01
ーー今日もやっぱりこの人は騒がしい。
とある日のこと。孫呉が借りている集落の側に不審な影を見たという通告があり、偶々手が空いていた凌統、甘寧、呂蒙の三人で部下を引き連れながらその目撃情報があった場所を調べて回っていた。そんな凌統の背後にぴったりと寄り添う一人の女性の姿があった。凌統、凌統の部下、甘寧、呂蒙は見慣れた光景ではあったが、その女性に対して全く知らされていなかった甘寧と呂蒙の部下達は顔を見合わせて困惑していた。そんな部下達の反応に気付いたのか、呂蒙がハッとしたような表情を浮かべたあと、苦笑いをしながら口を開く。
「いやあ、すまんすまん!説明していなかったな。あの女性は卯琅殿と言ってな凌統を好いているのだ」
「あー…俺達にとっては見慣れてたが、お前達は初対面か。まあ、凌統の何処が良いのかは分かんねえが、一応文官だから安心してい……危ねえな、卯琅!!石ころ投げるんじゃねぇよ!!」
「凌統様の悪口は許さ…「おいおい、俺から目を逸らして良いのかい?」私は凌統様しか目に入らないです〜!!」
「それはそれで問題な気がするが……まあ、今更な問題か。それでだ、卯琅殿。確か目撃情報があったのはこの辺りだったな?」
「はぁ〜〜、凌統様の項良い匂い…たまらねぇぜ……ああ、はい。そうですよ。妖魔ではなく人間ぽかったらしいです」
「人間?…へえ、野党か何かかも知れないね。卯琅、今日はちゃんと武器持って来てるよな?」
「持って来てますよ!ほら!」
「って、これ珠華のじゃねえか!!珠華が返せって言わねえからっていつまでも借りてねえで返せよ!!」
「えー、師匠は私がこれだって思う武器が見付かるまでは返さなくて良いよ!って言ってくれてますもん」
「珠華殿が身内には甘いのは知ってるが…些か甘過ぎるな」
一度話を通さねばな、と呟く呂蒙に甘寧は力強く頷いており、部下達はあの人かあ…と想像をしていた。部下達の中にはぎくり、と顔を強張らせている者も居たのだが、どうやって説得しようかと考えていた呂蒙と甘寧は全く気付いていなかったのだ。ーーその刹那、がさりと茂みが不自然に揺れる。咄嗟に持っていた灯りを向けるが、その灯りはただの茂みしか映してはいない。隊長を任されている呂蒙に視線が集まる中、ただ一人だけ身体を低くしてることに気付いた凌統は困ったように笑いながらその人物の肩に手を置く。
「特攻しようとすんな、あんたは一応文官なんだからな?それに呂蒙さんの意見を聞かないのはだめだぜ」
「凌統様…!でも、仕留める時は早い方が良いって師匠が…殺傷力高い武器みたいですし、瞬殺出来ますよ!」
「殺しちゃダメだってば。生け捕りにして情報聞き出せって殿から言われてるだろ?」
「む、…確かに殿の命令なら従わないといけないですね。分かりました、それじゃあ早速捕まえましょう!」
「待て待て待て、卯琅殿。まずは見解を聞いてくれはしないだろうか。彼処に潜んでいるのは数人だと踏んでいるが、卯琅殿はどう思っているのか聞かせて頂けるだろうか」
「ん〜〜…そうですね、情報では10人ちょっとの集団らしいですけど、今此処に居るのは4人くらいだと思います」
「はあ?何でそんなの分かるんだよ。確かにあの茂みにはそんなに人数居そうにないけどよ、他の場所から伺ってるかも知れないじゃねぇか」
「師匠から気配読みのコツを教わったんですよー、これで凌統様を一生見逃さないぜ……げへへ…」
「女がそんな笑い方しちゃだめだって。…気配読みのコツねえ、忍の珠華らしいじゃないか」
「うむ、実に頼りになるが……いずれは敵対せねばならないという事実が辛いな。どうにかして引き抜き出来れば良いのだが…」
「無理じゃないですかねえ、師匠は蜀に骨を埋めるつもりみたいですし。…ま、私としても師匠にこっちに来て欲しいですけどね」
あの人、変なこと考えてそうで不安なんです、と卯琅は困ったように笑いながら言葉を濁す。その台詞を聞いた呂蒙もまた、そんな噂を魏でも耳にしたな、と自身の部下達と目配せしながら再確認していた。凌統は浮かない顔をしている卯琅の頭をそっと撫でつつ、何かを思案するような表情を浮かべていた。無論、凌統のストーカーを自他共に認める卯琅がその表情を見逃す筈はなく、
(思いに耽ってる凌統様かっこよすぎでは…??目に焼き付けなきゃ…)
