「ふふふ、セキの驚く顔が目に浮かぶわ」

ねぇ〜レントラー。
珍しく桃色の服から紺色の服を纏った少女は丸い紅白の木彫りを手に茂みの影から不敵な笑みを浮かべていた。
茂みに隠れたなまえの傍には眼光鋭い相棒の姿はなく、彼女の手元には忙しなく震える木彫りの球が大切に握られている。モンスターボール、と言う道具らしい。他の地方では流行っているハイカラな絡繰である。頭のいい人に何度説明されても理解が追いつかず、実際に使用しても未だ不安は拭えない。だが言われるがままレントラーを球の中に出し入れしたりして安全面では問題なさそうだしレントラーも嫌がる素振りは見せない。持ち運びがとても楽だから悪いものじゃないのだろう。それにこれがあれば重量の関係上集落から出せない子を運び出せるからとても便利だ。
最近コトブキムラにやってきた学者先生、名前は確かラベン博士。ポケモンを連れて歩く私に協力を求めた学者先生は良ければ使って感想を聞かせてくれとモンスターボールなるものを3球無償でくれた。彼が博士じゃなければレントラーが黒焦げにしていただろう。だが学者先生の、しかもあのギンガ団に所属している立派な大人が成果を見たいが為に子供に頼み事をする姿を見ると協力しない訳にもいかない。レントラーが嫌がったらすぐやめる、と条件をつけて恐る恐る使用してみたがまさかこんなに便利な代物だったとは驚きだ。後日学者先生に良い報告しなければ。それともう数球貰えないか交渉も忘れずに。
セキと遊んであげる時間までコトブキムラでイモモチでも食べて時間を潰すつもりだった。けれどこの便利な球でセキの済ました顔を崩したくて仕方がなくなったため、レントラーに乗りコンゴウ本集落近くの茂みに降り立った。頻繁に顔を突き合せているため互いの立場を忘れかけそうになるが子供とはいえコンゴウ団の人間と話をしているだけでも十分団の規律違反だったりする。我が人生唯一の汚点、セキに集落まで担がれた事件以降両親はセキに恩を感じ文通も遊びも見て見ぬふりをしてくれているがヨネさんからは口を酸っぱくして大人に見られたら大変な事になるから集落には来るなと忠告されていた。だからお互い集落には来ないよう誓いを立てたのだが、この感動をどうしても一人で抱えたままにはできなかった。あとセキの弱みを探るためというのも集落に降り立った目的の一つでもある。シンジュ団とは違いコンゴウ団は子供が多いらしい。見つかったところで上手く誤魔化せる自信しかない。それにもし何かあってもレントラーが守ってくれるから勝てる自信しかない。最近はノボリさんに稽古をつけてもらってるから余計に負ける想像もつかない。

「さてと、セキはどこかな…あ、いたいた」

弱い二桁もいかない子供達に囲まれる姿をみつけつい上半身が茂みから飛び出た。危ない危ない。場所も忘れてつい喧嘩をふっかけるところだった。人目を気にしながら茂みに身を隠す。茂みが揺れる僅かな音に耳が良いリーフィアはじっとりとこちらへ視線を寄こすがどうかまだ内密にと唇に人差し指を当てかくれんぼを続行する。話しかける隙を狙ってなまえはボールを握りしめていた。作戦としてはセキが1人になった直後にモンスターボールを投げ飛び出したレントラーが驚かす算段だ。
茂み越しになまえはセキを見つめ、彼を囲む頭の数を指で数えていた。意外と年下に人気なのか、まぁ面倒見よさそうな顔つきではあるがまさか本当にそうとは。下の子に慕われ団の信仰と教えを説く光景になまえは何度も自身の目を擦り瞬きを繰り返す。自分の知っているセキは女の子を平気で川に突き飛ばしお菓子をくすねる最低野郎だ。しかし茂み越しに見た少年はとても姉に怒られている姿が想像できないほど頼もしい人間に見えた。

