては気にかけた様子を見せるイーブイの姿が岩陰に消え、ほんの少ししてから遠くから聞こえてきた飢えた遠吠えになまえはひゃっ!とか細い悲鳴をあげコリンクにしがみつく。落ちていく太陽と聞きなれない獣の声に身の危険を感じたのだろう。お腹も空いたし、気温も少しずつ下がってきている。茂みからそっと覗くポケモン達になまえは大丈夫大丈夫とコリンクを抱き自身に暗示をかけていた。集落にもポケモンは何体か飼われていた。彼らもちょうどこんな遠吠えをしていた。だが自身よりも頼もしいコリンクが急に眉を下げ不安げに鳴き始めたものだからなまえは急に薄っぺらくなった大丈夫の暗示に塞き止めた負の感情が溢れ出し堪えた涙はまたボロボロと滝のように溢れ出した。

「いだいよぉ、コリンク痛いよぉ〜!おかあざん、おどうざん。むがえにきでぇよぉ〜!!」

いつもなら目から涙が一筋でも溢れれば必ずお人好しな誰かが助けに来てくれた。怖かったねと抱きしめられて、大人にしがみついているだけで見慣れた集落まで運んでくれた。けれど幾ら泣いても母も父も頼りになる大人も助けに来てくれない状況になまえは錯乱し嗚咽を上げて泣き喚いた。
秋も終わりに近づき近頃は日の入りも早まっている。夜になればフワンテに囲まれてあの世に連れていかれるぞ〜と怖がらせ上手な祖父の教えが急に脳裏を過り、身勝手な行動で二度と家族に逢えない絶望に叩き落とされたなまえはわんわんと大口を開けて泣いた。死にたくない。死にたくないよ。なまえはコリンクに縋り、もう一度人を呼んでくるからと走り出そうと腕の中でもがくコリンクへどこにも行かないでとなまえは腕に力を込めた。
こんな事になるなら夕飯用に残したイモモチを食べておくんだった。袖全体がしっとりと涙で濡れ呟く言葉全てが濁音で濁り乾いた喉に咳き込んでいた時、頬を舐めたコリンクとは違う小さな舌になまえは腫れた瞼を持ち上げた。

「よぉ、泣き虫」

イーブイの頭を撫でながらなまえは帰ってきた顔へ忌々しいとばかりに舌を打った。なんなんだ。なんなんだこいつは。私をあっさり見捨てたくせに今更戻ってくるなんてどういう神経しているんだ。
人が泣き喚く姿を見て楽しいか。どっか行け薄情者。荒々しい言葉を吐き捨てながらなまえ は再び現れた少年を邪険に追い払おうとする。しかし少年は面倒くさそうに膝を曲げ地面に着けると姉に突っ込まれた手拭いを取り出しふやけた顔に押し当てた。

「はぁ〜、ったく。ほんっと手のかかる奴だなぁ。ほら、乗れよ。もう落とさねぇからよぉ」
「おま、おまえなんてきらいだ。コリンクおいはらっで!」
「おいてくぞー」
「や゛だぁ〜!!!」

何もかもが気に食わない。特に手拭いを掴み忘れた日に限って宿敵から手拭いを借りるなんて胃がムカムカしてしょうがない。
セキの背へ再び乗りかかったなまえは臀部の痛みなど最初からなかったかのようにまた憎たらしい事を呟いてはコリンクにため息をつかせている。しかし背から落とされた一件に懲りたのか、幼稚且つ相手の気に触る言葉は分かりやすく避けているように聞こえる。とはいえ彼女の減らず口はちっとも変わっていないようだが。

「わたしがシンジュ団のキャプテンになったらコンゴウ団なんてすぐに壊滅させてやるからな。首洗って待ってろ!」
「あっそ。んじゃその前に俺がコンゴウ団の長になってシンジュ団を壊滅してやる」
「お前みたいな上から目線な薄情者に長は無理だ。偉そうな奴は大体寝首かかれて失脚するってお爺様が言ってたからな!」
「お前ん家は一体どう言う教育してんだよ!」

今すぐこの生意気な少女を落として集落に帰りたいと舌を打つセキになまえはさっさと歩け日が落ちるぞと偉そうにセキの肩を叩く。偉そうなやつは寝首を書かれて失脚する。将来キャプテンの座を奪われ泣き喚く少女の姿が容易に想像できるなと乾いた笑いを零したセキになまえは女の鋭い感を根拠に目の前の頭に向かって額をぶつけた。今失礼なこと考えただろ。振り返り睨みつけるセキをなまえはそっぽを向き下手くそな口笛を吹く。今のはそっちが悪いと反省ゼロの態度にセキはこめかみをひくつかせながら生意気な少女に向け「よく聞いとけ泣き虫女」と高らかに宣言する。

「誰がなんと言おうと俺は将来コンゴウ団の長になる!!そのために大人達から色んなことを教えて貰ってるからな!」

だからお前が無理だのなんだの否定しても俺は長になる。そう誇らしげに鼻を高くしたセキをなまえは直球に貶すことも否定することもしなかった。しかし涙を拭い冷静さを取り戻したなまえはとても強かな娘だった。

「そうか。ならばシンジュ団の未来は安泰だな!」

応援しているぞ。両方の親指を立てにっこりと笑った少女がまた地面に転がり泣き喚くまでそう時間はかからなかった。
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