目も髪も爪の形も違うその子は私を『お姉ちゃん』と呼び四六時中私の後を追いかけてくる。食べる時も遊ぶ時も寝る時も。待って待ってと短い足で支えを探すように歩くその子は次期シンジュ団の長としてこれから教育されるそうだ。雪の集落に引っ越した途端突然できた3つ年下の妹。私が6歳だった頃は笛なんて吹けて当然だったし薬の調合もポケモンを使った腕比べも人並み以上の成果を上げていた。けれど周りから褒められたことは成し遂げた最初の一回のみで2回目以降はできて当然と流されるだけ。なのにあの子は笛を吹く度に持て囃され、何度教えても一人で薬の調合ができない上にポケモンを人形のように抱えたまま技の一つも指示できない弱虫のくせに周囲はそれを良しとしている。皆あの子が成すこと全てを肯定するのだ。両親でさえ『カイは可能性に満ち溢れた子だわ!』とヨイショするものだからあの子より優れた子供達はやってられるかと憤りを感じている。長の子供が次の長なんて誰が決めたんだろう。そもそも私は一人っ子だ、妹なんていないからお姉ちゃんと呼ばれる筋合いは無い。親がキャプテンだからってどうして長の娘のお守りなんて。第一、私は一度だって妹が欲しいなんて両親にせがんだことは無いしどちらかというと頼りがいのある優しい姉が欲しかった。あーあ、今だけはあの偉そうな男が心底羨ましい。ヨネさんがシンジュ団の一員だったら両親に構った貰えなくても少しも不満なんてないのになぁ。

「隙ありぃー!」
「うわっぶ!」

水面に映るひねくれた自分の顔しか見えていなかった。いつから背面へ忍び寄っていたのだろう。身構える暇もなく無様に川に落とされ慌てふためく私を見て群青色の悪魔は腹を抱えて笑い転げている。くそっ、後で覚えてろよ。草を掴みルクシオの手を借り陸へ上がったなまえは口の中に入り込んだ水を吐き出してうっすらと涙をうかべしつこく笑い続けるセキをギロりと睨みつけた。

「汚いぞセキ。これがコンゴウ団のやり方か卑怯者め!」
「なんだよ。なまえが鈍臭いから水に顔突っ込む羽目になるんだよ。やーい間抜け」

泥じゃなかっただけ有難く思えと相変わらず上から目線なセキの言動は気に食わない。だがセキの後ろを追いかけてくる人影になまえは濡れた手で顔面の水滴を拭うと「ヨネさん、またセキが私を虐めた」と泣くふりをしてピュンッとヨネの背後に隠れた。セキがヨネに頭が上がらないことを逆手に取りなまえは強かにヨネの影から舌を出し悔しげな表情を嘲笑う。
ヨネさんは私にとことん甘い。どのくらい甘いかというと100私に非があってセキが一生懸命事実を説明し無罪を述べてもヨネさんが謝りなさいと説教をする相手は間違いなくセキだというくらいヨネさんは私に甘い。非があろうがなかろうがヨネさんは絶対に私の味方だ。ヨネの信頼を確信した余裕からか、親離れできない子供のようになまえはヨネの服を掴みニンマリと勝ち誇った笑みを浮かべている。
少々意地が悪いだろうか?いや、今日は私を川に突き飛ばしたセキが悪いんだから意地悪になってもバチは当たらないはずだ。それに今日は絶対に私悪くないもの。
腰に手を当てたヨネは身長差を生かしセキを睨みつける。困った時はヨネに泣きつけばいい。そんな悪知恵がまた一つなまえの頭の中に根付いていく。

「こらセキ!女の子に何してるんだ!!なまえに謝りな!」
「そうだそうだ。謝れ無礼者!地に額をつけて心のそこから私の許しを乞え大馬鹿者め!!」
「なまえ、あんたは調子に乗らない」
「はっ、怒られてやんのー!」
「もう...あんた達は」

ちょっとは仲良くできないのかい?とヨネさんは重たいため息をつくが、残念ながら団の溝を抜きにしてもセキとは絶対に仲良くはできない。だってセキは意地悪な上にお母さんが持たせてくれたお菓子を横取りして全部食べる奴だ。しかもリーフィアとルクシオには分け与えておきながら私には1つもくれないのだ。お母さんは私のために持たせてくれたのにセキの大馬鹿者は。食べ物の恨みは怖いんだ。例えヨネさんがセキの代わりに謝って許してやって欲しいと頼んでも私は絶対に許さない。同じものを作って返しに来たとしても絶対に許してやらないから。