「…どうしようかな」

なまえは上空を眺めては次の行動を思案する。自身のワシボンがセキに遊びの刻を告げにコンゴウ集落の上空を旋回するまでそう時間は無い。驚かせるつもりで変装してまで集落へ来たのにワシボンが旋回したら早く来た意味がなくなってしまう。モンスターボールを見せびらかしに来たつもりが今のなまえの頭は自分が知らないセキでいっぱいだ。幼稚で意地悪なセキはどこにいったのだろう。なまえの目に映る少年は間違いなく長に相応しい器量をもち、とても女の子を川に突き飛ばしたり安い喧嘩をふっかけるような人には見えない。
これ弱みに使えるかなぁ。どう思う?とレントラーが入ったボールへと問いかけているとセキに近づく慌ただしい足音になまえは息を止め身を屈めた。「セーキィ!」と大きく手を振って駆け寄った女の子は自分とそう変わらない年頃に見える。亜麻色の長い髪を揺らしピョンッとセキに飛びついた女の子は自分の可愛さを知っているような振る舞いで「ちょっと手伝ってくれない?」と可愛らしく小首を傾げた。それを見てなまえは顔を青くした。あの子は気でも狂っているのだろうか。そんな事をしたらセキに投げ飛ばされるのが落ちだぞ!?と茂み越しに念を送り忠告を促すなまえだが、セキは女の子を投げ飛ばすどころか「いいぜ!手短にな」と女の子を抱き抱えクルンっと回転してみせたのだ。

はあっ!?

な、何だこの扱いの違いは。煮えたぎる感情が抑えきれずうっかり握りしめていた茂みの小枝をポッキリと折ってしまったじゃないか。
ムッと口をとがらせるなまえの目線の先では女の子の扱い方を心得た少年がチラチラと空を見上げては女の子に手を引かれ里山の方へと坂を上って行く。今ワシボンが本集落の上空を旋回したら時間に煩いアイツは里山とは真逆の方向へ走って来てくれるのだろうか。私相手だと『歩くのがおせぇ!』と腕を掴み糸を引くように引っ張って歩き、可愛い女の子相手だと文句も言わずに手を握って歩幅を合わせる。普段なら気にもとめない扱いの差が今は雪のように私の足を引っ掛け気持ちを削いでいる。坂に登る途中足を止めたリーフィアはセキと遊ばないのかと問いかけるような目をした。それになまえは今日はもういいやと首を横に振り茂みの奥でモンスターボールを投げた。なんかモヤモヤする。憎たらしい相手の憎めない一面を見たような気分だ。なまえはレントラーに跨るとコンゴウ集落へ向かうワシボンを見つけセキの目に付く前にボールへ戻した。
初めから遊ぶ約束などしていなかった。そういうことにしとこう。自分に都合がいい設定を呟き記憶に刷り込みながらなまえは「ちょっと遠くまできのみを取りに言ってたの」と不思議そうな顔をしたレントラーへわかりやすい嘘をついた。それから親やカイにも怪しまれぬよう4、5このきのみを抱え集落へと帰った。

それから数日後。ああそう言えばコイツの信仰する神様は時間を大切にしていたなと互いの信仰の違いを再認識したのは『果たし状』と汚ったない文字で綴られた手紙をワシボンから受けとった時だった。墨が飛び散った文面から容易に想像がつく額に青筋を張った顔になまえは二度受け取った手紙を破り捨てた。しかし運ばれてきた3度目の果たし状に仕方ないと腹を括り返事を返せばその日のうちに集合場所と時間だけを書いた手紙を受け取った。
今日ぐらいは約束した時間の15分前には着いて待ってあげようかと家を出たはずが既にセキは待ち合わせの場所で遅刻魔の登場を構えて待っていた。レントラーの足音が聞こえた途端セキの足元に蹲ったリーフィアが顔を上げ到着を知らせる。こいつ何分前にここに居たんだろう。おかげで気持ちの準備も整わず再会してしまった。レントラーから降りて以来目を合わせようとしないなまえにセキはズカズカと距離を詰め唾が飛び合う間合いで怒りを爆発させる。

