かわいい人


ーー私があの人を初めて見たのは、戦場ではなく宴の場であった。戦の打ち上げとして選ばれたお店が偶々私が働いているお店だったのだ。ただの店員とお客様。そんなありきたりな関係が崩されることになるなんて誰が思ったのだろう。少なくとも、私はこのお客様は美しい人だと思ったけれど、お客様にとっては偶々訪れたお店の従業員の1人くらいに思われてたら嬉しいなあ、なんて思っていた。直接会話した訳でもないし、覚えていて貰えると思ってすら居なかった。…それなのに、


「ーーおい、そこの娘」
「え、あ、わ、私ですか…?」
「逆にお前以外の女が居るか?…ふん、まあ良い。…今日は着物ではないのだな」
「え、あー…あれは仕事用なんです。今は仕事中ではありますけど、買い出しなんで外出用なんです。お客様を汚した服で持て成すのはあまり良いことではありませんので…」
「…心意気は良い方だが、女一人に買い出しをさせるのはいかがなものだろうな。…貸せ」
「え、や、お客様に持たせる訳には…!」
「つべこべ言わずに貸せと言っているだろう!この鐘士季が持ってやると言っているんだ、素直に渡せ!」
「う、あ、有り難うございます…お願い、します」
「ふん、分かれば良いんだ」


お客様こと鍾会様(本人にこう呼べと言われてしまった…お客様の名前を知ってしまった…!)は満足そうに笑うと、私が持っていた荷物を預かってくれた。その重みに驚いたのか、一瞬眉間に皺を寄せ、呆れたように長い息を吐いた。鍾会様?と問い掛ければ、鍾会様はガシガシと美しい髪を掻き乱しながら口を開く。


「…あの店主は女にこんな重さを持って来させるのか、どんな教育を受ければそんなことをさせるような人間になるのだ…」
「はぁ……まあ、これくらい日常茶飯事なので今更…「日常茶飯事だと!?」え、あ、はい」
「何故断わらないのだ!」
「…お客様に言うような内容ではないのですが、私…捨て子なのです」
「、は?」
「そんな私を拾って此処まで育てて下さったのが店主様なので…断われないです。確かに重たいですけど…店主様には恩がありますから」
「…恩を返す為にあんなにフラフラしながら運んでいると?ふん、私はなまえがそこまでして恩を返すような人物ではないと思うがね。ーーこんなに、赤くなっているではないか」
「ぁ」
「せっかく美しい手をしているのに実に勿体ない。英才教育を受けている私ならこんな手にはさせない。…店に行った際、他の女共にも色々と押し付けられていただろう」
「あ、う、え、えっと…」
「…私の目の光る内はそんなことは絶対にさせんとこの鐘士季が誓ってやろう。この手を取り、私の元に来い。店主にも私が話を通してやろう、みょうじなまえを貰い受けるとな」
「そんな、どうして…会話したのも今が初めてな私を…?」
「…確かに話をしたのは今が初めてだが、お前を見たのは店が初めてではない。何度か買い物しているなまえを見掛けた。…一目惚れ、だと言ったらお前は私を笑うか」
「ーーっ…」
「声を掛けたくとも、なかなか口が動いてくれなくてな。…英才教育を受けた私でも恋というのはなかなか厄介のようだ」


鍾会様はそんなことを呟きながら、ふぅと小さく息を吐く。…一目惚れ、だなんて。そんなことを急に言われてもなかなか思考が定まってくれない。かああと頬が赤くなるのを感じる。綺麗な人だとは、思っていた。それだけだったのに、変に意識してしまう。こんなに優しい人が私を、好き…?嬉しくない、訳ないけれど急に言われても戸惑ってしまう。そっと視線を向ければ、偶々鍾会様も私を見ていたのか目が合う。優しい瞳をしていて、きゅううと胸が締め付けられるような感覚に襲われていれば、こほんと顔が赤くなった鍾会様の咳払いに再び視線を向ければ、鍾会様は困ったように笑いながら口を開く。


「…あまり可愛い顔をしないでくれないか。私としては順序はしっかり守りたいと思っているのでな。…そんな顔をされると、なまえをこのまま連れ去ってしまいたくなる」
「…連れ去って欲しいと言えば、鍾会様は連れ去って下さるのですか…?」
「当然だろう。私は英才教育を受けた選ばれた人間なのだ、言ったことは守ろう。ただ、…冗談でもあまりそんなことを言うんじゃない。私は常に冷静であろうとしているつもりだが…なまえに関してはどうも理性が飛び掛けてしまう。…一目惚れとは難儀なものだ。まあ、これはこれで嫌ではないけどね」
「…私は、お店でのあの時が初対面だと思っていましたし、とても綺麗な人だと思っていました。…でも、今はどんな殿方よりも鍾会様が魅力的に見えるのです。これが、恋…なのでしょうか」
「まあ、この私だからな。魅力的に見えるのは自然の摂理ではあると思うがその反応…脈はあると思っていて良さそうだ。待つのは嫌いではないのでね、なまえが決断するまで待っていてあげよう。まあ、あの店からは引き離すけどね。なまえは大人しく私の帰る場所となるんだな」
「…選択肢なんてあるようでないみたいなものじゃないですか」
「当然だろう?この鐘士季、欲しいと思ったものは本気で取りに行くのでね。手加減なんてしてやらないから覚悟を決めておいてくれ」


優しく笑いながらもギラギラと目を輝かせている鍾会様に思わず心臓が高鳴る。この手を取ればきっと、私は鍾会様から逃げられないのだろう。そう分かっているのに、それを嫌だと思わない自分が居ることに気付き、私は心の中で苦笑する。私の気持ちは既に決まってるらしい。涼しい顔をしながらも真剣な目で手を出して来ている鍾会様の手を、私はそっと握り返しながら口を開く。


「ーー不束者ではありますが、末長く宜しくお願い致します」


声が震えるし、上手く笑えた自信もない。手汗もきっと大変なことになっているだろうな、と思いつつ視線を向ければ、鍾会様は心底嬉しそうに微笑んでいた。あ、好き…とその表情で自分の想いを再確認する。鍾会様の帰る場所になるように、精一杯努めさせて頂きますので宜しくお願い致しますね、旦那様。…は、恥ずかしいので暫くは鍾会様で良いですかね、うん。

ーーその後、鍾会様は私の手を掴んだままお店の方に行き、驚いてる店主様に私を貰い受けると言い、元々荷物を持っていなかった私はそのまま鍾会様の身を寄せている屋敷へと向かった。これから待っている出来事に期待で胸を膨らましながら、私は人知れず静かに微笑んでいたーー…


END.


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