あの日々は戻らない
※全体的に暗い
ーーどうして、こうなってしまったのだろう、私は何処で間違えた?
そんなことを思っても、答える声はない。その事実を叩き付けられながらも、私は懸命に廊下を走り続ける。普通に走っていたら捕まってしまうから、私は部屋を障害物のように扱いながら、時に隠れながらひたすら走り、こんのすけを探していた。あの子さえいれば、私は政府に逃げられる。ああもう!いつもは来て欲しくない時に来るのに、どうして肝心な時に来ないの!そんなことを思いながら端末をぎゅっと握る。初期刀が渡してくれた端末、絶対に離したりはしないからね…!
「良いかい、黙って聞いてくれ。主、此処は僕達に任せて早く逃げてくれ。あいつはもう以前のあいつではない。…ほら、早く逃げなさい」
初期刀の最期の言葉を思い出せば、自然と涙が出て来そうになる。優しく笑いながら言ってくれた歌仙は私の背中を押した後、踵を返してーーパキン、と折れてしまった音だけが聞こえた。振り向きたかった、縋り付きたかった。けど、それを歌仙は求めてはいないから。私はひたすら走り続ける。所々に落ちている刀の破片を見ては、足を止めそうになる。それでも私は進まなければいけない。私を逃す為に犠牲になった彼等に申し訳が立たないから。元陸上部舐めるな、一応長距離が得意だったんだから!
「っ、ひ、ひとまず隠れよう…」
足音が聞こえ、近くにあった部屋に飛び込む。鍛刀部屋だったのはなかなかに有り難い。私はすぐさま札を襖に貼り付ける。これで分からない、はず。主、と私を呼ぶ声が段々近くなる。私は息を殺し、隅っこの方に縮こまりながら早く去ってくれることだけをひたすら願う。聞こえなくなったら誰か鍛刀しよう。機動の鬼と謳われる長谷部と一対一は無理過ぎる。そう考えてーー…いやいや、と首を横に振る。また折られてしまう可能性だってある。鍛刀はしないべきだ。
「…どうしちゃったの、はせべ…」
…長谷部は、私が鍛刀した刀の中で5番目に顕現してくれた神様だ。顕現して以来、ずーっと第1部隊として歌仙や初鍛刀の前田くんと共に私を支えてくれた優しい刀。そんな刀が、まさか仲間を斬るなんて…!ぎゅうううと膝を抱える。走る気力はある、でも、どうして変わってしまったのかを知りたい。何がきっかけだったのだろう。…どうして、こんなことになってしまったのだろう。どうし…「主、此方にいらっしゃるのでしょう?」…っ、ば、ばれた…!気配に気付いたのか、襖越しに嬉しそうな声が聞こえる。そして襖に手を掛け、バチンッと札に弾かれた長谷部は首を傾げながら口を開く。
「主、どうしました?俺ですよ、主。危なくないですよ」
「…っ…」
「主、開けて下さい。何が怖いんですか?斬り捨ててみせますよ」
「…どう、して…」
「はい?」
「どうして、歌仙達を折ったの…!!仲間でしょう!?昨日まであんなに笑い合ってたのに、どうして…!」
「ああ、彼奴等ですか。だって…邪魔じゃないですか。主は俺だけのモノなのに、主主ーって群がるんですから。主を独り占めして良いのは俺だけです。そうでしょう?」
「…独り占め、って…」
「お可愛らしい、主。そんな鈍い所もとても可愛いですよ。俺はね、主。顕現して貴女のことを見てからずっと、ずーっと…貴女を想っていたんですよ。ええ、今でも愛していますよ」
「…あい、してる…?だから、皆が邪魔だったの…?」
「はい、貴女の目が他の奴等に向くのが許せなかったんですよ。…気付いてました?こんのすけが居ないことに。可愛いくて1人じゃ何も出来ない主が真っ先に頼るのはこんのすけだと思ってましたからねぇ…彼奴、ただの管狐の癖に主に馴れ馴れしいと思ってたんで丁度良かったですけどね」
「…まさか、こんのすけも手に掛けたの…!?」
「ええ、真っ先に。ただ、それが失敗だったんですよね…それを今剣に見られてしまい、岩融に告げ口されて…っとなかなかに骨が折れました」
「…そん、な…」
「俺と主の邪魔をする存在はもうありません。ほら、札を取って貴女を抱き締めさせて下さいよ」
嬉しいと言った感情を隠さずに紡がれる言葉に、私はガタガタと震えることしか出来ない。こんのすけがもう居ない、その事実に絶望しか感じられなかった。これが普通の長谷部ならまだ望みはあったかも知れないけれど、私が対峙してる長谷部は極だ。更に本刃たっての希望でレベルもカンストしており、この本丸で歌仙と前田くんの次に強い刀だった。…いっそのこと舌を噛んで死のうか。そんなことを考えたと同時に、長い長い溜息が聞こえる。そちらに目を向ければ、襖越しだというのにーー目が、合った気がした。
「これは奥の手にしたかったんですけどねぇ…仕方がないですよね。ーーおいで、“なまえ”」
「……え……」
仕方なし、と言わんばかりに紡がれたのは紛れもなく私の真名で、驚くまもなく私の身体は勝手に襖の方に向かう。嫌だ嫌だと思っても身体が言うことを聞かない。完全にコントロールされてるらしく、舌を噛むことすらままならない。そして、私の身体は自らの手で札を剥がしてしまい、襖を開けてしまう。目の前に立っていたのは衣類や頬を真っ赤に染め、目の色がいつもの綺麗な紫ではなく、赤になっている長谷部の姿だった。長谷部は嬉しそうに笑いながら腕を伸ばし、私を抱き締めーー…
「主、俺の、俺だけの主。ああ、ああ、ああ…やっと、やっと手に入れた……逃がさない。ずーっと一緒にいましょうね…?ね、なまえ…?」
再び真名を呼ばれた瞬間、私の意識が急に抜けていくのを感じる。ああ、神域に連れて逝かれるのだとまるで他人事のように理解する。…歌仙、あんなに身を挺して逃げろって言ってくれたのにごめんねー…聞こえないであろう、誰よりも優しかった初期刀への謝罪を心の中で言ってから、私は逆らえずにそのまま意識を手放すのだったーー…。
END.
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