「やいなまえ!おめぇがもちかけてきた約束事をおめぇが破るとはいったいどういう用件だ!!?来れねぇなら来れねえって連絡ぐらいよこせ!コンゴウ団次期長の俺に時間を無駄にさせるんじゃねぇ!」

セキの言葉は正しかった。気分が優れなかったとしても一枚文を飛ばせば激しく責められることは無かっただろう。威圧的な身振り手振りになまえは静かに怯え胸の奥に渦巻く靄に餌をまく。こうして感情のままに私を怒鳴りつけているが、相手が私じゃなくあの女の子なら次は気をつけろの一言で済んだかもしれない。
別にセキに期待なんかしてないし、この男が私にあたりが強いことなんて今に始まったことじゃない。いつもの私ならセキが口篭るような一言で反撃できたはずなのに今日は調子が悪いようで言葉が上手く出てこない。怖い顔。茂み越しに見た少年は大きな瞳を蕩けさせていたのに。

「セキはいっつも怒鳴ってばっかだ」
「はぁ?それはお前が!」

そんなに私が憎たらしいなら律儀に手紙なんて寄越さなくていいのに。

「もういい。私帰る」

行こうレントラー。
逞しい胴に跨り地面から足を離したなまえにセキは慌てて踏み出すレントラーの前に飛び出し「勝手に自己完結してんじゃねえ!」と腹から声を振り絞った。レントラーの睨みに屈する事無くセキは道を譲ろうとはせず、依然として視線が合わないなまえに己の行動の是非を確認しながら言葉をかけ続ける。

「なぁ、何拗ねてんだよ?俺何か気に触るようなことしたか?言ってくれねぇと分からねぇ」
「…私だって女の子だもん」

震える低い声で当たり前のことを口にするなまえにセキは首を傾げる。

「急にどうした?熱でもあんのか??」

肯定してくれないのか。この男は…この男はどうしてこうも人の神経を逆撫でするのが上手いのだろう。急に優しさを見せだすセキになまえはギュッとレントラーの体毛を掴み堪えた虚しい涙ごと罵声に全ての感情を乗せた。

「もういい!セキとは二度と遊んであげないから!!絶交だばーか!!!」
「はあ!?おい待てなまえ!!言い逃げなんて卑怯だぞ!!!」

煩い。セキなんて大嫌いだ。お前以上の性根腐った人間は見た事がない。二度と顔も見たくない。レントラーにしがみつき故郷に帰りついた頃には涙の筋が冷気で凍り白い筋が2本頬に張り付いていた。シンジュ団に子供が沢山いれば私とセキの関係はここで断たれていたかもしれない。猛る感情のまま勢いだけで口にした絶交宣言から1週間。毎日毎日妹とポケモンの世話に明け暮れ、ため息をつくたびに自分の過ちを数えセキへの謝罪の言葉を考えた。せめて一筆書いて置くべきか。重たい腰を上げ筆を手に取る。この手紙の返答があまり好ましいものじゃなければセキの事は記憶から抹消してしまおう。ワシボンに全ての想いを託すように足へ手紙を括りつけた。それから数日後に返ってきた手紙を握りしめなまえは紅蓮の湿地へと足を運んだ。セキは約束の時間よりも20分早く来ていた。そういう私は25分前に。ごめんなさい。一切の言い訳を挟まず深々と頭を下げた私にセキは居心地悪そうに頭をかいてから、そんな事よりスボミーの大群を追いかけに行こうぜ!と手を取り跳ねるように草原へと駆け出した。怒ってないんだ。てっきり私はセキに怒られるとばかり…いや、思い込みは良くないか。珍しく腕ではなく手を握ったセキの変化になまえは気づいていた。だからせっかく繋がった手が離れないようなまえは繋がった手を握りしめると待ってよ!と歩幅を広げて草原を駆けた。
LIST Lantern