しおらしい表情を浮かべつつ、目は凌統だけを見てることに気付いた呂蒙と甘寧は呆れたように肩を竦め、部下達はドン引きしているような表情をしていることに、凌統だけを見つめている卯琅も、どうすれば引き抜けるかと思案している凌統も気付いてはいなかった。
ーーがさり、と再び茂みが揺れる。身を低くする凌統達ではあったが、ジャリと戦場に聞くにしては鈍い音が響く。その音の正体は卯琅が珠華から借りていた鎖であり、卯琅は一瞬だけ目を鋭くしーー音を出さずに投げると同時にぐえ!という声が聞こえて来た。
「ーーこれで任務終了、ですよね?」
「…お前、文官じゃねえだろ。十分武官でも通用するじゃねぇか」
「ふぅむ…まあ、捕らえられた奴等から残りの居場所を聞き出せば良いか…流石だな、卯琅殿」
「…それも珠華から借りたのかい?あの子もあの小さい鞄の中にどれだけの武器を貯めてるんだ…」
「師匠の鞄は不思議ですよ!どう考えても容量超えてるのが普通に入ってますからね!凌統様、流石の着眼点ですわ〜!!」
「…確か真田の所にいる女も風魔も色んな武器を持ってたし、忍ってのは様々な場面を想定してるのかも知れねえな」
「恐らく、な。だからこそ味方の今は頼もしいが、敵になった場合のことを考えると……頭が痛い」
「おいおい、呂蒙さん。大丈夫かい?今は味方なんだし、今はどうやったら引き抜けるか考えた方が良いんじゃないかい?」
「は?おいおい、凌統。お前まで引き抜く気かよ」
「戦力は多いに越したことないし、卯琅と呂蒙さんが来て欲しいって思ってるならそれを叶えようと思うだろ」
凌統はそんなことを言いながら口角を上げ、なあ?と言わんばかりに自分の部下達に視線を移せば、部下達は当たり前だと言わんばかりに力強く頷く。そんな光景に甘寧は困ったように笑いながら自身の髪を掻き乱し、呂蒙は嬉しそうに微笑んでおり、卯琅は頬を赤らめて心底嬉しそうに微笑んでいた。そんな卯琅に凌統以外の部下達は見惚れたように見つめーー…凌統による氷のような冷たい目により肩を跳ねさせていた。そんな部下達にそれぞれの長は苦笑いをしながら口を開く。
「卯琅にだけは手を出すんじゃねえぞ。彼奴等、何だかんだ言って相思相愛ってやつだからな」
「…いい加減くっ付いてくれれば少しは良いんだが、変な所でお互いに遠慮してしまってな…焦れったいものだ」
「おやっさんもそう思うか?煽ってやろうと卯琅に近付けば凌統から攻撃されるし、凌統には近寄りたくねえけど声掛ければ卯琅から石投げられるしよ…面倒くさい奴等だよな」
「呂蒙殿、だ!…いや、流石にそこまではされんが…」
「は!?俺だけかよ!!…いってえ!!卯琅!石投げるんじゃねえって言ってんだろ!」
「呂蒙殿をあまり困らなせないで頂けます?不快です」
「全くだな、呂蒙さんの手を煩わせてるんじゃねえよ。お、卯琅。この石なんて良い感じに尖ってて良くないか?」
「さっすが凌統様!お目が高いですね〜!!早速投げてみましょうか、良い所に的がありますし」
「…何で俺を見……だああああ!?投げんなって言って…!何でただの石ころが反射して来るんだよ!!」
「…甘寧が避けた筈の石が木に当たって再び甘寧に向かって来るとはな…これも一種の才能か…?」
「こんな才能あってたまるか!!」
卯琅の放った石が、まるで意思を持っているかのように反射して見事に甘寧の後頭部に当たる。それを目撃した呂蒙は感慨深げに言っていたものの、後頭部を押さえながら抗議して来る甘寧をまあまあと言わんばかりに宥めていた。石を投げた張本人である卯琅は凌統に褒められて鼻の下を伸ばしながら喜んでおり、凌統はざまあみやがれ、と言いたげな表情で甘寧を見ていたのを呂蒙は見逃しはしなかったが、余計な火種になると思ったのか指摘はしなかった。そんな時、バサバサと音を立てながら一羽の鳥が飛んで来る。その鳥は頭上を何回か回った後、卯琅の頭の上へと着地する。その鳥の足には文が付けられており、それに気付いた呂蒙が文を読みーーなんと、と小さく声をあげた。
「どうしたんだ、おっさん。緊急事態か?」
「呂蒙殿だ!…残りの野党だが、蜀と魏にも数人ずつ向かっていたらしくてな、珠華殿が捕らえたそうだ。殿が身柄を確保しているから残りを捕らえたら早急に帰って来い、と言うことだな」
