「……長谷部」
「……主」
手入れ部屋には長谷部と私の二人きり。彼の名前を呼ぶと力なく返事を返してくる。出陣から戻り手入れ部屋に押し込められてからは、気落ちしてしまったのかずっとうなだれている。いつもの威勢はどこへ行ったのやら。
「初陣お疲れ様、長谷部。手入れをするから傷をみせて」
「この程度、かすり傷ですよ」
「長谷部、傷の手当てをしないと」
「どうぞ俺のことなど構わず、他の刀達をみてやって下さい。弱い俺なんて主には必要ないでしょうから」
拗ねているのか長谷部は手傷を見せようとしない。そればかりかプイとそっぽを向いて目も合わせようとすらしなかった。何が彼をそうさせてしまっているのか分からないが、困ったものだ。
「長谷部、戦場に出たら仲間と協力するように。1人で突っ走っていてはいつか折れてしまう」
「……」
「長谷部?」
「……」
ついには無言だ。いつもは主、主と犬のようにまとわりついてくるというのに。初陣での怪我でこんなに落ち込むとは思ってもみなかった。落ち込んだ原因は怪我だけではないのだろうけど。
「手入れ部屋に無理矢理押し込んで悪かったけれど、そうでもしないと長谷部は手入れを受けてくれないでしょう」
長谷部はいつも自分の弱味を見せようとしない。怪我をしても隠し、辛いことがあっても話さない。主である私に対してですらこうなのだから、仲間に対しては尚更見せないだろう。
だが、これから第一部隊として仲間と共にやっていって貰うためには、このままにしておくわけにもいかなかった。
「長谷部、手を見せなさい」
私が手を見せるよう強めに命じると彼は渋々と差し出してくる。部屋の外では急な雨が降り出し障子越しに不安げな音を奏でていた。空に日が出ていないせいか本丸の中はどんよりと暗く重苦しい空気が漂う。
「俺はもう、主に捨てられたくなかったんです」
手入れをうけながら、長谷部が覇気のない声で小さく呟いた。雨の音が勢いを増す中で彼の声は今にもかき消されてしまいそうだ。
「私は長谷部を捨てないよ」
私は彼が前の主との因縁を断ち切れないでいることも知っている。へし切長谷部、そんな名前をつけておきながら家臣へと下げ渡されてしまった。その時長谷部は信頼していた主から見放されたと思ったはずだ。彼の中でそれは主に対するトラウマとして記憶されてしまっているのだろう。
「どうせまた捨てられるくらいなら、その前に折れてしまったほうがマシですから」
長谷部は不器用だ。普段の態度も今の態度も主の望み通りの刀でなければ見捨てられてしまうという不安からくるものなのだろう。しかし、これはつまり私がまだ長谷部に主として本当の意味で信頼されていないということでもあった。
どうすれば長谷部に信頼して貰えるのだろうか。私にはまだわからなかった。
18/03/25
続
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