「ふんっ、セキなんて嫌いだ。もう一緒に遊んでやらないからな!」
「はあ!?それはこっちの台詞だ。泣いて謝っても遊んでやらねぇからな!」

戯れる互いの相棒を抱えムカつくやつだと鼻を鳴らしそっぽを向き合う。考えれば考えるほど憎たらしい男だ。なんでこんな奴がヨネさんの弟なんだろう。ヨネさんだってきっと生意気なセキよりも愛嬌があって家事が得意な私の方が妹だったらって寂しがってるはず。
なまえはくしゅんっとくしゃみをしてルクシオの温もりで暖を取る。セキに川へ突き飛ばされたから服が濡れて凄く気持ち悪い。着替えに村へ帰りたいけどお父さんはまだバサギリ様の様子を見てるから迎えには来てくれないだろうし、いくら私の笛の音が美しても9歳の子供をウォーグルは乗せてくれないだろう。お父さんのとこに戻る。そうため息をついた時、なまえの頭をよぎったのは苦手な妹の存在だった。集落に帰れば嫌でも彼女の姉を演じなければならない。それが嫌で父親に泣きつき無理を言って仕事場へと着いてきたというのに今家に帰ったらせっかく掴み取った一人っ子の時間が奪われてしまう。立ち上がったまではいいがどこに行けばいいか迷う主人の顔色の悪さを察しルクシオふ淋しげな声で鳴く。立ち上がったまま視線を泳がせるなまえにヨネはゴンッとセキの頭を叩き「なまえ!」と名前を呼び止めた。そして

「おやつ食べてから帰りな!」

そう言って優しい顔でなまえを手招きすると首にかけていた手拭いで豪快に濡れた体を拭いてやった。

「「いただきまーす!」」

アヤシシ様が供え物を口にしたのを見届けるとヨネは近くの大木へ腰掛け幼子を両隣に誘った。1人2つまでだと風呂敷を解いて現れたのはアヤシシ様が口にしたものと同じ大きな大福。しかも豆がゴロゴロ入っている贅沢な1品だ。
1人2つまでだとヨネはいったがなまえはここぞとばかりに以前セキに意地悪されたことをヨネに暴露しセキの大福を1つ奪うことに成功した。なんて美味しい豆大福なんだろう。奪い取った愉悦感も相まって豆大福を食べるなまえはいつになく上機嫌で、セキと言い合っていた頃の険しい表情もすっかり豆大福の甘さに絆されている。こんなに美味しい豆大福初めて食べた。純粋無垢に目を輝かせちまちまと小さな口で頬張るなまえをセキは大袈裟な奴だと控えめな感想を呟きながら大口で豆大福を口に含んだ。なまえの死角から手付かずの大福へとセキは素知らぬ顔で手を伸ばすが、ヨネはそれをバヂンっと容赦なく叩き落とすとなまえの口元に付いた打ち粉を払った。気に入ったらまた作ってきてやる。頭を撫でるヨネの手になまえは幸せそうに頷く。やっぱり私はヨネさんみたいなお姉ちゃんが欲しい。ヨネの手が頭から退くとなまえはヨネの温もりを追いかけるように体を傾ける。こうやって甘えることが出来るのはお母さんかヨネさんくらいだ。カイが居たらこんなことできないもの。

「あーあ、なんでヨネさんは私のお姉ちゃんじゃないんだろ。私妹よりお姉ちゃんが欲しかった」
「ん?なまえは確か一人っ子だろう?」
「そう。でもひと月前に血の繋がらない妹ができたの」

一緒には暮らしてないけれど一歩家から出た途端あの子は私を姉にする。沢山大人を侍らせてるくせに口を開けばお姉ちゃん、お姉ちゃんって。次期長を任されてるくせにできない事をできないままにしていつも誰かに甘えてる。

「妹は笛以外の才がないの。でも私の親も周りの大人も不出来なその子ばっか構って私のことは放ったらかし。お父さんがキャプテンで年が一番近いからって私がその子のお世話係を任さたけど、妹は何をするにも私の後ろをついてくるから凄く嫌」
「どうしてだい?」
「今までは1人になる時間がたくさんあったの。でも今は1人で考える時間が無いから毎日行き着く間もなく何かに急かされてるようで落ち着かない」
「ルクシオはいつも傍にいるだろう?妹と何が違うんだい?」
「ルクシオは私の気持ちを汲み取って何も言わずに放っておいてくれるもん。でもあの子は私の気持ちなんてお構い無しに服を引っ張るし、構ってあげなかったらすぐ泣くし、一緒にいて疲れる。だから嫌」