「師匠が?…確かにこの鳥、師匠に良く懐いてたかも」
「おいおい、珠華は野鳥を手懐けることも出来るのかい?会議で顔を合わせるけど鳥を連れていたことなんかなかったし、野鳥なんだろ?」
「師匠ですからねー、そういう判断も得意なんですよ!…教えて貰いましたけど私にはちょっと厳しかったです。お役に立ちたかったんですけどね」
「…アンタは充分役に立ってるよ。気配を読むことが出来るってことだけでも充分凄いんだし、あまり気負う必要ないからな」
「…凌統様に慰められて褒められた…?凌統様、もう一回お願いします。耳に焼き付けるんで」
「卯琅、顔が真顔過ぎてこえーよ!!もうちょい笑えよ!!」
「凌統様の美声が聞こえないだろ甘寧殿黙れ」
「息継ぎどこでしたんだよ!!」
「甘寧、あまり卯琅殿を刺激するんじゃない。凌統、甘寧と共に先に捕らえた輩を連れて行く。お前は卯琅殿と一緒に来い」
「…呂蒙さん、何を企んでるんだい?」
「何も企んでないぞ。ほら、行くぞ甘寧」
「い゛っ!?おっさ、首!!首絞まって…!」
「甘寧殿ーー!?」
呂蒙は凌統の問い掛けに意味深に微笑みながら言うと、部下達に連れて来るように指示を出してから甘寧の首根っこを掴みながら前へと歩いて行く。甘寧は抵抗していたものの、掴んでいた場所が悪かったらしくがくんと意識を失う。その光景を不安そうに眺めていた甘寧の部下達がその反応に慌てて駆け寄ろうとしたものの、呂蒙の部下達に阻止されていた。凌統の部下達は互いに顔を見合わせた後、どうやら二人きりにしようと思ったらしく、凌統と卯琅に向かって頭を下げてから呂蒙と甘寧の後を追い掛けて行った。
「…はー、彼奴等も何を考えてるんだろうな。卯琅、さっさと行こうぜ」
「…凌統様と二人きり…」
「ん?あー、確かにあまり二人きりになったことないかもな。…その、道中に美味い和菓子屋があるらしいんだが、…良かったら一緒に行かないかい?」
「!!い、行きたいです…!」
「…そっか、行きたいか。よし、それじゃあ一緒に行こうか。美味い羊羹があると良いな」
「…はい!」
「持ち帰りも出来るみたいだし、呂蒙さんに買ってくか」
「師匠にも良いですかね?捕まえるの手伝ってくれましたし!」
「そうだな、用意するか。珠華の好みは知ってるのかい?」
「任せて下さい!凌統様の次に大好きな人ですからね、当然ですよ!」
「…そうかい、それは頼もしい限りだな」
心なしか誇らしげに言って退ける卯琅に対し、凌統はくすりと微笑みながらぽんぽんと頭を撫でる。そしてまるで当たり前のことのように、撫でていない方の手で卯琅の手を掴んで握り締める。その瞬間、嬉しそうにはにかんでいた卯琅の顔が真っ赤に染まる。り、凌統様?と問い掛ける声が震えてることに気付いた凌統は、ふっと軽く噴き出しケラケラと笑いながら口を開く。
「アンタは俺に対してはもっと積極的なのにされるのは苦手なんだな」
「ひ、だ、だって…!」
「アンタに積極的に迫られるのも嫌いじゃないが……俺も男なんでね。されっぱなしだと情けないだろう?せっかくの逢い引きなんだ、たまには俺が引っ張ってやらないとな」
「あ、逢い引き…!?」
「俺はそのつもりだけど?…はは、緊張してる?手汗凄いぞ」
「わああああ!?は、離して下さい凌統様!!せめて洗わせて下さい!!凌統様の美しい手が私の手汗で汚れて………ん?それも悪くない、かも?」
「俺も嫌じゃないから構わないぜ?…さっ、そろそろ行こうか。迎えに来られたら困るからな。せっかくの二人きりなんだ、楽しく過ごそうじゃないの」
「…私、この手一生洗わないです…!」
「それは汚いからやめような?…手くらい、いつでも握ってあげるよ」
卯琅の言葉に凌統は困ったように笑いながらそう付け足した後、ポツリと小声で何かを呟く。聞き取れなかったのか首を傾げる卯琅に凌統は何でもないと言ってから手を引きながらゆっくりと足を進める。他愛のない話をしながらゆっくり、ゆっくりと歩を進めていく卯琅と凌統の後ろ姿を、曇り一つない快晴だけが見守っていた。
願わくばもう少しだけでも進展しますように、そんな呂蒙達の願いはまだまだ叶いそうにないのは太陽だけが知っていたーー…。
end.
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