あの子が現れてから私の両親の関心もカイ一辺倒。ほとんど両親を奪われたと言っても過言じゃない。私は一人っ子だ。あの子は妹なんかじゃない。ブスっと頬を膨らませるなまえを見てヨネはハッと息をのみ、懐かしいものを見るかのように口角を上げた。ヨネにはなまえが何について思い悩み、なまえが探す答えを全て持っていた。ここで全て話してあげてもいい。がそれではいつまでも頬を膨らませ不平不満を呟いて育ってしまうかもしれない。ヨネは今日まで良く頑張ったと艶やかな黒髪を撫で、濡れた肩を抱き寄せなまえへと頭を傾けた。いい匂いがする。ガラナがつけてるのとはまた違う甘い匂いだ。やや緊張気味になまえは肩を揺らすと控えめに体をヨネへと傾けお上品に 足を揃えた。齢9の子供とはいえ魅力的な年上には弱いのである。

「なぁなまえ。実は私なまえの気持ちがよーくわかるんだよ。私もなまえと同じように急に手のかかる弟ができたからね」
「はぁ!?俺はいい子だったろ!?ヨネの手伝いも嫌がらずやったし!」
「いい子は自分の事を『いい子』って言わないんだよ」
「なんだとぉ!!?」
「はいはい。喧嘩しない」

ほらセキもおいでとヨネはなまえと同様セキの体を抱き寄せると深く息を吸い込み母親のような優しい顔で「まぁ私の話を聞いておくれ」と目を伏せた。

「なまえ、弟にしろ妹にしろ任された役は果たさなければならない。それは団が違えど同じさ。姉っていうのは何かと理不尽で常に下の子の面倒を任されるわ尻拭いさせられるわちっともいい事がない。大人は皆弟を可愛がり、姉の苦労はちっとも労っちゃくれないしさ。私もセキの面倒を任された日にはハズレくじ引いたって嘆いたさ。このとおり忙しない悪餓鬼だからね」
「おい!」
「ははっ。でもさ、弟ってのは腹立つし言うこと聞かないし悪さばかりするけど案外可愛いもんだよ。大人に叱られて飯を食いそびれた時こっそり饅頭を運んで来てくれるのは弟だからな!」

あん時ばかりはセキに感謝したよとケラケラと辛い記憶を明るく笑いとばすヨネはじっと自身を見上げるなまえに二ぃーっと口角を上げた。そうしてまだ大人への甘えが抑えきれない幼子をギュッと抱きしめなまえなら立派な姉になれると寂しげな心を鼓舞した。妹のことが嫌いかと問われなまえは少し悩んだ末静かに首を横に振った。確かにひっつき虫な妹から離れたいと心の底から強く願ってはいたけれど適度な距離感さえ守ってくれれば妹の事はそれほど嫌いじゃなかった。あの子は呆れるほど甘えん坊だけどお姉ちゃんと慕い自分を頼りに思ってくれていることは素直に嬉しかった。
私、ヨネさんみたいなお姉ちゃんになれるかな。なまえは隣で欠伸するルクシオの体を擦り、まだ決意が固まらない顔で支えを探すようにヨネの服を掴んだ。

「あの、私が立派なお姉ちゃんになったらヨネさんは私のこと褒めてくれる?」
「ああ。いつだって褒めてあげるよ」
「そっか…じゃあ、そのお返しに今度は私がヨネさんのこと褒めてあげるね!こんな生意気な弟の世話を任されて毎日ご苦労様って」
「おうおう!喧嘩なら買うぞ!!?」
「ふんっ、そういう台詞は一度でも腕比べに勝ってから言いなさいよ!」
「なんだと!!俺のリーフィアは負けない!」
「はんっだ。私のルクシオは最強なんだから!!」

8勝3分3敗の実力を忘れたの?としおらしかった顔が一転し好戦的に吊り上がる。今日もコテンパンに任せてあげるわ!とポケモンを率いて広い場所へと走り去っていく幼子たちにヨネは呆れたように額を押えた。

「まったく、頭が痛い奴らだね」

顔を合わせれる度に汚く啀み合う二人だがああ見えて頻繁に文通をしていたりと、仲がいいのか悪いのかヨネですら判断に困る関係だ。知り合って2年が経過したがいつまでもあの調子だ。

「でも、案外ああいう子達が団の溝を埋まる存在になるかもしれない。アヤシシ様もそう思わないかい?」

崖の上に佇むヌシへヨネは冗談交じりに話を振った。すると言葉を返すようにアヤシシの甲高い鳴き声は高台へ響いた。
LIST Lantern